CB-03-002: 叫べばどうにかなる気がした

カセドラル・ブラッド・本文

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 これは俺の推測だが――。いまの俺はきっと、人の姿をしていないに違いない。映像化されたとしたらあからさまなモザイク処理をされるような。手足の感覚もないし。そう、着地の瞬間には燃えるような痛みがはしったのだが、それはほんの一瞬だった。地上五百メートルからの自由落下。全身は見事に砕け散っているはずなのだが、いかんせん視力もなくなってしまったので、何とも言えない。いや、見えなくてよかったのかもしれない。超人類バイスは簡単には死なないことが、俺の中で改めて証明されてしまったわけだが、これから俺はどうなるのだろう。

 そんなことを考えているうちに、じわじわと聴覚が戻ってくる。風の音に混じって、金属音と悲鳴が聞こえてくる。金属の何かに人が襲われている。金属の何かというのは十中八九、アルファだ。さっきのワイバーンかもしれないし、もうひとりいるというナーヴのエージェントが召喚した別のものかもしれない。

「羽斯波、あなた、いつまでドロドロになってるのよ。早く再生して。気持ち悪い」

 これは黒咲の声だ。人をこんな目に遭わせた張本人のくせに、その自覚はまるでないらしい。俺も空間転移アービット・ワイプなんていうおしゃれな固有スキルを持っていたかった。ていうか、俺のスキルってなんだ? プロメテウス召喚? いや、それは他の超人類バイスだって似たような事ができる。

「才能なんて信じる方が無駄よ。才能のない人間は、どう言い繕ったって才能はないの」

 それは真実だと思うが、なんとも酷い話だぜ――という俺の声は、泡のようにゴボゴボと言っているだけだ

 黒咲の声が少し近付いてくる。

「スプラッタなんて見せないでほしいわ。気分悪くなるじゃない? 再生するまで付き合っていられないから、私、山埜井ヤマノイを殺してくる。鏑奇カブラギには気をつけてね。再生するまで襲われないことを祈っているわ」

 くっそ、こんにゃろ!

 そうこうしているうちにも全身が再生していっているのが何故かわかった。ぞわぞわするような感覚はあったが、痛みは特に感じない。視力も徐々に戻ってきた。金属音が上から近づいてくる。暗い空のどこかにいるはずだが、俺の視力はそこまで回復していない。目を凝らして手足を見てみると、当然のように服も再生していた。もはや新品状態である。血まみれになっていたはずなのに、その痕跡も消えていた。

 なんなんだこの状況はさ。

 ぼやく俺。ぼやきに関してはプロフェッショナルという自負がある。自慢にはならない。

 でも自分に都合の良いご都合主義は嫌いじゃない。むしろ好きだ。大好きだ。人間とはつくづく現金なものだ。

 そんなことを考えている俺を正気に戻そうとするかのように、空気を引き裂くような、安っぽい擬音で表現するならば「キィィィィン」という音がさらに近づいてくる。視力、早く回復しろ!

 と思ったところで、俺は眼鏡をかけていないことに気が付いた。落下とともにどこかに吹っ飛んだか。しかし眼鏡がないと力が出ない。金属音は気になるが、それ以前に眼鏡だ。俺は必死に暗い地面をさまよって目を凝らす。

「地面じゃない、屋上だこれ」

 なんということでしょう。俺が落下したのはビルの屋上だった。何階建てかはわからないが、周囲の眺めから推測するに十階は下らないだろう。

 視力もだいぶ回復してきて、月がちゃんと満月の形に見えるようになった。中央に何かの影が見えたが、多分あれはワイバーン。……ワイバーンだ。

 しかも一匹じゃない。三匹いる。これは一刻も早く眼鏡を見つけなければ。

 その頃までには俺の身体は完全に回復していた。落下の精神的ダメージは……あるようなないような? 社畜時代のひどい経験が強すぎて、自由落下の恐怖体験なんて割とどうでも良いものだったのかもしれない。今思えば、死なないっていう確信はあったし。

 思えばこのってなんだろう。常識とかそういうものが、俺の中で変異でもしちまったんじゃないか。そんな気すらする。超人類バイスったって、生まれてからずっとそうだったわけでもないだろうし。だから、そういうのが気付かないうちにスッと自分の中に根付いてしまわないと、色々苦しむと思うんだ。だってほら、以前は包丁で指切ったって大騒ぎしてた気がするし。でも今は腕一本なくなったところで「すぐ治るし」って思えてしまう。この変化は、ちょっとなんだか説明できない。

 ワイバーンがすぐそこにいた。何なら屋上に降り立っている。三匹に取り囲まれている、完全に。コレはまずい。まずいが、眼鏡がないと――。

 その時、ワイバーンの金属の身体に反射した月明かりが、キラリと何かを照らし出した。ワイバーンのすぐ目の前に、俺の眼鏡(らしいもの)が落ちている。よく見えないが多分眼鏡だ。

 俺は一も二もなく走り出す。眼鏡と認識してから走り出すまでの所要時間は限りなくゼロだ。俺の思考より先に身体が動いていた。俺自身が驚愕する、俺の自殺行為に、ワイバーンも虚を突かれたのか、すぐには攻撃してこなかった。一方で、俺の背後にいる二匹のワイバーンは俺に接近してきているようだ。眼鏡さえ拾えれば勝てる。

 何の確信だかわからないが、俺はそんなことを本気で思っている。眼鏡がない俺なんて俺じゃない。

 気を取り直した目前のワイバーンの足に踏み潰されそうになりながら、俺は眼鏡を拾い上げ、転がりながら装着する。

 よし!

 俺はそう呟いたが、状況は最悪だった。なにひとつではなかった。

 ワイバーンの巨大な足が、未だ態勢を整えられていない俺を踏み潰そうとしていた。あのジャマダハルで止められるとは到底思えない。相手は身の丈……何メートルだろう? 多分ガンダムくらいある金属の何かだ。止めたところで意味がない。

「プロメテウス!」

 ――ダメ元で叫んでみた。ヒーローが叫ぶと何かが起きる。世界の摂理とはそういうものだ。そういうものなのだ。

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