CB-02-005: 伏兵だと?

カセドラル・ブラッド・本文

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 ギンともザンとも言えない音を立てて、男の手にしていたガトリングガンの銃身がまとめて切断された。それを持っていた男の右腕ごとだ。男の肘付近から信じ難い量の血液が吹き出してくる。俺の身体に派手にかかる。黒一色の出で立ちは、こういうことが起きても目立たないようにするためだろうか?

 以前の俺ならとても正視できなかったであろう状況なのに、今の俺はまるでアニメでも見ているかのように「あー、そう。うん、そうなるよね」くらいの客観性で状況を見ていた。というか、なんだろう、現実感が大いに欠落している気がする。俺の中の常識が、今起きている事態を正確に認知できずにいるんじゃないだろうか。

 俺は男の前で身体をひねり、両手の刃を思い切り叩きつけた。男は大きく後ろに跳んで距離を取ろうとする。距離を取らせたらまた一撃は食らうことになる。

 悪いが、北耶摩戦の前に力をもらうぞ!

 信じ難い思考だと思ったりもしたが、それもどこか他人事ひとごとだ。少なくとも今の俺は、ことに躊躇ためらいを覚えていない。

『あのー、羽斯波さーん?』

 今忙しい!

 高播磨のイラッと来る通信を拒絶して、俺は地面を蹴った。男は左腕にまたしてもガトリングガンを出現させて、乱射してくる。少し距離を取られすぎた。俺は剣を顔の前にかざして、瓦礫の中を突進する。相手は左腕。利き腕ではないのだろう。ガトリングガンの反動で狙いが定まっていない。

「当たるものか!」

 俺は真上に跳んだ。弾丸が俺を追尾してくる。空中で身体を回転させてそれらの弾丸を切り払う。眼鏡の位置が少しずれた。後で直そう。

 着地と同時に男の首を薙ぐ。浅い。もう一撃!

『羽斯波、後ろ!』

 黒咲の鋭い声が聞こえる。その瞬間、俺は明確な殺気を感じた。北耶摩ではない。伏兵がいたということか! 俺は一瞬迷う。このままガトリングマンを倒すべきか。それとも背後の何かに対処するか。ロボゲーならどうしている、俺! 焦る気持ちの中で考える。

 答えは、仕切り直しだ!

 相手は二人になるが、今のまま押し切っても良い結果にはつながらない。

 俺はバックフリップを決める。背後の男の背中側に落ちようという算段だ。相手の獲物が何かはわからないが、ここでこの軽業を使われることを想像するのは難しい。そして、よしんばそれができたとしても、その後に背後からの攻撃が来ると考えるだろう。そこに合わせられると面倒だ。だから俺は着地してすぐにもう一歩退いた。

 そこにいたのはバンダナを頭に巻いて、左右の手それぞれに信じ難い大きさの刀を持った男だった。ガトリングマンと大刀男。近距離から遠距離までこなせる組み合わせだ。

 黒咲! 助けろ!

『査定に響くわよ』

 ここで俺がやられる方が面倒なんじゃ?

『厳しく査定を付けるのが趣味なんだけど、仕方ないわね』

 黒咲の声が頭の中から消えないうちに、大刀男の両腕が消えた。腕と刀が地面に落ちる。滝のように血が噴き出して、瓦礫をグロテスクに染めていく。男は雄叫びを上げる。

『羽斯波、衝撃波』

 黒咲の声を聞くや否や、俺は剣で頭部を防御した。ものすごい威力の衝撃が俺の全身を殴打する。

『雑魚が、うざい!』

 黒咲の怒りを孕んだつぶやきが聞こえる。黒咲はどこにいるんだ?

 男の雄叫びが唐突に止まった。地面を転がる男の首。そしてそれを踏み砕く黒尽くめの女――黒咲。何が起きたのか全く見えなかった。黒咲の気配がふわふわと漂ったかと思うと、男は両腕を失い、首を落とされ、踏み砕かれた。

空間転移アービット・ワイプの威力がわかった?」

 黒咲は居丈高にそう言った。俺に、というより、ガトリングマンに向けてだ。一気に形勢不利になったガトリングマンは逃げ出そうとする。黒咲が「追って!』と鋭い声を発する。だが、俺は間に合わなかった。

「おいぃ、逃げる方向、間違えてんじゃねぇか?」

 ガトリングマンの目前に、北耶摩が姿を現した。いや、違う、目にも止まらない高速で移動してきたのだ。

「き、き、北耶摩ァ!?」

 ガトリングマンは半狂乱になって、再生した右腕にもガトリングガンを出現させた。北耶摩は腕を組んでその回転する銃身群を見ていた。愉快そうに。

「てめーの力で作った弾丸なんざ、当たっても痛かねぇよ」

 事実、銃弾は何千発という単位で北耶摩に命中していた。だが、北耶摩はよろめきすらしない。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 俺と対峙していた時にはこんな声は出さなかった。この男の絶叫は、死を悟った絶望から出ている。

「羽斯波、北耶摩に喰わせちゃだめ!」
「あ、ああ!」

 確かにそれはまずい。アイツを強化するのは得策ではないし、俺を強化する機会を逸するということでもある。

「なんだぁ、コイツを喰いたいのか?」

 北耶摩は銃弾を受けながら、思い切り右の拳で男の顔面を殴った。男は俺の目の前に吹き飛んでくる。

「好きにしていいぜぇ。今さらそんな雑魚超人類バイスを一匹二匹喰ったところでどうともならねえょ、俺は。ほら、喰え。頭を砕け」
「ひぃぃぃ……」

 俺の目の前で情けない声を上げる男は、首が完全に折れていた。顔が背中側を向いている。

 これでも、死ねないんだな。

 俺は憐憫の情を覚える。と、その瞬間。

 情けない声を上げていた男の口が光った。

「ほほぉ?」

 北耶摩が面白そうに声を上げる。

「羽斯波、退避!」

 黒咲の声のピッチが高い。

 だが、回避は間に合わない。そもそもこの攻撃の効果範囲がわからない。広範囲攻撃だとしたら黒咲も危ない。

 俺は男の顔に向けて刃を打ち下ろした。その瞬間、男の舌が伸びてきて刃を弾き返した。その間にも光の凝集は進んでいる。

『本気でやって、羽斯波!』

 黒咲の気配が遠い。例の空間転移アービット・ワイプで逃げたのか。イラッとするものは感じたが、今はそれはそれで好都合だった。口だけ上司――ではなかったが、基本的に口だけな上司はいけ好かない。いないほうがやりやすいものだ。

 男は折れた首を更にねじって、俺に照準を合わせてくる。俺は刃を振ると見せかけて、低い位置から思い切りつま先で蹴り上げた。身体ごと宙に跳ね上げられた男は、明後日の方向に極太のビームを放った。遠くに見えたビルの瓦礫がまとめて消滅した。

 あっぶね!

 そう思いながら、俺は空中にある男の身体を、首を、そして頭部をなます切りにした。

「やーるじゃーん」

 北耶摩が大袈裟に手を叩いて、俺をたたえた。

 ちっとも嬉しくないが、俺の中に満ちる力がそんなことはどうでもいいと告げてくる。今なら誰と戦っても負ける気がしない。

 俺はそのまま北耶摩に身体を向けた。

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