CB-02-007: 綺隆との対面

カセドラル・ブラッド・本文

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 支給された黒服は、まるで新品のようにパリッとしていた。あの戦いを経たとは到底思えない。普通ならボロきれになっていてもおかしくないほどのダメージだったのだから。ところが、俺の身体には傷一つ残っていなかったし、この服も今言ったとおりに新品同然だ。どういうメカニズムなのか理解ができなかった。

「服も一緒に再生するのよ。難しいことは私にもわからないわ。結果オーライだから、その理由なんて考えるだけ無駄」

 原因分析放棄思考! たまたまうまく行っているだけの事案を見て、その状態が永遠に続くと思うバイアスによって支配された人の意見! ……という具合にはっきり突っ込める性格だったなら、俺はこれまでこんなに苦労してこなかったかもしれない。

 俺はげんなりしながら黒咲についていく。地下に入ったかと思えば、地下鉄が走っていたと思しきところを更に超えて潜り、延々と階段を降り続ける。二十段降りて、踊り場で半回転、二十段降りて、踊り場で半回転、二十段……。

「なぁ、エレベータとかないの?」
「あなたがいなければ私は空間転移アービット・ワイプで一瞬で行ける。あなたがいるから私は歩いてる。余計な労力を使わされている。感謝しなさい」
「いや、俺の質問に答えてなくない?」
「答える必要があるなら答えるけど、私はないと判断したからないわ」

 完璧なまでの理不尽思考。いっそ清々しい……ではなくて、俺はこの無限に続く白い階段部屋に、そろそろ気が狂いそうになってきていた。

「あなたのせいで私の頭がおかしくなってきたわ。考えてみればこの階段降りきったら一本道なんだから、私があなたに付き合ってあげる必要なんてなかったわ。私は跳躍ぶから、一人で来て」
「なんていう非道!」
「私、ダイエットしてるの」
「だったら歩けばいいじゃん」
「歩いたら足が太くなるからイヤよ」

 あんたって人はぁ!

 全力でどつきたくなったが、そんなそぶりでも見せれば、逆に背中を蹴られて階段を転がり落ちる羽目になる。仕方ないので、俺は頭を振りつつ言った。

「黒咲はスタイル抜群だろ。何したって崩れないだろ」
「容姿端麗な大和撫子という評価は正しいと思うわ」

 そこまで言ってない。俺は無言で眼鏡の位置を直す。黒咲は振り返りもせずに右手を上げて、姿を消した。

 ……本当にやりやがった。プロジェクト絶賛炎上中にメール一往復でαアルファテスト中のシステムの仕様変更を決めて、さっさと定時で上がるマネージャーの如き所業である。あぁ、思い出しただけで殺意が湧いてきた。

 とはいえ今現在、その殺意を向けるべき相手はどこにもいない。いったいあとどれほど階段を降りるという単調作業を続けなければならないのか見当もつかない。その状況が俺を滅入めいらせる。超人類バイスだろうがなんだろうが、その精神性は元から変わってはいない気がする。

 斯くしてそれからビル十階分くらいに相当するだけの階段を歩き続けて、ようやく一枚の扉に辿り着く。よくある防火扉のような、明らかに分厚い金属性の扉だ。ノブを回すとすぐに開く。ちょっと一安心。鍵でもかかっていたらどうしてくれようかと思ったからだ。

 ドアを開けたその先には、長い白い廊下が待っていた。その突き当りに、明らかに異質な黒い扉が鎮座している。一応左右にも普通の白い扉はあったが、黒咲は一本道だと言っていた。ということは、常識的に考えて、俺は直進して黒い扉を開けるべきなんだろう。

『あ、羽斯波さん、遅いですよ』

 きた、なんかムカつく営業マン高播磨。どこからか俺のことを見ているらしい。そこもなんかすごくイヤだ。

『つれないなぁ。もっと仲良くしましょうよ』

 嫌だよ、気持ち悪い。

 そもそも営業部というのが嫌いだ。開発側の都合も考えないで案件を取ってきたり、二つ返事で仕様追加や変更を受け入れてしまったり。決定事項として、しかも数日温めてから持ってきたりするとか。まぁ、営業がいなければ仕事は成り立たない気もするから、そこはそれではあるんだけど。って何の話だっけ。

 そんなことを思いながら歩いていると、黒い扉が重々しく開いた。なんともレトロな扉である。そこには背の高いスキンヘッド眼鏡男が立っていた。衣装は俺と同じ、黒一色のスーツとシャツである。見た感じ、ボクシングでもやっていそうな佇まいだ。

「お待ちしてました。待ちすぎて残業手当が出るところですよ」
「残業手当なんて出たことないから羨ましい」
「管理職ですか」

 高播磨は天然なのだろうか。とにかく俺とはりが合わないのは間違いない。しかし、高播磨は俺を中に導きながらペラペラと色々と喋る。喋るんだが、俺の記憶には殆ど残らなかった。残ったといえば、彼は千里眼クレイヴォヤンスという数十キロ先まで見通すことのできる能力と、その範囲内の相手の脳内に直接話しかけられる遠隔通話テレパス能力を有しているらしい……ということくらいだ。

「羽斯波さんは優秀なんですねぇ。その若さで管理職!」
「そうじゃない」
「私はこれでも以前は商社に務めていたんですが、成績は中の下。才能の差ですなぁ」
「そもそも畑が違うと思うんだが」
「私は話すのは得意なんですが、どうにも私の担当先のお客様が軒並み話のわからない人ばっかりで」

 ああ、こういうタイプいるよね。自分の成績が上がらないのを他責にする人。そりゃ成績は伸びないわ。なんていう辛辣な感想をもったりしたが、多分高播磨については俺のこの感想は的外れではないだろう。

 扉の中には広大な空間が広がっていた。何かの司令室のような三階層の作りになっていて、最下層は十名以上の男女が大袈裟な計器類に向かって何やら作業をしていた。中層には二人か三人の技術者らしい男女が歩き回っていて、何かの点検をしていた。俺は今、この中層にいる。上層を見上げると、見知った顔――言うまでもなく黒咲――が、階段を降りてきていた。

「遅いわよ、羽斯波。待ちくたびれて貴重なコーヒー二杯も飲んじゃったわ。責任とって」
「無茶苦茶だ!」

 どいつもこいつも! ニューロの連中がたまたまこういう猛者揃いなのか、超人類バイスになるとこうなっちゃうのかはわからない。だが、今、俺は、精神的にとても危機的状況にある。高播磨は後ろで「さすが黒咲さん、ジョークのセンスある!」と余計なことを言っている。対する黒咲は「見え透いたおだてをするヤツは三秒後に死ねっていつでも思っている」と返していた。何ていうすさんだやり取りだろう。

 俺は前を黒咲、後ろを高播磨に挟まれながら、上層へと移動する。そこで待っていたのは、白一色のスーツを着た、白髪赤瞳アルビノの男だった。二十歳そこそこの年齢に見える。俺よりだいぶ若い。

「綺隆様」
「うん」

 黒咲の呼びかけに応じて、頭の中に響いた声と同じ声を発する青年。

「よく来たね、羽斯波君」

 来たかったから来たというわけじゃないんだが。俺はなんと答えたら良いのか考えた。考えているうちに答えそびれてしまう。よくあることだ。

「僕は君をニューロの一員として歓迎するよ」

 綺隆の声には特に何の感情もうかがえない。義務的に喋ってるような、そんな無機的な印象を覚える。

「早速で悪いんだけど、羽斯波君」
「その枕詞を聞いた直後に、うんざりしなかった記憶がないんだが……」
「そうだろうね。でも悪い話じゃない。超人類バイスという名の獲物が二人もいる現場だ。しかもその二人は多くのニューロのエージェントを殺してきている。殺せば君の力は更に増すだろう。そんな連中によって、旧人類プロトの屠殺場となっている都市があるんだ。東京っていうんだけどね」
「……そこに行けと? 他の人じゃだめなんですかね?」

 ダメ元で言ってみたが、やっぱり「ダメ」の一言で却下される。

「今度のはナーヴのエージェントたちだ。山埜井やまのい鏑奇かぶらぎっていうんだけど、実に手強い相手だ。黒咲をつけるから安心して行ってくれ」

 黒咲はアテにならない!

 ……と言おうとしたが、黒咲に睨まれたのでその言葉は飲み込んだ。

「地上にオスプレイを待機させてあるから、それに乗って行って」

 綺隆はそう言うと、傍目に断定できるほどあからさまに俺への関心を失った。

 企業の業績の基礎になるのは人間関係! つまるところ信頼関係! 今の所、俺には何の旨味もないのに(給料すらないんだから)、ただひたすらに痛い目に遭ってこき使われ、邪険にされ……。社畜を自称して久しい俺だが、ここまでの劣悪な環境は初体験だ。まったくもって初体験だ。そもそも殺すとか殺されるとか、そういう世界にいたことがないんだから。

 そしてこの周囲の人間全部敵状態。話がまともにできるのは、ライバル企業の凄腕エージェントである北耶摩だけという。こりゃ寝返るってば。ナーヴ作っちゃうってば。自業自得でしょ、ニューロ。

「あのさ、羽斯波君」

 綺隆がニッと無邪気な表情を浮かべた。

「全部聞こえてるよ?」

 ……最悪だ。もうほんと、最悪だ。

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