斯くして俺は、黒いスーツ、シャツ、ネクタイを与えられて、「旧市街」と呼ばれる場所へと連れ出された。見覚えがあるようなないような。というよりも原型を留めている建物が一つもない。ことごとく瓦礫、瓦礫、瓦礫、だ。超巨大地震でやられたか、あるいは強烈な爆撃でも食らったか……。
「黒咲、何をどうしたらこうなる?」
「核爆弾よ。小型のね。それが世界中で同時多発的に炸裂したの」
瓦礫に身を隠すようにして、黒咲は言った。羽斯波もなんとなく身をかがめる。黒咲の様子は、まるで狙撃でも警戒しているかのようだ。
「ここにあのなんだっけ、野良超人類がいる?」
「そ。この旧一等地を縄張りにしようっていう輩がね」
「ここってさ」
俺は顎に手をやって考える。
「ニューロのアジトの真上?」
「当たらずともね。と言っても、ここに貫通爆弾を打ち込んだとしても、ウチの本部には刺さらないけど」
「へぇ。でも、このへんにいられるのは目障りだと」
「そ。野良たちがナーヴと繋がっている可能性は半々」
「無罪の可能性が半分?」
「有罪の可能性が半分もあるのよ。殺したほうが簡単でいいわ」
黒咲の思考は合理的と言えるのだろうか。ただの嗜虐趣味ではないか? ……そんな疑問が湧いてくる。
「なんか人としてそれを首肯するわけにはいかない気がする」
「超人類だもの。古臭い価値観にとらわれるべきじゃないわ」
「うーん……」
承服致しかねる。しかし、野良超人類というのはいったいどういう立ち位置の人間なんだろう。俺は黒咲を伺う。黒咲は鋭い目線を俺に投げかけ、一瞬周囲に気を配る。
「一昔前の呼び名で言えば、奴らは無差別大量殺人鬼よ。他の超人類を倒す力はなく、家と言って彼らと手を結ぶほどの器量もなく。日々の飢えと乾きを旧人類を殺すことで凌いでいる連中よ」
「そういう奴らは多いのか」
「そうね。日本国内だけでも数千人はいる、と、綺隆様はおっしゃってたわね」
「殺人鬼が数千人!?」
それが日々、生き残った旧人類を襲う?
「彼らもまた、私たちにとっては餌のようなもの。私たちはそういう殺人鬼を狩ることで、旧人類たちと共存することができている。つまり、私たちにとっては彼らの行為も存在も、必要悪なのよ」
しれっという黒咲。色々とモニョるところがなくはないが、今それを言ったところで黒咲は相手にしないだろう。
黒咲は目を細めて、俺の背後を見た。俺も何故かその気配を感じることができていた。ざわざわっとした不快感。発信源は、三つ。しかし、俺達にはまだ気が付いていない。
「この辺、旧人類はいるのか?」
「ここの空気は旧人類にとっては猛毒なのよ。だから気にする必要はないわ。そしてそうである以上、奴らの狙いはニューロの本部の威力偵察よ」
「で、黒咲は助けてくれるの?」
「なんで助けなきゃいけないの?」
質問に質問で返されて、俺は少々イラっとした。が、この程度でキレたりはしない。なぜなら俺はよく訓練されたシステムエンジニアだからだ。
「奴ら、どのくらい殺してるんだ?」
「殺した数で罪の重さを決めるの?」
その黒咲の言葉に、俺はつんのめる。珍しくまともな発言だったからというのもある。
「ていうか、あなた、わからない? 奴らの血の量。超人類なら普通に感じられるはずなんだけど?」
「血の量? んー……」
男二人、女一人。未だこちらに気付いている様子はない。傍から見ると、ただのぶらり散歩。そんな雰囲気だ。だが、女はバタフライナイフを弄んでいたし、男の一人は拳銃を右手に保持していた。玩具なのか本物なのかはわからない。
と、思ったその直後、俺の中にその「拳銃」の構造が流れ込んでくる。普通の金属ではない、もっと生物的ななにかだ。
「あれってさ、黒咲。俺が手から出した武器みたいなものなのか?」
「珍しく正解。花丸をあげるわ。そう、バタフライナイフ、拳銃。もうひとりは多分まだ顕現させてないわね。顕現させた武器、あるいはアルファ。そのどちらかで殺されたら、私たち超人類も本気で死ぬわ」
「逆に言えば、それじゃないと倒せないと。プロメテウス出せば一発じゃね?」
「だめ。アレは極力温存しておいて。このあと、たとえば北耶摩が出てこないとも限らないから。そもそもプロメテウスにだって活動限界時間は設定されているはず。無駄撃ちはしたくないわ」
なるほど。そういえばプロメテウスとやってるときにバハムート消えたしな。戦闘中に消えられたらたまったものではない、確かに。
「で、俺、やっぱ剣出さなきゃ駄目?」
「素手で殴り殺したいなら別にいいけど?」
黒咲はわざとらしく首を振る。やっぱりこのひと、俺を支援するつもりはないらしい。
「いい、あなたは試用期間中なの。キリキリ頑張って。査定に響くわよ」
ウッ、査定……。トラウマが呼び起こされて一瞬クラリとくる。が、なんとか持ちこたえる。あの三人組はというと、わずか三十メートルくらいのところを通過中。こっちには気付いていないようだが。不意打ちすれば一人くらいなら倒せそうだ、などと考え始めている自分が怖い。
「羽斯波、さっさと片付けてちょうだい。私、お腹が空いたわ」
「だったら一人くらい引き受けてくれよ。超人類殺したら満たされるんだろ?」
「そうしたいのはやまやまなのよ。でも、あなたの力の補充が先。今のあなた、本気で雑魚だもの」
その言葉の棘に突き刺されて、俺の胸は痛い。黒咲はイライラとしながら、あろうことか手近なコンクリートの破片を拾って、あの三人組の方に投げつけた。
「まじでっ!?」
驚く俺。俺に気付く三人組。
俺、絶対絶命。黒咲を振り返るが、もうそこに彼女はいない。例の空間転移とやらを使ったに違いない。孤立無援の俺である。敵は見るからに凶悪そうな、ヒャッハー系統の三人。火炎放射器で消毒されてしまいそうだと俺は思う。
しゃーない。
やりますかぁ……。
実装不備報告を深夜にクライアントに通知するメールを投げるのに比べれば、これしきどうということはない!
俺は意を決して、剣の刃を手首から生やした。猛烈に痛い。そりゃそうだ、手の甲の皮膚を大きく切り裂いて、刃が生えているのだから。出血量も確認したくなくなるほどだ。
「もう、ほんっとまじで知らん。こんな会社辞めてやる!」
俺は、そう吠えた。サラリーマン時代には妄想の中でしか言えなかった台詞を、俺は今まさに口にしたのだった。
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