CB-01-002: 敵の戦士

カセドラル・ブラッド・本文

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 その部屋のドアを蹴倒して現れたのは、ヒグマのような男だった。

「おーおー。このヒョロイやつが噂の新たなるバイス様でございますか」

 男は開口一番、俺を左手で指差しながら言った。右手には巨大な刀のような武器があった。あんな巨大な刃物は見たことがないな。というかそれより――。

「バイスってなんだ?」

 俺は黒咲に訊く。不明点は即座に確認しておかないと、後から変なイチャモンがついてただで改修させられるなんてことも良くある。確実なコンセンサス、明確なエビデンス。これらを怠ると痛い目に遭うのだ。

「超人類。私たちのような人類のこと。理解できたわよね? ならさっさと片付けてちょうだい」
「相変わらずだなぁ、黒咲ちゃん。この俺をこのヒョロメガネが倒せるわけねぇだろ。ましてやコイツ、病み上がりだろうがよ。ていうか、ヒョロメガネの兄ちゃん。こんなブラック上司のところはやめて、俺ンとこ来なよ」

 その言葉に俺はうっかりOKしそうになる。だが、俺の首筋に冷たいものが当てられて思いとどまる。視線を動かすと、そこには細身の刀があった。いつの間に用意したのかは不明だが、とにかく俺は今、頸動脈のあたりに冷たさを覚えている。

北耶摩キタヤマの言うことを聞く素振りを見せたら、あなた、スライスされるわよ」
「ヘッドハンティングされるのが俺の夢だったんだ」
「なら夢のままで終わりなさい。殺すわよ」

 容赦のない黒咲。首に当てられた刃の感触を感じる俺に、「それでも行く」と言える度胸はない。なにしろこの黒咲という人物、本当に俺を殺しかねない。痛いのは嫌だ。

「てぇかさぁ、黒咲ちゃん。おめぇをぶっ殺してそいつを連れ去ってもいいんだぜ?」
「私はあなたに勝てないかもしれないけど、一つ言えるのは絶対に負けないってことよ?」
「まぁなぁ。おめぇさん、逃げるのはうまいからなぁ」
「そういうこと。ところで、羽斯波。あなたいつまでボケっとしてるの。さっさとあいつを殺して」

 ひどい無茶振りだ。徒手空拳であの大きな刃物を持った羆みたいな男を殺せだって? ていうか――。

「人を殺しちゃいけませんとか、そういう寝言を言ったら殺すわよ」
「あのね、黒咲さん。これは寝言じゃない! 道徳! 倫理!」
「じゃ、あなたが死ぬの?」
「どうしてそうなんの!」

 だめだ、クラクラしてきた。俺は黒咲をひとしきり睨んでから、北耶摩という巨漢を見た。どう考えても勝てる気がしない。全く。

 その時、俺の左のふくらはぎに衝撃がはしる。……黒咲が蹴ったのだ。つま先で。

「痛いんだけど」
「死ななければかすり傷よ。よかったわね」
「ええ……」

 俺は眼鏡をかけ直し、改めて北耶摩を見た。そして部屋を見回して武器を探す。対戦車ライフルでもない限り、きっと俺には勝機はない。だが、そんなアイテムは部屋のどこにもなかった。ひのきのぼうの一つもない。絶望的だ。

「ん?」

 俺は違和感を覚える。なんか視力が良くなった気がする。北耶摩の表情の細かいところまでが見て取れる。黒咲の呼吸音どころか心音すら聞こえ始めた、気がする。北耶摩がボソボソ言うのも聞こえてくる。

「あー……。しくじった。楽にミッション成功できると思ったんだがなぁ」
「何が起きたんだ?」
「間に合ってよかったわね。ようやく超人類バイスとして覚醒したのよ」

 黒咲の言葉に俺はまたげんなりする。情報を小出しにするのは本当にやめていただきたい。本プロジェクトはすでに大炎上中じゃないか。

「ヒョロメガネ、おめっとさん」
「え?」

 俺の目の前に北耶摩のむさ苦しい顔があった。次の瞬間、腹に激痛を覚える。あまりの痛みに俺は膝をついた。ズルリと何かが溢れてくる。

「死ぬわよ?」

 わかってる!

 ……とは言えなかった。痛みで声が出せない。

 どう考えても致命的ダメージを受けたということだ。くらくらする。痛みで力が入らない。

「何やってんの、羽斯波。超人類バイスならこんなのかすり傷よ。死んでないし」
「相変わらずきっついねぇ、黒咲ちゃん」
「あなたこそ加減したでしょ。分断されてないもの」
「様子見だよ、様子見。これでこのヒョロメガネがうちに来てくれるならそれでいいし」
「行く前に私がこいつの首を落とすわ」
「かーっ、おっかねぇ女!」

 俺を忘れてコントをやってるんじゃないよ、ふたりとも。

 ていうか、痛みが消えていってないか? 俺、死ぬのか?

 そう思いながら恐る恐る腹を見ると、傷がふさがっていっていた。見間違いでも思い込みでもない。明らかに治っていっているのだ。

「あら、結構やるじゃない、羽斯波。もう完全回復ね」
「……なんてこった」

 黒咲の言う通り、俺の腹は元通りになっていた。こぼれていたはずの胃腸もどうにかして戻ったらしい。床に池を作っていた俺の血液も蒸発でもしているかのように消えていっている。

「血……」

 頭の中でなにかの音が鳴る。不安にさせられるような不協和音が脳内で跳ね回っている。両手がうずいた。手首のあたりが痛痒くなってくる。

「うーわ、そうくる」

 どういくんだ?

 俺は自分自身がよくわかってない。痛痒さは激痛に変わった。ぶちぶちぶち……嫌な音が両方の手首から響く。

「!?」

 両手首からまるでビーム兵器のように血がほとばしった。

「ぅぉっと!? てめぇの血を飛び道具にするヤツなんざ初めて見た」

 北耶摩の頬に傷ができる。が、すぐに塞がった。かなり深い傷だったように見えたが……。

「って、痛ぇぇぇぇ!」

 思わず悲鳴を上げる俺。仕方ない。両手首からなにか鋭い刃物が生えてきたからだ。しかも腕と同じくらい太さのある、諸刃の刀身だ。それが両方の手首から生えている。一部界隈では「ジャマダハル」として知られているトリッキーな武器に見えた。

 というか。

「黒咲、すげぇ痛いんだけど!」
「死なないから安心して」
「そうじゃなくて、痛いって言ってる」
「私は死なないから安心しろと言ってるのよ。あなたの感想はどうでもいいのよ」

 まじかよ! 心配してくれたりとかないわけ?

「ヒョロメガネ氏の準備はオーケーっぽいから、そろそろぶっ殺すかぁ」
「イベント戦闘みたいに言うなよ」

 俺は思わず反論した。北耶摩はわざとらしく肩をすくめた。

「んじゃ、イベント戦闘っぽくするか」
「俺の話聞いてた?」
「おういえ、枢機卿すうきけいのクソ野郎どもが喜ぶのはちょっとアレだが、まぁ、いい。今の時点じゃ、お前さんは俺たちにとってちょっと邪魔。だから死ね」
「俺、なにか悪いことしたかなぁ」
「世の中理不尽だよな、わかるぜ、ヒョロメガネ」

 俺の嘆きに寄り添ってくれる北耶摩だったが、その右手の刀は俺の左腕を切り落としたりしている。痛いとかそういう次元じゃないが、なぜか俺は立っている。痛いんだよ、めちゃめちゃ痛い。落ちた腕とか気持ち悪いし。剣が生えてるし。

「ほんじゃまー、いっきますかぁ」

 俺から距離をとって、北耶摩は刀を持つ右手を振り上げた。そしてドヤ顔を見せながら、低い声で確かにこう言った。

「バハムート、顕現せよ」――と。

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