俺は眼鏡の位置を左手で直す。誰もいないところでこそ、格好をつけたくなるものだ。俺の目の前にはバハムートがいて、まるで威嚇しているかのように口を開いている。あの口にこのプロメテウスの刃を打ち込んでやればいいんだろうが、さすがはバハムート。なかなかの防御能力を持っていて近寄らせてもらえない。無数の機雷が浮いているかのように、斬りかかると吹き飛ばされるのだ。
『自動操縦モードの方がいいんじゃないですかね?』
「うるさい!」
プロメテウスは終始ぶちぶちと言ってくる。そのたびに俺はイライラする。人が一生懸命デバッグやってる横で「いつ終わるの?」「それで、間に合うの?」ってしつこく訊いてくる上司のようだ。
イライラしつつも、俺はだんだんとこの「プロメテウス」なる代物の操作に慣れてきた。と言っても、その細かい挙動の大半はこのいけ好かないプロメテウスが制御しているのだが、そのへんのロジックもなんとなく見えてきた。つまり、俺が期待すると逆の反応をする、というわけだ。これ以上ないほどにひどいUIである。が、俺はシステムエンジニア。どんな環境だろうと生き延びてみせる。
バハムートの放つ閃光を両手のジャマダハルで払い除け、ステップを踏んで一気に踏み込む。しかし、バハムートの羽ばたきによって生じる衝撃波に弾き飛ばされる。
「ちっ」
『なんとかの一つ覚えみたいにやってもだめだと思うんですけど?』
「うるっさい!」
俺は怒鳴ってからはたと気がついた。あいつはどこだ、あの男は。北耶摩は。もうもうと立ち上がる土煙の中に、あの男は悠然と立っている。衝撃波をくらわないはずの位置にいるにも関わらず、怪我一つしているように見えない。化け物だ。
しかもその余裕にすぎる表情に、俺は無性に苛立ちを覚えた。眼鏡のブリッジを押さえ、数秒間唸る。プロメテウスが何やら悪態をついていたが無視だ無視。
『あなたはまだ人を殺してないから、ろくな力を注げないんですよ、私に』
「主人が人を殺すほど強くなるのかよ」
『超人類の力の源は血ですよ、血。つまり他人を殺すほど強くなるんですけど。知らないんですか?』
「知らねーよ! 黒咲も教えてくれるつもりなさそうだし」
『はぁ……。超人類なら本能で知っているものですけど』
「好きでこんなバケモンになったわけじゃねぇよ」
これらのやり取りはすべて、バハムートの攻撃を回避しながらである。接近がままならず、攻撃の機会はなかなか得られなかったが、回避を続ける分にはそこまで難しくはなかった。というより、このプロメテウスの機動性が異常なのだ。今までやってきたどんなロボットゲームのマシンよりも反応がいい。「コイツ、動くぞ」どころの騒ぎじゃなかった。
「てことは、北耶摩ってやつはものすごく殺してる?」
『彼だけじゃないですよ。超人類と呼ばれる新人類は、他人を殺さずには生きられない生命体です。超人類を殺せばそれだけ力と命を得られる。旧人類でも喉の乾き程度なら癒やすことができる。そういうものです』
なんかとんでもない情報を聞いたぞ。つまり、人を殺すというのは超人類の本能だっていうのか。しかし、今の所俺にはその手の自覚はない。殺したいとはもちろん思わないし。でも、物理的に腹が減ったという感覚もない。
一瞬注意が逸れたその瞬間だ。バハムートがぶつかってきた。まさかの体当たりである。……って呑気に解説している場合ではない。俺はコックピットのモニタにしたたかに頭をぶつけた。それこそ物理的に頭が割れるくらいにだ。というか、モニタに血が派手派手に飛び散っていた。スプラッタ映画さながらに……。
頭は文字通り割れるように痛かったが、それも数秒だった。俺はため息をつきつつ眼鏡の位置を直し、再び操縦桿を握る。バハムートは距離をとって舞い上がった。空中から一気に勝負を決めるつもりか。
『ミサイルが接近中』
「ミサイル……って誰が?」
『あんな前時代的な兵器を使うのは自衛隊以外にいませんよ、ワラ』
「ワラって言うな。自衛隊はまだ存在しているのか」
『我々ニューロとは協力関係にあったりします』
「ていうか、お前、今までどこにいたの? 俺が呼び出す前どこにいたの?」
『私はニューロで作られたAIです。いえ、作られたというより、創発したというべきですが』
よくわからん。
といいつつ、俺はバハムートに着弾せんとするミサイルを見た。四発。直撃コースだ……!
「って!?」
バハムートが忽然と消えた。眼下の北耶摩の周囲に赤い炎が立ち上がっている。さながらバリアだ。そして目標を見失ったミサイルはというと、あろうことか俺に向かって真っ直ぐに飛んできた。ってさすがにあんなもんに耐えられるはずがない。
「炎上してるだけならともかく、ミサイルが突っ込んでくる案件、だと?」
いや、度々そういう事はあった。炎上して大変な時期に新入社員がやってきたり。やっとで鎮火しそうなときに同僚が盛大な誤送信をかましてみたり。かと思ったら、上司が雲隠れした挙げ句にいつのまにか同業他社に籍を移していたり。
まさにそういう事象が発生しているのだ、今。
「プロメテウス、ミサイルをどうにかしろ!」
『はいはい。中の人は尊い犠牲となったのです』
「過去形で縁起でもないことを言うな!」
『これから犠牲になるのです』
「言い直すな!」
俺たちがわいわいと楽しく言い合っているうちに、ミサイルがプロメテウスに突き刺さった。
「へぐっ!?」
衝撃が俺の全身の分子結合を揺らす。それが連続で四回。その直後に爆発。揺れるとか揺れないとかの次元じゃなかった。全方向から同時に釘バットで殴打されたかのような、そんなダメージを受けた。眼鏡が吹っ飛んだほどだ。
俺はなぜかその眼鏡を必死で捕まえ、そしてふわっと気を失った。
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