CB-03-001: 空中散歩

カセドラル・ブラッド・本文

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 俺は休憩時間すら与えられることなく、機上の人となっていた。乗っているのはかの有名なティルトローター機、V-22・オスプレイだ。乗り心地とかそれ以前に、俺は睡魔と戦っている。アレだけの戦闘を経たにも関わらず、俺にはほんのわずかの休息すら与えられていないのだ。そりゃ疲れもする。栄養ドリンクがあるわけでもなし。

「眠たいなら、さっさと敵を殺せばいいわよ」
「あのなぁ」

 俺は通路を挟んで向かいに座っている黒咲を睨んだが、黒咲は全く俺の方向を見もしない。まるで空気扱いだ。

「人を殺すのに抵抗なんてないわけ?」
「あるわよ。それが超人類バイスの人でなしであってもね」

 黒咲はようやく俺を見た。冷たい黒褐色の瞳には、何の感情もうかがえない。

「でも、私たちがらなければ、無力な旧人類プロトたちが大勢死ぬことになる。旧人類プロトを積極的に救おうとは思わないけど、手の届く範囲で殺されるのは夢見が悪い。それだけよ」

 俺は一瞬ぽかんとした。黒咲からまともな、人間らしい言葉を聞けたのは初めてだった。

「私たちニューロは、旧人類プロトとの共存を選んだ集団よ。旧人類プロトを食料とみなし、自分たちだけが生き残ろうというナーヴとは違う。あいつらはいずれ自滅するだろうけど。教皇さえ殺せば、という条件はつくけど」
「教皇ってそんなにすごいヤツなのか?」
「ガキよ」

 黒咲は鼻息も荒く言い放つ。あの北耶摩を従えているのがガキ? 思わず腕を組んだ俺を剣呑な目で見つめながら、黒咲は呟く。

「北耶摩さえいなければ、あのガキ、とっくに葬っているのに」
「なんていうか、不毛だな」
「不毛? 私たちの活動が?」
「どっちも。ニューロもナーヴも。せっかく人間の限界を飛び越えた存在になれたっていうのに、やってることは人間時代と変わらない……いや、もっと原始的になってるじゃないか。言っちまえば、超人類バイスってのは選ばれた人間ってことだろ」
「だからこそよ」

 黒咲は鋭い視線を飛ばしてくる。

「だからこそ、私たちの意思は統一されていなければならないのよ。旧人類プロトにとっては絶対的に無害な存在であり、絶対的に中立でなければならない。私たち超人類バイスが同じ意識を持って旧人類プロトの上に立てば、恒久的な平和が保証される」

 その言葉には、俺はとても懐疑的だった。それはある意味ではの理論だったからだ。力のある個々人が、そして相手を殺せば力が増すとわかっている個人同士が手を取り合い共通の目的に向かって邁進……それこそ、その上にさらなる絶対的な何かがなければ到底実現できるはずもない。いわば、とでもいうべき存在が必要だ。しかも、恒久的に。

「その論理だとさ、黒咲。超人類バイスは最後の一人になるまで殺し合うことにならないか?」
「そうね。でも、そのための聖なる血脈カセドラル・ブラッドを私たちは探している」
「カセドラル……なんだそれ?」
「私も懐疑的ではあるんだけど、どうやらその聖なる血脈カセドラル・ブラッドというものが、私たちの血液依存症を解決してくれるらしいのよ」
「それ、どこ情報?」
「それがね」

 黒咲は答えかけたところで不意に表情を険しくして立ち上がった。そして小さな窓から外を見る。

「羽斯波、奴らに勘付かれてた。山埜井ヤマノイのアルファが来てる」
「こんな上空に?」
「ワイバーンだもの、ヤツのアルファ。私たちを狙っている。降りるわよ」

 急激に機体が高度を下げているのがわかる。俺も立ち上がって、窓の外を見る。バハムートほどの迫力はなかったが、金属の翼竜が三匹、迫ってきているのが見えた。速度の差は歴然としている。

「バハムートだのワイバーンだの、まったくもってファンタジーだね」
「呑気なこと言ってないで。オスプレイは貴重なのよ」
「そりゃそうだろうけど、どうしろって?」
「飛んで」
「へ?」
「いますぐ」

 オスプレイのハッチが開き始める。ものすごい爆音が響き始め、気圧が一気に下る。俺たちは必然的に外に向かって引っ張られる。

「うわっ、ちょっと! 落ちる!」
「飛んでって言ってるの。オスプレイ撃墜されたら後々面倒なんだから!」
「落ちたら俺も終わるだろ! ここ何メートルあんの!」
「たった五百メートルよ。自衛隊に感謝しなさい」

 ごひゃく!? 五百メートル落ちろって!?

 そうしている間にも、ワイバーンは着実に距離を詰めてきている。飛び道具があったらまずい。

「わかったでしょ! 飛んで!」
「あんたは!」
「私は空間転移アービット・ワイプがあるもの。あなたを蹴り落としたらすぐに退避できるわ」
「ってちょっと!」

 黒咲は、いきなり俺の襟と右袖を掴んで投げた。投げっぱなしだ。受け身を取ることも許されない状態で、俺はハッチのところまで転がった。寸でのところで落下を免れるが、俺の身体はとっくに宙を漂っている。両手の指が生命線なのだ……が。

 俺の右手の指を踏み砕いた女がいる。

「飛べって言ってるでしょ。飛んで。今すぐ。飛んで」
「パラシュートくらいあるだろ!」

 左手だけでしがみつく俺だったが、黒咲はあろうことか拳銃を抜いた。

「それ以上泣き言言うなら、ぶち殺すわよ」

 泣き言違うし! 五百メートル落下とか絶対経験したくないし!

「落ちたって全身がぐちゃぐちゃになるだけよ。痛いだけ。死なない。安心。でも、地上にはナーヴの奴らが待ってるから、悠長にしてはいられないわ。気合入れて再生して。あなたはワイバーンを始末する。私はワイバーンの召喚者、山埜井ヤマノイを殺す。山埜井も鏑奇カブラギもかなり厄介な相手だから、あなたはさっさと私を助ける。良いわね。じゃ、飛んで」

 黒咲は悪意しか感じられないニコニコ笑顔を見せると、俺の左手の指を思い切り踏みつけた。ぐりぐりと。もはやパワハラどころの騒ぎではない。立派なバイオレンスである。

「あなたが空中でワイバーンにやられたら、その責任はあなたにあるから。さっさと諦めて飛ばなかった臆病で生き汚いあなたのせい。もしそうなったら私たちにとっても迷惑な話だから、なんとか無事に地上にたどり着いてちょうだい」

 という台詞の後半は聞こえなかったが、なぜか理解できた。黒咲は悪魔だということを。

 俺は自由落下する以外の選択肢を与えられないまま……重力加速度を感じながら五百メートルの空の旅を終えた。

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