CB-02-006: あの世界、この世界

カセドラル・ブラッド・本文

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 北耶摩は全く無防備に見えた。腕を組んで仁王立ち。どこからどう見ても隙だらけなのだが、俺は動けない。どこを攻めれば良いのか全くわからない。そもそも俺は、中学まで剣道をやっていた他には、何の格闘技の経験もないのだ。敷いて挙げれば体育でやった柔道程度。その俺が、明らかに百戦錬磨の北耶摩の手を読めるはずもない。

「あー、そうそう。黒咲なんつークッソおっかねぇ女なんて捨ててさ、俺らの組織に来ねぇか? うちの教皇さんがさ、おまえさんをどうしても連れてこいって言って聞かねぇんだよ」
「教皇?」
「おう。まぁ、俺の唯一無二の上司かな。この俺様が言うことを聞いてやっても良いって思える上司って意味だ」
「それは羨ましい」

 そんな上司になんてついぞ巡り合ったことがない。というか、そんなのファンタジーじゃないのか?

「一応さ、俺の直属の上司っつのは枢機卿っていうクソ野郎どもでさ。そいつらはお前さんを粉微塵にしろってうっさいわけ。俺も建前としてはそういうことでここに出張ってきた」
「だけど教皇は俺を生かして連れてこいって?」
「そそ」

 北耶摩は、厳つい顔に敵意のなさすぎる笑みを浮かべて頷いた。

「お前さんが今まだこうして生きてる理由はただひとつ」
「枢機卿とやらが嫌いだから、か?」
「おお、なかなか賢いな、ヒョロメガネ」

 北耶摩は大袈裟に驚く。俺はと言うと、わざとらしかろうがなんだろうが、褒められた経験がほぼないので逆になんか恐縮してしまう。なにやってんだ、俺。

「まぁ、そうなんだよな。教皇さんからは絶対に生きたまま連れてこいって言われてるし。だからまぁ、そういうことなんだけど、とりあえず戦うか」
「なんでそうなる!?」

 俺が言い終わらないうちに、北耶摩はもう俺に切り込んでいた。瞬間的に腕を上げたことで、かろうじて頭をカチ割られるのは防げた。だが、北耶摩は刀を引かない。ぐいぐいと押し込んでくる。このままだと、じわじわと頭を潰されかねない。しかし、態勢も変えられない。

 黒咲! 高播磨! なんとかしろ!

『無理っすね~。自分、通信系の能力しかないですし』

 やくたたず! お前、何のために出てきた、高播磨!

『ここで死ぬならそれまでよ、頑張って』

 きた、世界一思いのこもっていない頑張って。これほどイラっとくるものはない。
 
 というか、これ、俺って、ニューロにこだわる必要なんてないんじゃ? 北耶摩とか、割と頼りになりそうだし。今まさに俺を殺そうとしているヒグマ男を見ながらそんなことを思う。

『おやおや、羽斯波君。その考え方は感心しないよ』

 知らない男の声が流れ込んでくる。この緊急事態に似つかわしくない落ち着きすぎた声だ。現場の実情をわかっていない親会社の社員が視察に来た時に感じたイラっと感を思い出す。視察、その後の接待、終了後に会社に戻って仕様変更への対応を徹夜で……。そんな時に感じた苛立ちだ。

『ナーヴは旧人類プロトを食い物にしているんだ。君に力なき人々を虐殺して回るなんて芸当ができるかな?』

 それはできない、だろう。旧人類プロトだろうが超人類バイスだろうが、自分から殺しに行くなんてことが俺にできるはずもない。

『僕のアヴァロン計画が成就すれば、人類は至高の領域に辿り着ける』

 お伽噺じゃあるまいし。って、アヴァロン……って、もしかしてあんたがニューロの?

『ご明察。僕が綺隆キリュウ声だけリモートで失礼するけど、このあとでちゃんと挨拶するよ』

 俺が生きてればね。

『まぁ、そうだね。でもそうしてもらえるとありがたいよ』

 笑みさえ混じったその応答に、危機感はまるでうかがえない。綺隆はのんびりとした口調で話題を戻す。

『そのためには、君の協力が不可欠なんだ。だからは君をに呼んだ』

 なにを言っているんだ? ここに俺を呼んだ?

『そう。もはや修正不可能な不完全な世界から、まだこのまっさらとも言える世界に。この世界に君の血を足せば、世界は本来あるべき形になるんだ』

 そのような御託を聞きながらも、俺はしっかりと戦っている。いや、北耶摩に遊ばれている、というのが正しいか。北耶摩はとにかく強い。どこを攻めても反撃されるし、どこを守っても防御を潰される。しかし、北耶摩は俺の頭を狙わない。つまり、仕留めようとしていない。何度でもそのチャンスはあったのに。

 遊んでるのか? 戦いをただ楽しんでる?

 いや、俺との実力差を考えるとそのセンはない気がする。欠伸が出るほど退屈な戦いに違いない。

 だとしたら?

「おうおう、どうした、ヒョロメガネ。太刀筋が鈍ってきてんぞ?」
「うるさい!」

 俺の斬撃が北耶摩を襲う……のだが、北耶摩は最低限の動きでかわしてくる。当たる気配がない。

「諦めてさぁ、とっとと俺んところに来いよ。黒咲のねーちゃんもそうだが、綺隆の野郎もかなりの食わせもんだぜ?」
「なんとなくわかる」

 俺は飛び退る。その直後に俺のいたあたりの地面が大きく抉れた。砕けたアスファルトが俺の顔に当たる。ものすごく熱い。衝撃で赤熱したのだ。眼鏡が無事でよかった。

「てか、俺に勝てないこたぁわかったろぉ? 勝てねぇ喧嘩をしなきゃならねぇほど、おまえさんにゃ守るべきものがあるわけじゃねぇだろ? 勝つために戦うなんてぇのは、ニワトリでもしねぇよ。何かを得るために戦うやつも、所詮は雑魚よ。人間にとって唯一意味のある戦いてのがよ、何かを守るための戦いだぜ。それ以外の目的で武器を振るうやつなんざ、どいつもこいつもクズばっかりだぜ?」

 なんていう説得力。俺は思わず攻撃の手を止める。北耶摩は刀を収めるとまた腕を組んだ。双方一瞬では仕掛けられない態勢だ。

「ヒョロメガネの兄ちゃん、俺はよ、最強なんだ。超人類バイスが何百人、束になってかかってきたって俺を倒すこたぁできやしねぇ。いや、それも過去形かもしれねぇんだけどよ」
「どういうことだ?」
「おまえさん」
「俺?」
「おまいさんは、ほんのちょっと前までにはいなかったんだ。おそらく綺隆か、あるいはうちの教皇さんか、あるいはその二人か。とにかくそのへんの偉い奴らの力でおまえさんはここに来た。ってことはぁ、だよ? おまえさんに何らか特別な力があると考えるのもおかしくねぇだろ?」
「そうだな」

 北耶摩って実は頭の回転がすごくいいのかもしれない。ヒグマのような見た目ゆえに、俺も少々色眼鏡で見ていたかもしれない。

「実際さぁ、この前は俺のバハムートといい感じに戦った。あんな奴は今までいなかった。まして、誰も状態で、だ。となりゃぁさ、戦いに退屈してた俺としてはやっぱりさ、ほら、疼くわけよ」
「迷惑な話だぜ」

 こいつら営業成績良いから来年は二割増しな……と言われているかのようだ。高い壁を作ることが人の成長を促すと信じているバカなリーダーにしか出会ったことがないから、どうしてもこの手の発言には不信感しか持てない。

 俺の言葉に北耶摩は笑う。と、ふとその表情を険しくする。

「あぁ、すまねぇな、ヒョロメガネ。今日はこのへんでデートはお開きだ。うちの枢機卿どもがくっそうるさくてな」
「……殺しも連れ去りもしないのか?」
「一緒に来るってんならもちろん歓迎してやるが、お前さん、後ろに気付いてないのか?」

 へ?

 俺は振り返ろうとして、動きを止める。首筋に固く冷たい感触があった。

「死ぬ?」

 黒咲……。

 振り返るまでもなかった。俺は北耶摩に向かって肩をすくめる。北耶摩は「まったく、同情するぜ」とつぶやくと、姿を消した。凄まじい衝撃波を残して。

「あのさ、黒咲」
「死ぬ?」
「いや……」
「死ぬのか、生きるのをやめるのかって訊いてるのよ?」
「どっちもデッドエンドじゃん」

 二択ですらない二択。俺は左手でその刃を叩いて払う。そして振り返り、反撃に右手の刃をふるおうとして止めた。俺の額に銃口が押し付けられたからだ。

「この銃は私が顕現させたもの。銃弾はあなたを殺す」
「……だろうね」

 しかしこの人。なぜ俺をこうまでして殺そうとするのだろう。

「綺隆様のところに行くわよ。無礼を働いたら、頭蓋骨開いて自分の脳味噌食わせるわよ」
「なんつーことを」

 俺は両手を振って武器を消す。黒咲はたっぷり五秒ほど置いてから、同じように刀と拳銃を消滅させた。

「さっきその綺隆に話しかけられたんだけど」
「今なぜか無性にあなたの声がムカつくから三億年黙ってて。喋ったらセクハラの罪で物理的に処刑するわ」

 あの、それはパワハラというのでは。

 俺は天を仰いだ。紫がかった灰色の空から、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。

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