CB-02-001: アヴァロン計画

カセドラル・ブラッド・本文

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 気がつくと俺はまた、最初の病室と思しきところに舞い戻っていた。まるで何もなかったかのようだ。薄暗い部屋、最低限の備品、硬いベッド……。

 バハムートは消えて、なぜか俺が空自のミサイルの直撃を受けた。ところまでは覚えている。ということは、これはセーブポイントに戻されたというような感じだろうか? この世界のルールがいまいちよくわかっていないが、とにかく今、俺のライフは全快しているようだ。両手首を見てみるが、傷の跡はない。なんだったんだ。

「おかえり、羽斯波」

 うわ、出た。

 俺は慌てて寝たフリをしたが無駄だった。鬼上司・黒咲は俺の顔のすぐそばに姿を現した。移動してきたわけではない、部屋の入口あたりに黒咲の姿が見えたと思ったら、今はこうしてベッドサイドで腕を組んで立っている。全力疾走したってこの時間であの距離を移動するのは不可能だ。

空間転移アービット・ワイプという能力スキルよ。あなたには何の能力ちからもないようだけど」
「いやいや、プロメテウス呼んだでしょうが」
「ああ、そういうのもあったわね。でもあれ、うちニューロのお膳立てで出てきたアルファだから。あなた自身の能力とは違うわ。残念でした」

 この人、まじで一言多い。俺は少なからずイライラしたが、さすがはよく訓練された社畜だ。このくらいなんともないぜ。

「……あと、手から武器を出すのはみんなできるのか?」
「できなかったらどうやってのよ」
「物騒だな」
「私たち超人類バイスは人を殺さなければ生きられないのよ」

 黒咲はプロメテウスと同じことを言った。俺は少しうなる。

旧人類プロトを殺すのはとても簡単。素手で十分なくらいにね。彼らは簡単に死ぬわ。もっとも、私たちニューロの構成員にとって、旧人類プロト殺害は御法度だけどね」
「北耶摩とかの、ええと」
「ナーヴ」
「ああ、それそれ。そいつらは?」
「無差別よ。だから、その辺の事情を巡って私たちとナーヴは対立していると言ってもいいのよ」

 黒咲は目を細める。マッサージされてる猫のような表情だと思ったが、俺は騙されない。人間がこういう無防備な表情を見せる時というのは、たいていろくでもないことを考えているときだということを知っているからだ。

「ということだから、羽斯波。まもなくナーヴを殲滅する作戦が始まるから、あなたは弾けになって」
「弾除けって」
「白兵戦じゃ私たちに勝てないし。だけど、一番厄介なバハムートの足止め程度はできることがわかったから。今の所、それがあなたの唯一の存在意義なんだから、がんばってほしいわ」

 相変わらず毒舌にも程がある黒咲である。まったくもってけしからん。俺にはそういう性癖はないというのに。俺にM気質がわずかでもあれば、泣いて喜んだかもしれないが。全く世の中というものはうまく行かないものだ。うん。

「アルファを操作している最中、召喚者はほとんどアクションできないのよね。だから、バハムートを止めてもらえれば北耶摩を無力化できる。そもそもあなたは戦力計上されてないから、差し引きプラス」
「ちょっと待てよ。北耶摩がバハムート引っ込めて自分で戦い始めたら?」
「責任とってあなたが戦うのよ」
「生身で?」
「付き合う必要はないけど」

 黒咲は少し宙を睨んで考え込んだ。俺は諦めてベッドの上に身を起こす。

「あのNO-VICE・プロメテウス。まだ解析が終わっていないんだけど、たぶん他のアルファと同様に顕現の制限時間タイムリミットみたいなものがあると思う」
「つまり、それが終わったら生身で戦うことになるって?」
「そ。手から出たでしょ、剣」
「心得がない」
「なら死ねば?」

 舌鋒鋭い黒咲。だがしかし、俺は慣れた。なぁに、サラリーマンの頃に比べればまだまだマシだ。なにせ俺の周りに黒咲みたいなのは一ダースはいたからな。

「ていうか、俺が死んだら困るんじゃないの?」
「だから守ってくれって? 情けない人ね、知ってたけど」
「そういう態度がプロジェクトの炎上を加速させるんだ。最悪納期に間に合わなくなって終わるぞ」

 俺は可能な限り重々しく告げる。が、黒咲は目を細めて肩をすくめる。まるで他人事のような態度だ。

「別に。ニューロとしては困るかもしれないけど、私は別に困らないもの」
「どういうことだ?」
「私も綺隆きりゅう様も、そんな目先のことはどうでもいいのよ。あなたがうまく立ち回り、あわよくばいい感じに物事が進んでくれれば。ナーヴ掃討なんてそのプロセスを踏むための表向きの理由に過ぎないのよ」
「綺隆?」
「ニューロの総帥。つまり私とあなたの共通のボスね」
「はぁ……」

 代表取締役その人が、この(多分)大炎上しているプロジェクトの仕掛け人か。

「で、その目的って?」
「遥か遠い理想郷だ」
「いきなりアヴァロンかよ」
「あら、博識。そう、アヴァロン。綺隆様の描いた最大の人類救済のためのプロジェクトの名前。そこでは超人類バイス旧人類プロトも共存する理想世界よ」
「はぁ……」

 俺はしばし考える。

「だから、ナーヴは相容れないのか。旧人類プロトを殺すから」
「イエス。そして私たちはその理想のために、無差別破壊・殺戮を引き起こすナーヴのエージェントを狩っている」
「正義の味方ってことか?」
「弱者にとっての正義、だけどね。弱者がおしなべて正義だとは到底思わないけど」

 黒咲の言葉には棘があった。その吊り気味の目が鋭利に細められる。

「彼らは私に石を投げたし、クロスボウや改造エアガンで追い立てたりもしたわ。私は何もしていなかったのに。ただ彼らを守っただけなのに」

 その言葉に、俺はいろんな言葉を思い浮かべたが、何一つ言葉にすることはできなかった。黒咲は薄く笑う。

「だから、私、感情的にはナーヴがやっていることが悪いことだとは思わないのよ。理性がそれを抑止しているだけで。いずれアヴァロンの世が訪れた暁には、彼らを畜生のように踏みつけてやろうとは思っているけれど」

 性格悪ッ。思わず口に出そうになったがぐっとこらえる理性的な俺氏である。だけど、黒咲の語った過去が真実であるならば、その感情もむべなるかな。俺だって、土壇場で無茶な仕様変更してきたクライアントには殺意を覚えたものだし、その事態に直面して交渉相手をクライアントではなく俺にした上司のことは今でも呪っている。俺の中ではもうすでに、上司=ディスパッチャーである。

「ああ、そうそう、羽斯波。ここに来たのは無駄なおしゃべりをするためなんかじゃないのよ。綺隆様から直々に命令よ」
「綺隆ってさ、俺に挨拶もしないわけ?」
「はぁ?」
「だってさ、俺は別に好きでここに来たわけじゃないし。なんか気付いたら酷い待遇でこき使われてるんじゃん?」
「酷くないわよ。職場偏差値40はあるもの、ウチ」
「なんだよその職場偏差値って。ていうか40って低いじゃないか」

 俺の抗議を聞き流す黒咲。うん、明らかに聞いてない。

「で、任務なんだけど。野良超人類バイスがチョロチョロしてるのよね、最近。おそらくナーヴに雇われてるような感じなんだろうけど、とっても目障りなの。だから殺してきて」
「いや、酷い理由じゃない?」
「酷くないわよ。チョロチョロしてて目障り。食卓の上をハエが飛んでいたらぶち殺したくなるでしょ?」
「でも、彼らは一応人類だろ?」
「だから? 殺さなかったら殺される世界なのよ、あなた、まだわかんないの?」

 見下し口調で言われる俺だが、俺の心の複合装甲は撃ち抜けない。

超人類バイスを殺せばあなたの力は増す。雑魚ばっかりっぽいから大した栄養にはならないと思うけど、ヒョロメガネのあなたには十分なご馳走ね」
「メガネ蔑視反対」
「眼鏡をかけたあなたを見下してるだけだからセーフ」

 黒咲は「ああ、うるさいうるさい」と言いながら部屋の出入り口へと歩いていく。俺も「しゃーないなぁ」とか応じながらベッドから起きてついていく。

「てかさ、敵何人?」
「十人くらい。さすがに一人でというのは可愛そうだから、私もついていくわ」
「絶対裏があるだろ、それ」

 可能な限り剣呑な声で言う俺。黒咲は振り返り、実に良い笑顔で頷いた。

「ええ。あなたが野良超人類バイスに狩られそうになったら、その前に首をねるためよ」
「助けてくれないのか?」
「私の靴の裏を舐めたら考えてもいいわよ?」
「やだ」
「交渉決裂。見ててあげるから一人でやってね」
「俺がやられたらアヴァロン計画とかどうなるの」
「今のあなたのポジションに収まる人材がやってくるのを待つだけよ」

 あ、そういうこと。

 全然納得はしていなかったが、つまり俺は「唯一無二の人材」というわけではなかったらしい。中途採用ガチャを回し続けるよ――というようなことを黒咲は言ったわけだと俺は理解した。

 俺は職場に恵まれない男だなぁ。詠嘆を込めて、俺は心の中で力の限り息を吐いた。

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