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	<title>現代ファンタジー - -創発領域-</title>
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		<title>LC-99-999:エピローグ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Nov 2022 01:02:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0　二〇一九年四月。 　僕らは晴れてH大学の大学生となった。 　何事もなかったかのように。 　だけど、そう――僕らの記憶は完全には消えなかった。 　あの夜の記憶は、写真のように僕らの頭に焼き付いている。僕とル [&#8230;]</p>
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<p>　二〇一九年四月。</p>



<p>　僕らは晴れてH大学の大学生となった。</p>



<p>　何事もなかったかのように。</p>



<p>　だけど、そう――僕らの記憶は完全には消えなかった。</p>



<p>　あの夜の記憶は、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">写</span><span class="boten">真</span><span class="boten">の</span><span class="boten">よ</span><span class="boten">う</span><span class="boten">に</span></span>僕らの頭に焼き付いている。僕とルリカは互いのその脳内写真が、僕らそれぞれの妄想ではないことを確かめるために、あれから何日も何日も言葉を交わし合った。C的存在がどうであれ、ACIDがどうであれ、記憶は薄れるものだ。僕らはそれを阻止すべく、お互いの情報を出し合い、確認しあったんだ。</p>



<p>　僕らは優しくて美人な家庭教師を知っている。たったの二ヶ月しか一緒にはいられなかったけれど。僕の母さんなんか、その存在さえすっかり忘れてしまっていたけれど。でも、僕とルリカだけは覚えている。朱野武、通称、タケコさん。タケコさんは今やもう、僕らの中にしかいないけれど、それでもそれで十分だと思った。どうせ誰も信じないし、信じてもらったところで意味はないし、嬉しくもなかったからだ。</p>



<p>　それよりも何よりも、僕とルリカの中にだけいるその美しい人は、僕らだけの秘密となって僕らを繋ぎ止めていた。どんなに喧嘩をしようと忙しかろうと、僕らはタケコさんの事を少しでも多く思い出そうと、少しでも確実なものにしようと、言葉に言葉を重ね合った。</p>



<p>　赤い車を見ると、タケコさんを思い出して、そして、少し悲しくなる。ましてWRXなんて見た日には、僕とルリカは手を繋いだまま、道の真ん中であろうと硬直してしまうわけで。</p>



<p>　僕らは待っている。タケコさんと再会する日を。そしてその日はきっと、あまり良くない日になるであろうことも、僕らは予感している。それでも。会いたい。</p>



<p>　タケコさんは戦っているのだ。絶対的で、絶望的な敵と。</p>



<p>　僕らの記憶は<ruby data-rt="ぼうよう">茫洋<rp>（</rp><rt>ぼうよう</rt><rp>）</rp></ruby>として曖昧で、それでも僕らはそれに<ruby data-rt="すが">縋<rp>（</rp><rt>すが</rt><rp>）</rp></ruby>って生きている。</p>



<p>「ねぇ、ショーガツ」</p>



<p>　ルリカは僕を見上げていた。その華奢な身体は、ほとんど僕に密着している。僕らの前には車が一台もいない大きな道路があった。そこにぽつんと建物があった。街灯のLEDに切り抜かれるようにして輝いているその建物は、その全容は見えないけれど、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">明</span><span class="boten">ら</span><span class="boten">か</span><span class="boten">に</span><span class="boten">立</span><span class="boten">方</span><span class="boten">体</span></span>だった。異常なほどに几帳面な、立方体。</p>



<p>「あれって、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">あ</span><span class="boten">れ</span></span>だよね」<br>「うん」</p>



<p>　僕は頷いた。赤信号。歩行者用も、車両用も、視界内の全ての信号が赤色だった。空に浮かぶ月すら赤い。</p>



<p>「<ruby data-rt="ミミトヤ">美味兎屋<rp>（</rp><rt>ミミトヤ</rt><rp>）</rp></ruby>」――僕はその名を呼ぶ。</p>



<p>　白衣の男がその前に立っていた。眼鏡のレンズがギラっと赤く輝いた。</p>



<p>「入れ」<br>「嫌だね」</p>



<p>　僕は首を振って即答した。ルリカが少し笑う。白衣の男は右の口角を吊り上げる。</p>



<p>「なるほど」</p>



<p>　男は腕を組んで頷いた。</p>



<p>「確かにお前たちはまだここに来るべきではない。だが、なぜだ。なぜ<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">こ</span><span class="boten">こ</span></span>にいる」<br>「タケコさんの事を考えてたら、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">こ</span><span class="boten">こ</span></span>にいた」<br>「朱野武か」<br>「そうだ」</p>



<p>　あの夜。タケコさんの望みは叶わなかった。僕らの記憶は虫食いで、だからタケコさんの戦いは覚えていて。だから、僕らの中のタケコさんは、ただの家庭教師なんかじゃなくて、とても強くて、とても美しい人だった。</p>



<p>「そうか」</p>



<p>　男はふと僕らから目を逸らした。一直線に伸びる道路の遥か遠くから、二つの明かりが近付いてくる。</p>



<p>「あっ！？」</p>



<p>　ルリカが僕の腕を引っ張った。</p>



<p>　それは、WRXだった。信号の赤を<ruby data-rt="まがまが">禍々<rp>（</rp><rt>まがまが</rt><rp>）</rp></ruby>しく反射するその美しいボディは、確かにタケコさんの愛車だった。それは僕たちの前を行きすぎていく。そして、視界から消えていった。</p>



<p>「いたね」<br>「うん」</p>



<p>　ルリカの問いかけに、僕は頷いた。</p>



<p>　WRXの窓は開いていて、その運転席には、まぎれもないタケコさんがいた。</p>



<p>　タケコさんは僕らに向かって、軽く敬礼の真似事をして見せたのだ。</p>



<p>「よかった。無事だったんだ」</p>



<p>　僕が言ったのか、ルリカが言ったのか。でも、そんなことはもうどうでも良かった。タケコさんがまだ生きている。相変わらずWRXを乗り回している。それがわかっただけで十分だった。</p>



<p>「ねぇ、おじさん！」</p>



<p>　ルリカが道路越しに声を張った。</p>



<p>「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">潜</span><span class="boten">伏</span><span class="boten">期</span><span class="boten">間</span></span>って、どうなったの？」</p>



<p>　単刀直入なその問い。男は何も答えずに眼鏡のブリッジに手を掛けた。</p>



<p>「状況は無事に進行中だ」</p>



<p>　そう言うその声には、一切の感情がない。僕はルリカと見つめ合い、小さく笑い合った。</p>



<p>「この状況で、よくも笑えるものだ」</p>



<p>　白衣の男が言う。僕はルリカの右手を握り、そして言った。</p>



<p>「僕らは未だ、負けてないんだろう？」</p>



<p>　――今の僕らには、それで十分だった。</p>



<p class="has-text-align-center">-ロストサイクル・完-</p>
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		<title>LC-06-002:バレットストーム</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Nov 2022 00:43:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　真っ先に爆炎を上げたのは96式装輪装甲車だった。分厚い装甲を持つはずの車両が、まるで紙を引き裂くように破壊された。その爆風に飲まれ、タケコさんも宝生も大きく吹き飛ばされた。タケコさんは愛車のWRXのボデ [&#8230;]</p>
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<p>　真っ先に爆炎を上げたのは96式装輪装甲車だった。分厚い装甲を持つはずの車両が、まるで紙を引き裂くように破壊された。その爆風に飲まれ、タケコさんも宝生も大きく吹き飛ばされた。タケコさんは愛車のWRXのボディに人形のように撥ね上げられ、宝生は呆けていた迷彩服の男にぶつかって絡まり合うようにして転がった。爆風の直撃を受けたはずの白衣の男は、白衣を汚しすらもせずに、炎を背にして平然と立っている。</p>



<p>「タケコさん、早く起きて！」</p>



<p>　僕は思わずタケコさんの所に<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">駆</span><span class="boten">け</span><span class="boten">寄</span><span class="boten">っ</span><span class="boten">た</span></span>。</p>



<p>　頭上ではヘリが向きを変えている。そのM230機関砲の銃口が電気的動作音と共に僕らの方を<ruby data-rt="へいげい">睥睨<rp>（</rp><rt>へいげい</rt><rp>）</rp></ruby>した。僕のそばにはルリカも来ていた。僕ら三人の命は、もう風前の灯火だった。いつの間にか、僕たちは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">元</span><span class="boten">の</span><span class="boten">姿</span></span>に戻っていたのだ。</p>



<p>「ショーガツくん……ルリカちゃん……」</p>



<p>　口の端から血を流しながら、タケコさんがその手を持ち上げる。僕らはもう自棄になって、タケコさんの身体をボンネットから引きずり降ろして車の影に隠れた。もっとも、あの機関砲を前にしたら、WRXの車体なんて金魚すくいのポイくらいの役にも立ちやしない。</p>



<p>　だけど僕は生きるのを諦めたわけじゃない。</p>



<p>　でも――。</p>



<p>　三人一緒に殺されるなら、それもありかもしれない――そんなことを一瞬、確かに考えた。</p>



<p>「ショーガツ。あんた、死ぬ気じゃないでしょうね」</p>



<p>　僕の心臓を射抜きながら、ルリカが目尻を吊り上げる。</p>



<p>　金属的な音が僕らを見ている。ヘリのサーチライトがWRXを真ん中に捉えている。逃げられる間合いではない。</p>



<p>　そんな僕らを白衣の男は興味深げに見つめている。その距離は十メートルほど。</p>



<p>「言っとくけど、わたし死ぬ気ないから」<br>「ぼ、僕だって」<br>「あんた、嘘わかりやすすぎ」</p>



<p>　ルリカはそう言い捨てると、何を思ったかすっくと立ち上がった。</p>



<p>「なんで立ってるの！」<br>「しゃがんでたって、撃たれたら死ぬわよ。だったらせめて、わたしはわたしの決めたことをして死ぬ」<br>「君だって死ぬ気じゃないか！」<br>「死なないわよ！」</p>



<p>　ルリカはそう叫ぶと僕の手を取って走った。</p>



<p>　あの白衣の男に向けて。</p>



<p>「どういう根拠で！？」<br>「ない！」</p>



<p>　僕らの後ろに機関砲弾が着弾した。何発も。僕らは燃え盛る装甲車に体当たりするように突っ込んだ。白衣の男の横をすり抜けて。機関砲弾が装甲車にとどめを刺す。僕らは超音速の弾にかすめられて、幾つも傷を負った。ちょっとした傷と言って良いのだろうけど、それだからといって痛くないわけじゃない。</p>



<p>「タケコさん置いてきちゃったじゃないか！」<br>「だいじょうぶよ、見て」</p>



<p>　炎に炙られながら、ルリカはWRXの方を指差した。そこにはもうタケコさんの姿はない。ルリカの動きに惑わされて、ヘリはタケコさんを見失ったのだ。</p>



<p>「宝生！」</p>



<p>　タケコさんの声が夜闇を引き裂いた。</p>



<p>「今すぐ、アレのパイロットの頭を破壊しなさい！」</p>



<p>　声の発生源を見ると、やっとで立ち上がった宝生の喉元に、宝生のバタフライナイフを突きつけているタケコさんがいた。</p>



<p>「……俺の力を利用するわけだ」<br>「女は打算に強い生き物なのよ」<br>「なるほど」</p>



<p>　宝生は自分たちを真正面に捕らえたばかりのAH-64Dを睨んだ。その途端、ヘリは急速に降下し始め――加速しながらアスファルトに激突した。満載された火器が誘爆し、辺り一面が燃え盛った。</p>



<p>　この期に及んで野次馬の一人も出てこない。</p>



<p>　それはとても非現実的な空間だった。</p>



<p>「どうするつもりだ、朱野武。どうやっても俺たちACIDからは逃げられないぞ」<br>「ご心配なく」</p>



<p>　タケコさんは強気に言った。僕とルリカはと言うと、抱き合って震えていた。目の前にヘリの乗員と思しき男の身体の上半身が転がっていたからだ。初めて目にする血生臭い死体を前に、十七歳の男女が何をできるというのだろう。</p>



<p>「私はこれまでと同じように生きていく。あなたたちと、C的存在。どちらの好きにもさせやしない」</p>



<p>　タケコさんはその右手に持ったバタフライナイフを、躊躇なくスライドさせた。宝生は言葉もなく崩れ落ちる。大量の液体がその足元に広がり、炎をぬらぬらと照り返した。</p>



<p>「……これまでと同じように、ね」</p>



<p>　タケコさんは僕らの方を見た。その目は潤み、唇は<ruby data-rt="わなな">戦慄<rp>（</rp><rt>わなな</rt><rp>）</rp></ruby>いていた。</p>



<p>「それで良いのか、朱野武」</p>



<p>　白衣の男が静かに訊いた。タケコさんは一瞬だけ間を置いてから、「ええ」と頷いた。そして白衣の男に二歩、三歩と近付いた。</p>



<p>「あなたにお願いがある」<br>「お願い？」<br>「私から、ショーガツくんとルリカちゃんの記憶を奪って」</p>



<p>　その言葉に、僕とルリカは絶句した。顔を見合わせ、そしてタケコさんの所へと駆け寄ろうとする。しかし、それはタケコさんの<ruby data-rt="かか">掲<rp>（</rp><rt>かか</rt><rp>）</rp></ruby>げた右手で制された。<ruby data-rt="ちまみ">血塗<rp>（</rp><rt>ちまみ</rt><rp>）</rp></ruby>れの、右手だ。</p>



<p>「良いのか。お前の嫌いなC的存在に、餌を与えることになるが」<br>「不可抗力よ」</p>



<p>　タケコさんは鼻を啜りながら言った。僕は言葉を失い、ルリカもまた同様だった。タケコさんは続ける。</p>



<p>「でも、そうね、もう一つ頼めるかしら、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">ヨ</span><span class="boten">グ</span></span>＝<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">ソ</span><span class="boten">ト</span><span class="boten">ー</span><span class="boten">ス</span></span>」<br>「ほぅ？」<br>「あの子たちの中に、私の……家庭教師の真似事をしていた私の姿だけは残しておいて欲しい」<br>「……良いのか」<br>「そうして」</p>



<p>　タケコさんは頷いた。僕らは必死に首を振る。言葉が出ない。「ダメだ」とも「やめて」とも言えない。ただ首を振ることしかできない。圧倒的に自由なのに、僕らは二人のやりとりを止められないのだ。</p>



<p>「……良いだろう」</p>



<p>　白衣の男は無表情に応えた。タケコさんは僕らの方を見て、</p>



<p>「ショーガツくん、ルリカちゃん」</p>



<p>　――微笑んだ。</p>



<p>　その微笑みはきっともう号泣なんてものを通り越した表情で。だから涙なんて一滴も見られなくて。</p>



<p>　それは僕らもまた同じだった。</p>



<p>　だけど僕は、ほんの一片でもタケコさんを忘れたいとは思わなかった。綺麗な記憶だけにして欲しいとは思えなかった。全部を覚えていたいと思った。今見たものは全部夢で、目覚めたらまたあの生活が、受験勉強の日々が戻ってきてくれるんだと信じようとした。</p>



<p>　だけど、僕の身体のあちこちについた傷が、抉られた皮膚が、流れる血が、全てが現実なんだと教えてくれる。痛みが、これらは全て現実なんだと告げている。</p>



<p>「私は人類を守らなきゃならない。ACIDにもC的存在にも、私は決して屈するつもりはないの。でも約束するわ。私は何があってもあなたたちを守るって。たとえどんな状況でも、私はあなたを守る。何を引き換えにしてでも」<br>「俺を前にしてよく言う」</p>



<p>　白衣の男は呆れたように肩を竦めた。タケコさんは凄絶な微笑を見せる。</p>



<p>「主人公らしい事を言ってみたかったのよ、一度くらい」<br>「タケコさん、僕は――」<br>「あなたも約束するの。幸せになるって。もちろん、ルリカちゃんとよ」</p>



<p>　僕の右手が、ルリカの左手で包まれた。僕はその手を握り返す。</p>



<p>「その記憶だけで、私はまた戦える」<br>「……タケコさん、僕は――」<br>「奪われる記憶が増える。もう何も言わないで」</p>



<p>　タケコさんはそう言うと、無言で愛車に乗りこんだ。その声は明らかに震えていた。僕は唇を噛み締め、動き始める赤い車体を見た。炎の揺らぎに合わせて、WRXが泣いていた。</p>



<p>「タケコさん！　僕はっ！」</p>



<p>　初めて好きになった人が、あなただった。</p>



<p>　その言葉は僕の口からは出てこなかった。</p>



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		<title>LC-06-001:デュエリスト＆インターセプタ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 Nov 2022 15:41:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　タケコさんの強さは鬼神のようだった。十名を超える敵を前に、一歩も退かないどころか、圧倒していた。剣道四段とかそういうのでは到底計り知れない、圧倒的な実戦経験……だろうか。ともかくその動きはあまりにも洗練 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<button class="simplefavorite-button has-count preset" data-postid="3620" data-siteid="1" data-groupid="1" data-favoritecount="0" style=""><i class="sf-icon-bookmark" style=""></i>ブックマーク<span class="simplefavorite-button-count" style="">0</span></button>
<p>　タケコさんの強さは鬼神のようだった。十名を超える敵を前に、一歩も退かないどころか、圧倒していた。剣道四段とかそういうのでは到底計り知れない、圧倒的な実戦経験……だろうか。ともかくその動きはあまりにも洗練されていてハリウッドのアクション映画の女性主人公のようにスタイリッシュだった。</p>



<p>　長さ一メートルの黒い棒のようなもので、タケコさんは襲ってくる連中を一撃二撃で仕留めていく。少し視界を巡らせると、一目散に逃げていく僕と、その僕を追いかける二名の刺客がいた。なんて情けないんだ、僕の後ろ姿は。そんな僕を見ながら、ルリカは同情するかのように僕の肩をポンと叩いた。その無言の気遣いは、かえって僕を傷付けたりもする。</p>



<p>　僕らがどこにいるかというと……どこだろう？　どこにもいないのに、だけど僕は自分とルリカを認識できる。当然タケコさんや刺客連中からは見えていない。僕が僕の身体を見下ろしても、何も見えないのだから。そのくせ、ルリカの存在も、その身体の位置も、どんなポーズをしているのかも、手に取るようにわかった。すごく不思議な感覚である。</p>



<p>　タケコさんはついに最後の一人を打ち倒し、96式装輪装甲車のそばまで辿り着いた。するとその装甲車は、あろうことか急に発進した。つまり、タケコさんを轢殺しようとした。</p>



<p>「タケコさん！」</p>



<p>　僕は思わず前に出ようとする。でも僕らの座標は変わらない。ルリカの手が僕の右手をぎゅぅと握る。</p>



<p>　タケコさんはその死の一撃を辛くも躱す。だが、そこまでだった。バランスを失って転倒したタケコさんの額に、装甲車から飛び降りてきた迷彩服を着た男の拳銃が押し当てられる。タケコさんに殴り倒されていた刺客たちも次々と息を吹き返して、その周りに揺らめいた。</p>



<p>「ぶっ殺しておけば良かったわ」</p>



<p>　タケコさんが物騒なことを、精いっぱいの感情を込めて口にした。</p>



<p>「朱野武。朱野直史の娘。一緒に来てもらうぞ」<br>「父と同じように、私も消すつもりね」<br>「恨んでくれるな。恨むならお前の母を恨め」</p>



<p>　その言葉にタケコさんはキッと顔を上げて、その迷彩服の男……の、後ろに立っていた白髪の男を見ていた。</p>



<p>「母さんに取り入ったわね、宝生！」<br>「国家安寧のため。そのためには何人かの人間の人生など取るに足らない。国家は遥か古来よりそうして回ってきた」<br>「冗談」</p>



<p>　タケコさんは額に銃口を押し付けられながらも嗤っていた。</p>



<p>「少数の犠牲を取って多数の安寧を得る。結構な美談に聞こえるけれど、それは結局漸減作戦みたいなものよ、自分たちに向けたね。少数を切り捨てていくうちに、いつの間にかあなたたち自身が少数派に入ることになるわ、絶対に」<br>「それは見解によっては正しい。しかしな、それを踏まえても、今この国は安寧を手に入れる必要がある」<br>「そのために世界を差し出すっていうの」<br>「必要ならばな」</p>



<p>　宝生の言葉にタケコさんは薄く嗤う。</p>



<p>「それはあいつらの傘下に入るってことなのよ、宝生」<br>「だから？」<br>「人としての記憶を全て失うっていうことなのよ」<br>「俺は例外になるだろう」<br>「何を……」</p>



<p>　宝生は冷たい瞳でタケコさんを見下ろしていた。それを傍から見ている形の僕らにでさえも、思わず<ruby data-rt="おぞけ">怖気<rp>（</rp><rt>おぞけ</rt><rp>）</rp></ruby>が<ruby data-rt="はし">奔<rp>（</rp><rt>はし</rt><rp>）</rp></ruby>った。</p>



<p>「俺は最初から奴らの力を受け継いでいる。いわば、奴らと人間のハーフのようなもの。だから、俺は奴らと人間の間を取り持つ<ruby data-rt="ロール">役割<rp>（</rp><rt>ロール</rt><rp>）</rp></ruby>を選んだ」<br>「それを外患誘致罪っていうのよ……！」<br>「はは、面白いジョークだ」</p>



<p>　宝生はそう言ってから、ふと振り返った。僕らもつられてそっちを見る。</p>



<p>「たいへんだ！」</p>



<p>　息を切らして戻ってきた二人――つまり僕を追いかけた二人だ――が、そう言った。</p>



<p>「ミミトヤが、ミミトヤが、干渉してきた」<br>「<ruby data-rt="ミミトヤ">美味兎屋<rp>（</rp><rt>ミミトヤ</rt><rp>）</rp></ruby>が……？」</p>



<p>　宝生は初めて意外そうな表情を見せた。</p>



<p>「それはあり得ない。奴らは俺たちとは共存の関係にある。だから――」<br>「だから何だと言うのだ？」</p>



<p>　宝生とタケコさんの間に、白衣の男が立っていた。タケコさんに銃を向けている迷彩服の男は、<ruby data-rt="ほう">呆<rp>（</rp><rt>ほう</rt><rp>）</rp></ruby>けたように空を見ていた。僕らの頭上に広がるのは、<ruby data-rt="さんぜん">燦然<rp>（</rp><rt>さんぜん</rt><rp>）</rp></ruby>とした陰気な空だった。</p>



<p>「お前は……」<br>「それで、俺とお前が共存だと？」</p>



<p>　白衣の男は眼鏡のブリッジに手を当てて、その位置を直す。鋭すぎる眼光が宝生を射抜く。宝生はグッと息を飲む。喉仏が大きく動いたのを僕は見た。</p>



<p>「永遠の、宇宙の<ruby data-rt="いやさき">弥先<rp>（</rp><rt>いやさき</rt><rp>）</rp></ruby>から<ruby data-rt="いやはて">弥終<rp>（</rp><rt>いやはて</rt><rp>）</rp></ruby>までを見通す我々が、お前のような<ruby data-rt="モータル">有限生命体<rp>（</rp><rt>モータル</rt><rp>）</rp></ruby>と共存だと？」</p>



<p>　白衣の男は僕の方を見た。見えているのだ、彼には。僕らの姿が。</p>



<p>「傲慢にも程がある。我々はお前にほんとうに末節の力を貸したに過ぎない。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">我</span><span class="boten">々</span></span>が大手を振って歩くための大義名分を得るためにな。そのために当時の権力者たちに囁いたに過ぎない」<br>「C的存在をこれ以上増長させないために、俺たちACIDは――」<br>「そんなことができるものか」</p>



<p>　白衣の男は冷笑する。身体の芯から震えが来るほどの凍れる微笑だった。</p>



<p>「ACIDに記憶操作の技術をもたらしたのはこの俺だ。もっとも、それに気が付いたのは、朱野直史ただ一人だったがね」<br>「父さんは、やっぱり……」</p>



<p>　タケコさんは呆けている迷彩服の男を突き飛ばして立ち上がる。その時に男の手から拳銃を奪い取っていた。</p>



<p>「そう、彼を始末するために、そこの宝生という男に力を貸してやった」<br>「……二人して、父さんの仇というわけね」<br>「そこの宝生は、指導教官でもあったお前の母と関係を持っていた。そしていずれ、直史を殺そうと計画していたのさ。俺はそこに囁いたに過ぎない」</p>



<p>　しれっとえげつないことを言ったぞと、僕はルリカと顔を見合わせる。ルリカは険しい表情で腕を組んだ。僕は空になった右手をふわふわと彷徨わせ、そして結果として、ルリカの左の肘を少し摘まんだ。</p>



<p>「何やってんの、ショーガツ」<br>「いや、なんか」<br>「落ち着かないのは分かるけど」</p>



<p>　僕らは見てるだけで何ができるわけでもない。強いて言えば立ったまま映画を見せられている気分だった。</p>



<p>「でもわかったわ。つまり、あんたがやはり父さんの仇」</p>



<p>　タケコさんは左手に拳銃、右手に黒い棒を持って、宝生と正対した。宝生はいつの間にか、両手に巨大なバタフライナイフを持っていた。ルリカが息を飲んだのが分かる。僕も同じだったからだ。</p>



<p>「何もかも忘れてしまえば良い、朱野武」<br>「ショーガツくんさえ覚えていられればそれでいいッ」</p>



<p>　銃撃から始まる剣撃。それは宝生のナイフで綺麗に弾かれた。タケコさんの左肘あたりから鮮血が散った。しかしタケコさんはなおも銃を撃ち、その間に間合いを取り直す。お互いが静止し、睨み合う。その二人を白衣の男は装甲車に背中を預けつつ、興味深げに見つめている。</p>



<p>　次に打ち込んだのもタケコさんだった。銃撃からの踏み込み。電光石火の一撃。棒の素材が何であるかは不明だが、鈍器の類に属するものであることは間違いない。当たれば一撃で昏倒するだろうということくらいは、僕にだって判断がついた。</p>



<p>　だが宝生は相当なナイフの使い手だった。掴み所のない構えからの防御、そしてカウンター。タケコさんもまるでアクションスターのような動きでそれらを<ruby data-rt="い">往<rp>（</rp><rt>い</rt><rp>）</rp></ruby>なしていく。二人の実力は伯仲していた。</p>



<p>　がんばれ……！</p>



<p>　僕は心の中で応援する。その僕に気付いた白衣の男が目を細める。</p>



<p>　その時だ。突然空気を引き裂く音と共に、タケコさんたちが丸い光で照らされた。</p>



<p>「ヘリだっ！」</p>



<p>　僕とルリカが同時に叫ぶ。</p>



<p>　それはAH-64D。自衛隊の誇る戦闘ヘリ、アパッチ・ロングボウ。その機体下部で駆動し始めているのは、30ミリ機関砲――。</p>



<p>「タケコさん！　逃げて！」</p>



<p>　僕は叫んだ。届かないと分かっていても。</p>



<p>　白衣の男は、目を細めて口角を上げた。</p>



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		<title>LC-05-005:未来と運命と</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 Nov 2022 10:21:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　僕らの行く先に一つの影があった。 「還屋……」 　僕はそのツインテールの姿をすぐにそうだと同定する。この場に現れ得る人物といえば、さっきの白衣の男と、この還屋未来以外にはないと思っていた。 「ようこそ、 [&#8230;]</p>
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<p>　僕らの行く先に一つの影があった。</p>



<p>「還屋……」</p>



<p>　僕はそのツインテールの姿をすぐにそうだと同定する。この場に現れ得る人物といえば、さっきの白衣の男と、この還屋未来以外にはないと思っていた。</p>



<p>「ようこそ、宇宙の<ruby data-rt="はざま">狭間<rp>（</rp><rt>はざま</rt><rp>）</rp></ruby>へ」<br>「宇宙の狭間？」<br>「そう。宇宙と宇宙の狭間、何もない空間。私たちの<ruby data-rt="すみか">棲家<rp>（</rp><rt>すみか</rt><rp>）</rp></ruby>」<br>「そ、そうなの」</p>



<p>　宇宙が複数あるなんて僕には初耳だった。もっとも、どのみち僕らに観測できるものではないのだろうけど。感心だか呆然だか分からないけど、そんなふうにぼんやりしている僕に変わって、夏山ルリカが声を上げた。</p>



<p>「ここがどこなのかは、今のわたしたちにはどうでもいいの。ただ、タケコ先生を助けなくちゃならない。わたしたちはそのために彷徨っているの」<br>「あいつは何て言ったのかしら？」<br>「対価……」</p>



<p>　僕は呟いた。還屋は端正な顔を少し歪めた。嗤ったように見えた。</p>



<p>　気付けば花火は終わっていた。視覚と聴覚を<ruby data-rt="しじま">静寂<rp>（</rp><rt>しじま</rt><rp>）</rp></ruby>が塗り潰す。</p>



<p>「そうね。あなたがたからはどんな対価を貰おうかしら」</p>



<p>　還屋が僕らをじっと――獲物を狙うイグアナのような目で――見ていた。僕らは自然と手を握りなおす。じりりとした空気が僕らと還屋の間に流れ、一種殺気だった視線がぶつかり合う。</p>



<p>「どのみちね、あなたたちは<ruby data-rt="キャリア">感染者<rp>（</rp><rt>キャリア</rt><rp>）</rp></ruby>となってしまっている。私たちの力を受け過ぎてしまっているから」<br>「そんなの、君たちの勝手じゃないか。僕は望んでそうしたから仕方ないけど、彼女は……ルリカは、そうじゃなかったじゃないか」<br>「いいえ」</p>



<p>　宣告するかのように還屋は首を振った。</p>



<p>「あの立方体は、その当人が望まない限り目の前には現れない。端的に言えば、何かから逃げたい時にね、導かれる。人が、人自身が引き寄せるのよ、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">美</span><span class="boten">味</span><span class="boten">兎</span><span class="boten">屋</span></span>を」<br>「ルリカが自分でこの世界に入り込みたいと思ったって？」<br>「それはあなたの責任でもあるのよ、春賀正月」<br>「ぼ、僕の……！？」<br>「ええ、そうよ」</p>



<p>　還屋は「なんだ気付いてなかったの」と僕を心底馬鹿にしたように付け加えた。</p>



<p>「あんたと朱野武の関係。ヒントはここまで」<br>「ああ！」</p>



<p>　僕はそれですぐに理解できた。夏山ルリカは、ルリカは苦しみ、悩んでいたのだから。だからそこから逃避しようとして――。</p>



<p>「それもあるけどさ、ショーガツ。それだけじゃないんだよ。わたし、いろいろ疲れてて、だから……なんだと思う」<br>「僕のせいだ」</p>



<p>　僕は首を振る。ルリカは目を見開いて僕を見ていた。</p>



<p>「僕がルリカの事をちゃんと見ていれば、こうはならなかった」<br>「まーね」</p>



<p>　ルリカは笑う。それは本当に歪みの一つもない、冴え渡るような笑顔だった。</p>



<p>「でもそれだけじゃないよ。家からも逃げたかったし、受験勉強も正直めんどくさかったし、もちろんあんたとタケコ先生のことからも耳を塞ぎたかった。ま、いろいろあったんだけど、あんた反省してるし、別にいいよ」</p>



<p>　ルリカは僕の右腕に自分の左腕を絡めてくる。</p>



<p>「同じくらいの背丈だと腕が組み易くていいよね」<br>「う、うん」</p>



<p>　そうかもしれない。</p>



<p>「でも、なつ……ルリカ。僕ら、今すごく困った状態にある気がするんだけど」<br>「そうねぇ」</p>



<p>　ルリカは空いてる手の人差し指を唇に当てた。</p>



<p>「還屋さん。訊きたいんだけど」<br>「なにかしら」<br>「わたしたち、このままいくとどうなるの？」<br>「正確にはあなたたち人類は終わるわ」<br>「終わるって、どういうふうに？」<br>「インスマウスの民のようによ」<br>「ごめん、全然わかんない」<br>「無知こそ至福の<ruby data-rt="よろこ">歓<rp>（</rp><rt>よろこ</rt><rp>）</rp></ruby>び。よかったわね」</p>



<p>　還屋はそう言い、ルリカと睨み合った。ルリカのあからさまな敵意の視線を受けても、還屋は怯まない。</p>



<p>「人類はそれ自体、私たちに漸近してきていた。それが接触に転じるのが、恐らく来年よ、あなたたちの時間でいうところのね」<br>「何が起きるんだ……？」<br>「人間はその記憶の全てを私たちに捧げることになる。人間の意識は、認識は、その全てが時間を<ruby data-rt="うしな">喪<rp>（</rp><rt>うしな</rt><rp>）</rp></ruby>うことになるわ」<br>「時間を喪う？」</p>



<p>　僕とルリカが顔を見合わせる。お互いの息を感じられそうなほど、顔は近い。</p>



<p>「無限の可能性を手に入れるということ。観測者が生まれることによってね」<br>「さ、さっぱり、意味が分かんない」</p>



<p>　ルリカがあんぐりとした表情を見せている。頬のあたりが引きつっている。当然ながら、僕にもさっぱり理解できない。</p>



<p>「これまで人間の世界は、個々の意識が観測者になることによって、相互観測によって記憶という名の情報ネットワークが構成されていた。正確には、普遍的無意識と呼ばれる領域を観測することによって、あなたたちは自と他を分かっていた」<br>「それが、他の持つ記憶……？」<br>「そう。……なぁんだ、もうあいつから聞いているみたいね」<br>「ざっくりしか理解できなかったけど」<br>「理解できるように話さないもの、あいつは」</p>



<p>　還屋が微笑を見せる。まるでピザカッターのように湾曲した鋭利な唇だった。</p>



<p>「その普遍的無意識――唯一人間の持つ記憶の集合体への<ruby data-rt="同時アクセス">DDoS<rp>（</rp><rt>同時アクセス</rt><rp>）</rp></ruby>攻撃を試行するための踏み台として、あなたたちを使おうっていうわけよ」<br>「そ、その結果どうなるっていうの？」</p>



<p>　僕とルリカの声が奇跡的に重なった。還屋はまた刃のような微笑みを見せる。</p>



<p>「あなたたちはあなたたちでは……いられなくなる」<br>「わたしたちが孤立するっていうこと？」<br>「限りなく正解ね、あなたたちの視野で言うのなら」<br>「ルリカ、どういうこと？」</p>



<p>　小声で訊く僕。ルリカは僕の右手を握り直して応えてくれる。</p>



<p>「わたしたちが見て、わたしたち自身を観測するのに使っていた普遍的無意識って奴が壊れると、わたしたちはわたしたち自身を観測できなくなる。それはつまり、他人を通しても見ることが出来なくなるってことで、だから、ええと」<br>「……自分も他人もなくなるってことか」</p>



<p>　僕は首を振った。還屋はその黒い瞳をますます墨のように黒くして、僕たちを見ている。</p>



<p>「その代わり、人間の意識は全て一つの<ruby data-rt="ノード">結節<rp>（</rp><rt>ノード</rt><rp>）</rp></ruby>に<ruby data-rt="コネクト">接続<rp>（</rp><rt>コネクト</rt><rp>）</rp></ruby>されるのよ」</p>



<p>　そのゾッとする物言いに、僕はルリカの左手をぎゅっと握りしめた。柔らかな白い手が、薄く汗ばんでいるのが分かる。</p>



<p>「よくわかんない」</p>



<p>　ルリカはいっそあっけらかんとした口調で言った。</p>



<p>「その結果、わたしとショーガツとタケコ先生はどうなる？」<br>「何もかも忘れて融合することになるでしょうね、記憶の上では」<br>「どういうこと？」</p>



<p>　また僕とルリカの声がハモった。ルリカの険悪な低い声と、僕の素っ頓狂な高い声が重なり合って最高に不機嫌な不協和音を作っていた。還屋はやや顔を顰めて肩を竦めた。</p>



<p>「つまり、人間の人間による記憶は全て私たちに接収されるということ。ああもう、面倒臭いわね。つまりあなたたち人間はすべて私たちの支配下に入るということよ。でも、その犠牲の代わりに、世界は平和になるわ。あなたたちの政府の望んだとおりにね」</p>



<p>　――<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">国</span><span class="boten">家</span><span class="boten">の</span><span class="boten">安</span><span class="boten">寧</span></span>を見返りとして求めてきた。</p>



<p>　あの白衣の男に言われた言葉が蘇る。</p>



<p>「でもそれ、僕らの政府の望みとは違うと思うけど」<br>「そうね。違うでしょうね」<br>「だったら、わざと……」<br>「人聞きの悪い」</p>



<p>　還屋は少し不愉快な顔をした。</p>



<p>「彼らより私たちの方が賢かった。そういうわけよ」<br>「でも、うちの政府が求めたのは、日本国の安寧でしょう？」<br>「日本なんて小さな国家はどうでもいいのよ。現にもうすでに世界中に<ruby data-rt="キャリア">感染者<rp>（</rp><rt>キャリア</rt><rp>）</rp></ruby>が散らばっていて、もう止められないところまで来ている。そうね、X-day。その日、普遍的無意識は散逸し、全ての意識は参照元を私たちの主へと変える。そしてね、それは、人間の原点回帰でもあるのよ」</p>



<p>　人間の原点回帰？　てことは、もともとは普遍的無意識なんてなかったって？</p>



<p>「そういうこと。人間はいつしかその肥大した脳の可処分領域を使い、普遍的無意識を観測した。簡単に言えば、人間は<ruby data-rt="はんらん">叛乱<rp>（</rp><rt>はんらん</rt><rp>）</rp></ruby>したのよ、私たちに」<br>「だからってその支配権を取り戻そうって？」<br>「そういうこと。せっかく彼らが漸近してきたんだもの、それに応えてあげようという気になったっていうわけよ」</p>



<p>　寝た子を起こしたというわけか。僕は当時の政府の迂闊さを呪う。</p>



<p>「あのさ」</p>



<p>　ルリカがずいと前に出た。僕も慌てて隣に並ぶ。</p>



<p>「別に何だって良いんだけど、わたしはショーガツと今のまんまでいたい。こうやって手を繋いだり、ベッドでごろごろしたり、時々美人を目で追うショーガツに肘打ち叩き込んだりしていきたい」<br>「そんなこと。もっと本質的に一つになれる機会なのよ」<br>「そんなの<ruby data-rt="ひと">他人<rp>（</rp><rt>ひと</rt><rp>）</rp></ruby>に与えられるものじゃないわ」<br>「そんなの、僕も嫌だな」</p>



<p>　僕はルリカよりも一歩前に出た。ルリカはすぐに僕の隣に並ぶ。僕らは一歩ずつ、還屋に近付いた。還屋は首を振り、「所詮、人には理解できる世界の話ではなかったわね」などと嘯いた。このやろう、と僕は頭に血が上ったが、ルリカは僕よりは幾分冷静だった。</p>



<p>「一年後の話なんてどうだっていいけど、とにかく今は、タケコ先生を何とかして。わたしたちを元の所へ返して」<br>「やれやれ――こんな時にはそう言った方が良いかしら」</p>



<p>　還屋は大袈裟に肩を竦める。その黒い眼は一つも笑っていないのだが。</p>



<p>「いいでしょう。一年も時間はないけれど、漸近から接触に変わるその時まで、あなたたちは足掻くと良いわ」<br>「その時になったらまた話を聞くわ」<br>「私たちがその気になればだけど」</p>



<p>　還屋はもううんざりだと言わんばかりに首を振り、右手の指をパチンと鳴らした。</p>



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		<title>LC-05-004:開示</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 10 Nov 2022 22:11:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　潜伏期間というのはな――男は律義に説明を始めた。 「C的存在のネットワークに組み込まれるための準備期間。つまり、記憶の主体をこの世界の物から俺たちの概念へと組み替えるための並行運用期間のようなものだ」「 [&#8230;]</p>
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<p>　潜伏期間というのはな――男は律義に説明を始めた。</p>



<p>「C的存在のネットワークに組み込まれるための準備期間。つまり、記憶の主体をこの世界の物から俺たちの概念へと組み替えるための並行運用期間のようなものだ」<br>「やっぱり支配体制を変えるってことじゃないですか」<br>「そうとも言える。だが、それを提案してきたのは人間だ。具体的に言えば、<ruby data-rt="内閣府情報調査室">CIRO<rp>（</rp><rt>内閣府情報調査室</rt><rp>）</rp></ruby>の連中だ。そいつらは後の漸科研だが。その代わりに国家の安寧を見返りとして求めてきた」<br>「国家の安寧……」<br>「そうだ。記憶は<ruby data-rt="てんじょうむきゅう">天壌無窮<rp>（</rp><rt>てんじょうむきゅう</rt><rp>）</rp></ruby>の<ruby data-rt="いしずえ">礎<rp>（</rp><rt>いしずえ</rt><rp>）</rp></ruby>だ。このネットワークさえ構築されれば、ありとあらゆる事象を操作することができる。強いてはこのちっぽけな惑星など、簡単に制圧することができる。話はこんな島国云々の問題ではなく、宇宙規模と言っても良い」</p>



<p>　男の妄言。僕はそうとは受け止められなかった。この不可解で不愉快な部屋は、恐らく僕の世界のどこにも存在していないのだ。物理法則すら無視されていて、そして今の僕は多分、僕の世界のどこにもいない。記憶からも消えているに違いない――なぜかそんな確信が生まれている。</p>



<p>「潜伏期間が終わったら……どうなるんですか？」<br>「世界が塗り替えられるだろう」<br>「そうなったら僕ら人間は……」<br>「C的存在に変わる。そうさな、インスマウスの民ように」<br>「インスマウス？」</p>



<p>　僕の頭の中にはその情報は存在していない。だが、なぜか無性に禍々しい――胸の内側、鳩尾のあたりにそんな感触を覚えた。</p>



<p>「それを止めることは？」<br>「できたとして、どうして俺が開示すると思う。これは俺たちの存在意義であり、目的だ。人間は最適化され、世界は完全なる調和を手に入れるだろう」<br>「そんなの」</p>



<p>　言いかけて僕は言葉を失う。<ruby data-rt="はんばく">反駁<rp>（</rp><rt>はんばく</rt><rp>）</rp></ruby>の手段が思いつかなかったのだ。</p>



<p>「タケコさんはそれを止めようとしている？」<br>「その事実に気付いたのはつい先日のようだがな」</p>



<p>　男は冷たい笑みを見せる。</p>



<p>「だが彼女は止まらないだろう。だから、ACIDが強硬手段に出た」<br>「そうだ！　タケコさんはどうなったの。無事！？」<br>「還屋未来の気分次第だろう」<br>「それで、その、どうなったの」<br>「せっかちな奴だな。この空間には時間の概念すらない。慌てた所で意味はない」</p>



<p>　時間の概念がないという状況がいったいどういうものなのか、僕には想像がつかない。たとえ今まさに僕がそのような状態にあるのだとしても。</p>



<p>「僕はタケコさんを見捨てて逃げたんだ」<br>「足手まといだから逃がされたのだろう？」<br>「そ、そうだけど」</p>



<p>　でも、僕は、夏山ルリカが立方体の家に入る時にも止めることができなかった。結局のところ、僕がぼんくらで無能だから、誰も助けられていないんだ。</p>



<p>「そ、そうだ。夏山ルリカはどこにいるんですか。立方体の、ちょうどここと同じ建物に入っていったのを、僕は見送った」<br>「ここではない別の場所で、俺と会話している最中だ――お前たちに分かるように伝えるとなると、このあたりの表現が限界か」<br>「つまり、無事なんですか？」<br>「今のところはな」<br>「今の……ところ？」<br>「俺たち、つまり、お前たちの言うところのC的存在というのは、接触するだけで一種の汚染が起こる。間接的に接触してでさえ<ruby data-rt="キャリア">感染者<rp>（</rp><rt>キャリア</rt><rp>）</rp></ruby>になるわけだから、尚な」<br>「だとしたら、僕も……」<br>「そうなる」</p>



<p>　男は血も涙もない断定をした。僕は苦労して唾を飲み、息を吸い、二酸化炭素を吐き出した。</p>



<p>「お前はどうしたい？」<br>「僕が？」<br>「そうだ」</p>



<p>　男は冷酷な口調で言う。</p>



<p>「お前の希望を叶えてやる。ここに来た多くの人間にそうしたようにな」<br>「僕の希望？」<br>「そうだ。何をどうして欲しいのか、言ってみるが良い」<br>「夏山ルリカとタケコさんを助けて欲しい」</p>



<p>　僕は言った。その僕の答えに、男はなんだか微妙な表情を見せる。</p>



<p>「それでいいのか？」<br>「それ以上があるものか」</p>



<p>　僕は上の方を見た。今気が付いたが、この部屋には天井がなかった。つまり天井灯の一つもない。それにも関わらず、琥珀色に明るい。その作為的な陰影が、男の頬に陰を落としている。</p>



<p>「まずは自分の無事を願うものなのだがな」<br>「それはなくない」</p>



<p>　僕は素直に言った。</p>



<p>「だから、僕は無意識に、自分は大丈夫だと思っているのかもしれない。でも、僕の意識は、夏山ルリカとタケコさんの無事を祈ってる。それしかできないから。それは間違いないんです」<br>「なるほど」</p>



<p>　男は目を細める。揶揄するような、値踏みするような、そんないやらしい目つきだ。眼鏡のレンズがギラリと輝き、男は漸く立ち上がった。そして僕の目の前までやってきて、僕の肩に手を置いた。</p>



<p>「還屋未来が朱野武を呼び寄せるのにお前を使った理由が見えた」<br>「それは……？」<br>「お前がその選択をすることを知っていたからだ、あいつは」</p>



<p>　二人の無事を祈るっていう……？</p>



<p>「そうだ」</p>



<p>　男は頷いた。どうやら男との会話に、言葉はいらないようだった。でも僕は、自分の言葉を確信するために言葉を使うことを選ぶ。</p>



<p>「タケコさんも僕にとっては大事な人だ。夏山ルリカはもしかしたら一生の付き合いになるんじゃないかって思ってる。だから僕は、二人を何が何でも助けたい」<br>「どんな対価を払ったとしても？」<br>「僕に払える対価なら」</p>



<p>　僕は頷いた。僕にできることなんてたかが知れている。もしかして、この男は悪魔のような物で、僕の行為はつまり、悪魔に魂を売ることなのかもしれない。でも、それでも、僕は今、何としても二人を助けなくてはならなかった。</p>



<p>「なるほど」</p>



<p>　男は眼鏡の位置を直し、僕らが入ってきた扉を指差した。僕はその指示を理解し、恐る恐る扉を開く。</p>



<p>「ショーガツ！」</p>



<p>　夏山ルリカがそこにいた。鏡合わせのように、僕の背後の景色と同じものが、その扉の向こうにも広がっている。しかし、そこにはあの白衣で眼鏡の男はいない。後ろを振り返ってみても、そこには誰もいなかった。</p>



<p>「あの人は……」</p>



<p>　僕と夏山ルリカが同時に呟いた。</p>



<p>「でもよかった、またショーガツに会えて」</p>



<p>　夏山ルリカは僕に抱き着いてきた。ここで僕の方が十五センチばかり大きければ絵になる構図だったんだろうけど、残念ながら夏山ルリカの方が一センチ背が高い。結果、絵的にはなんだか微妙なバランスになってしまっただろう。だがそんなことよりも、とにかく今、夏山ルリカと空間を共有できている事実が嬉しかった。</p>



<p>「ひどい目に遭っていない？」<br>「遭わなかったけど、小難しい話を聞かされていたわ」</p>



<p>　夏山ルリカは部屋の境目から僕のいた方の部屋へと躊躇なく入ってきて、そして周りを見回した。その間も、夏山ルリカは左手で僕の右手を握っている。</p>



<p>「記憶がどうのって。正直関心なかったからふーんって聞き流してた」<br>「ひどいね」</p>



<p>　僕はあの白衣の男に同情した。水槽の中の赤い布が「わん」と鳴いた。僕はその布の正体を知りたいと思ったが、夏山ルリカは完全にそれをスルーした。僕も仕方なく夏山ルリカについて歩く。</p>



<p>　その部屋は本当に無限の広さを持っていて、どこまで歩いても延々とウィスキーの海を泳いでいるような、そんな感覚だった。だけど僕は孤独ではないし、夏山ルリカは頼れる人だ――僕はこの状況に感謝した。</p>



<p>　とはいえ、何一つ解決していない気はするのだけれど、時間の概念はないとあの人は言っていたから、今は慌てるタイミングじゃない。僕は夏山ルリカの隣に並びながら尋ねた。</p>



<p>「<ruby data-rt="キャリア">感染者<rp>（</rp><rt>キャリア</rt><rp>）</rp></ruby>になるって言ってたけど、具体的にどうなるんだろう」<br>「潜伏期間が終わったら、きっと」</p>



<p>　夏山ルリカは足を止める。</p>



<p>「何かが変わる。でもそれは多分、わたしたちにはそんなに関係ないよ」<br>「そうかな」<br>「きっとね。どうせ分からない未来なんだから、憂いてもしょうがないよ」</p>



<p>　夏山ルリカのこういう所は本当に強いと思う。他方、僕は未来が分からないと不安になってしまう。でも今は。</p>



<p>「そうだね」</p>



<p>　僕はそう言える。夏山ルリカは僕を見てニコリと微笑んだ。その微笑は本当に何の不安も感じさせない程に軽くて、それを見ている僕も一種の踏ん切りをつけられた。</p>



<p>「さてと。こんな空間に閉じ込められちゃったみたいだけど、どうしたらいいのかな」<br>「ま、のんびりしましょう」</p>



<p>　夏山ルリカは白衣の男が座っていたソファを横目に、ずんずんと進み続ける。僕たちの進む方向にあるガラクタたちが畏まって道を開けていく。そんなふうに僕には見えた。僕たちの歩くところに道があるのか、僕らが道を選んでいるのか……それは<ruby data-rt="わか">判然<rp>（</rp><rt>わか</rt><rp>）</rp></ruby>らない。でも、確かに僕らは歩いていた。手を繋ぎながら。</p>



<p>「夏山ルリカ」<br>「どうしていつもフルネームなのよ」<br>「いや、今更かなーって」<br>「何かを変えるのに遅すぎることはないのよ」</p>



<p>　夏山ルリカは肩を竦めつつ、また先を歩こうとする。僕は速足で追いついて、また隣り合わせになる。どん、と音が鳴った。それは威圧的な音とは違って、何か花火の音のような、大きな広がりを持つ音だった。それは二度三度と繋がり、そして夏山ルリカが上を指差した。</p>



<p>「花火？」<br>「かなぁ？」</p>



<p>　パッと光る花。それは大きく広がって消えていく。ウィスキーの空間はやがて深海色の帳に支配されて、そこには星空が広がっていた。いつの間にか僕らはあの空間から出てしまっていたのか。あるいは、まだそこに囚われているのか。それはわからない。ただ、空には花火が幾重にも上がり、その度に僕らの影を濃くしていく。</p>



<p>　誰もいない。夏山ルリカの他には。何もない。空以外には。そこにはアトランダムに花火が上がり、無節操とも言える輝きを映しては消えていく。僕は足を止めた夏山ルリカにほんの少しだけ近付いて、その端正な横顔に尋ねた。</p>



<p>「なんなんだろうね？」<br>「さぁ」</p>



<p>　なんとも言えない<ruby data-rt="いら">応<rp>（</rp><rt>いら</rt><rp>）</rp></ruby>え。それは決して僕を拒絶するようなものではなくて、ただ現実をそのまま吸収しようとしているかのような、そんな響きだった。</p>



<p>「ねぇ、ショーガツ」<br>「うん？」<br>「あんたさ、わたしとタケコ先生と、どっちを選ぶ？」<br>「え？」</p>



<p>　夏山ルリカの声は少し震えていた。</p>



<p>「わたしね、あんたとずっと一緒にいられると思ってた。誰にも邪魔されずに、この先もずっと一緒だって思ってたんだ」</p>



<p>　思わぬ言葉に、僕は硬直した。夏山ルリカの左手を握る右手が、まるで凍り付いてしまったかのように、僕の言う事を聞かない。</p>



<p>「わたし、あんたがわたしのことを好きなんだって、高を括ってた。でも」<br>「僕は――」<br>「わたしをそういう目で見られない」</p>



<p>　でしょ？　と、夏山ルリカは僕を見た。花火が夏山ルリカの目の表面で輝いた。</p>



<p>「わたしたち、もう一緒にいちゃいけないかな」<br>「そんなことは」<br>「タケコ先生が心からあんたのことを好きなのかどうかはわからない。でもそんなことどうでも良くって。あんたがどう思ってるかだけが、今のわたしには大切なことで。だから、教えて。あんたはどっちを選ぶ？」</p>



<p>　僕は――。</p>



<p>　頭の中が混乱している。意識がぐるぐると回っている。言葉が口の中に湧いてこない。</p>



<p>「僕は……」<br>「わかってる」</p>



<p>　夏山ルリカが僕の言葉を遮った。いや、遮られる以前に、僕はそれ以降の言葉が浮かんでいなかったのだけれど。</p>



<p>「でもね、覚えていて欲しい。わたし、あんたに<ruby data-rt="コク">告白<rp>（</rp><rt>コク</rt><rp>）</rp></ruby>られたかったんだよ」<br>「えっ……」<br>「えっ、じゃないでしょ。まったく、私の五年以上に渡るモーションは何だったのってハナシ。この鈍感男子」<br>「ご、ごめん」</p>



<p>　僕は思わず謝った。謝ったけど、僕は――。</p>



<p>「ねぇ、せっかくだから訊いちゃうけどさ、ショーガツ。あんたはわたしといて楽しかった？」<br>「え、そりゃ、そうだよ。じゃなかったら一緒にいないし……」</p>



<p>　ベッドだって貸さなかったし、そもそも一緒に帰ろうとなんてしないし。</p>



<p>「ならよかった」</p>



<p>　夏山ルリカは僕を見てニッと笑った。だけど、その目は少し潤んでいた。花火の照り返しがそれを鮮明に僕に見せつけてきた。</p>



<p>「わたしもね、タケコ先生といっしょ。あんたに一目惚れしたんだ。同じクラスで、隣の席になったその瞬間にね」<br>「なんで？　僕なんかに？」<br>「わかんない」</p>



<p>　夏山ルリカは首を振る。</p>



<p>「わかんないけど、きっとあんたがわたしの物語の主人公だったんだよ」<br>「しゅ、主人公？」<br>「そ。わたしより小さくて、運動も大してできなくて、成績もわたしより下。どっこにも長所なんて見当たらないけど、なんでだろうなぁ。とにかくわたし、あんたが気になって仕方なくなったんだ。それがもしかしたらC的存在とかのせいかもしれないけど、もしそうだとしたら、わたしはあの人たちに感謝しなきゃならないかもしれない。わたしはそういうのが作為的なものだったとしても、こういう作為なら<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">運</span><span class="boten">命</span></span>と呼ぶわ」<br>「なんかひどい言われようだった気がするけど……」</p>



<p>　僕はぶつぶつと言いながらはたと思い至った。</p>



<p>　気が付いたのだ。</p>



<p>「……僕は負けたくなかったんだ」<br>「え？」<br>「夏山ルリカ、君にね、負けたくなかったんだと思う。だから、君を好きになるとかならない以前に、僕は君を友人だと思い込もうとしたんだと思う」</p>



<p>　――ショーガツくんが二十歳になるまでにルリカちゃんと付き合えていなかったら、私と付き合ってくれる？<br>　<br>　タケコさんの声が記憶の中に蘇る。</p>



<p>　僕は――。</p>



<p>「タケコ先生は素敵な人だと思う。わたしじゃ勝てない。あんな強敵が出てくるなんて、正直わたしは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">運</span><span class="boten">命</span></span>を恨んだわ。このままずるずるいけばあんたとずっと一緒だと心のどこかで思っていたから。レベルも上げずに気付いたら魔王の前にいたみたいなね。そんなくらいどうしようもない気持ちに、胸の内側から掻き毟りたい気分になっていた。自分の迂闊さを本気で悔やんだ」</p>



<p>　夏山ルリカの目尻から涙がこぼれた。花火の音がその雫を揺らす。伝い落ちた水滴が僕らの暗い足元に波紋を拡げていく。</p>



<p>「今のあんたの回答は聞きたくない。本当は今すぐにも本心を聞き出したいけど、今のあんたなら、わたしを選ぶって言う。でもそれはあんたの本心なんかじゃない」<br>「それは――」<br>「だからいい。わたしの想いは伝えたよ、ショーガツ。次はあんたの番。無限の時間のあるこの空間で、あんたはいっぱい考える時間がある。わたしはあんたに無限に考えて欲しい。無限に悩んでほしい。そして」<br>「そんなに時間は要らないよ。でもね、今僕たちは、タケコさんを助け出さなくちゃ。そうしなくちゃ」<br>「……そうね」</p>



<p>　たとえ時間の概念がないとしても、僕たちの心臓は動いているし、僕たちの気持ちは<ruby data-rt="せ">急<rp>（</rp><rt>せ</rt><rp>）</rp></ruby>いていく。焦りが加速を始めている。</p>



<p>　花火が照らす空間を僕らはあてもなく歩いて行く。</p>



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		<title>LC-05-003:美味兎屋</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 10 Nov 2022 11:52:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　美味兎屋（みみとや）ってどういう意味なんだろう。 　男の後ろをついて玄関に入り、靴を脱がぬままに中に入っていく。そこは外観からは想像もつかない程に広く、長い廊下を歩く必要があった。内装はシンプルだったが [&#8230;]</p>
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<p>　<ruby data-rt="みみとや">美味兎屋<rp>（</rp><rt>みみとや</rt><rp>）</rp></ruby>ってどういう意味なんだろう。</p>



<p>　男の後ろをついて玄関に入り、靴を脱がぬままに中に入っていく。そこは外観からは想像もつかない程に広く、長い廊下を歩く必要があった。内装はシンプルだったが、金色の間接照明が絶妙にアンニュイな影を構築していて、僕はまるでオルゴールのカラクリの中に入り込んでしまったのではないかとさえ錯覚した。</p>



<p>　音が鳴っているのだ。</p>



<p>　どんな音かを意識することはできないが、常に何かの音が鳴っている。オルゴールのようであり、木琴のような音であり、同時にパイプオルガンのようでもあった。僕の意識が混乱しているだけなのかもしれないが。何せ、整合性が取れないのだ。この尋常じゃない長さの廊下は、まるで峠を貫くトンネルのようだったし、何もない通路の先に小さく見える部屋の入口は、何とも言えない淡い金色の禍々しさに満ちていた。</p>



<p>　<ruby data-rt="おぞけ">怖気<rp>（</rp><rt>おぞけ</rt><rp>）</rp></ruby>。</p>



<p>　この感覚をこそ、怖気というのだろうと僕は思う。途轍もない圧力と、途轍もない冷たさと、途轍もない不愉快さが、<ruby data-rt="な">綯<rp>（</rp><rt>な</rt><rp>）</rp></ruby>い<ruby data-rt="ま">交<rp>（</rp><rt>ま</rt><rp>）</rp></ruby>ぜになって僕の口と鼻と目と耳から流れ込んでくる。</p>



<p>　どんな理由があったとしても入ってはならない――タケコさんはそう言っていた。僕はもう手遅れなのか。もう逃げられないのか。いや、逃げてどうするというのだ。僕はそんな考えをぐるぐると循環させながらも、白衣の男の背を追っていく。</p>



<p>「入れ」</p>



<p>　漸く部屋に辿り着いて、男は僕を振り返る。僕の足はその十メートルも手前でピタリと止まってしまっていたからだ。</p>



<p>「戻っても良いが、失うものの方が多いだろう」<br>「失うもの……」<br>「お前の記憶は<ruby data-rt="つ">継<rp>（</rp><rt>つ</rt><rp>）</rp></ruby>ぎ<ruby data-rt="は">接<rp>（</rp><rt>は</rt><rp>）</rp></ruby>ぎだらけ。その上、余計なものが多数貼り付けられている」<br>「僕の記憶……」</p>



<p>　C的存在は記憶を喰らう。ACIDもまた、記憶を消す……。それはC的存在に餌を与えないためだ。</p>



<p>「僕の記憶は、あなたたちの攻防のためにおかしくなっていると？」<br>「そういうことだ」</p>



<p>　男の言葉に、僕は観念した。自分の記憶の正当性を自分一人では証明できないことに気が付いたからだ。僕の記憶が正しいんだと僕一人が喚いたところで、それはただの妄言に過ぎない。僕が仮に正しくても狂人になってしまうし、僕がすでに狂人なのだとしたら第三者にその裏付けを与えることになってしまう。だから僕は、もう観念したのだ。</p>



<p>「僕の、夏山ルリカとタケコさんとの記憶は奪わないで欲しい」<br>「ふん」</p>



<p>　僕の切実な訴えに、鼻笑いで応える白衣の男。男は部屋の奥の方にあるソファにどっかりと腰を下ろして、悠然と足を組んだ。その傲慢にも見える態度に、僕は学校の体育教師の姿を重ね見る。だが、彼はその体育教師よりもずっと厄介な手合いだと僕は思う。冷静すぎて掴み所がないからだ。</p>



<p>「そもそも――」</p>



<p>　男は肘掛けを指先で叩きながら言った。僕はその目の前三メートルの所でぼんやり立っている。</p>



<p>　僕らの周囲にはいろんなものが、それこそ無節操になんでもあった。水槽の中で跳ね回る赤い布や、古びたソファに横たわる頭の開いたマネキン、帽子をかぶった子どもの人形、電化製品の類やらタペストリーやらなにやらかにやら。とにかく世界のありとあらゆるカテゴリーのものを一通りそろえているのではないかというくらいに何でも揃っていた。探せば剣や鎧や宝箱にさえ遭遇できるだろう。無限の広さを持つ倉庫の真ん中に、白衣の男がふんぞり返っているというわけだ。</p>



<p>「記憶というのは何だと思う」<br>「記憶っていうのは、その人が見聞きしたり感じたりしたもの……」<br>「違うな」</p>



<p>　男は足を組み替えた。</p>



<p>「記憶というのは自分を同定するための要素であって、それ以上でもそれ以下でもない」<br>「……どういうこと？」<br>「自分が見聞きしたものなんて、実際の所、記憶になんて入ってはいない。そもそも、記憶というのは他人を利用した外部メモリに他ならない」<br>「てことは、他人なしに記憶は保存できないってこと？」<br>「そういうことだ」</p>



<p>　男は鷹揚に断定した。僕は些か納得しかねている。</p>



<p>「でもそんなことないでしょう？　他人の記憶で家に帰ったりしてるわけじゃないし、他人の記憶でテストの問題解いてるわけじゃない。僕の記憶は僕のものだ」<br>「そうだろうかね」</p>



<p>　男は眼鏡のレンズを光らせながら言った。</p>



<p>「他人というのは少し俺も限定し過ぎた。自分以外、という表現をするべきだった」<br>「同じでしょう？　自分以外は他人だ」<br>「人とは限らぬではないか」<br>「はい？」</p>



<p>　変な事を言う奴だな、僕は素直にそう思った。だが男は冷たい微笑を見せる。</p>



<p>「人だけが記憶を持つと思っている時点で、お前はその程度の人間だ」<br>「人以外が記憶なんて持つわけがないじゃないですか」<br>「人の作りしものは<ruby data-rt="しっかい">悉皆<rp>（</rp><rt>しっかい</rt><rp>）</rp></ruby>、記憶を<ruby data-rt="エクステンド">継承<rp>（</rp><rt>エクステンド</rt><rp>）</rp></ruby>する」<br>「……意味が分かんないです」<br>「人間が関与した段階で、つまり、人間と繋がりが出来た時点で、それはそれらの記憶を持つ」<br>「そんなこと証明できないじゃないですか」<br>「その証明が、お前が自分の記憶だと言っている記憶なのだよ」</p>



<p>　男はつまらなさそうな口調で言い切った。それに僕は少しだけ苛ついた。</p>



<p>「でもそれだと、仮に僕が記憶と思っているものが他人の、自分以外のモノの記憶であるということが正しいとして、そしたらどうして他人は僕に対する記憶を持てているんですか。他人は、他物は、特別だとでも言うんですか？」<br>「その記憶は自己という意識からは観測できない。ただ、自分の記憶を他人に投影し、他人の持つその記憶による反射を受け取っているに過ぎないからだ」<br>「じゃぁ、自分の記憶があるわけじゃないですか」<br>「自分の記憶などない」<br>「矛盾してますよ」</p>



<p>　僕は鼻白んでそう言い募る。だが、男は表情を変えない。</p>



<p>「自分で観測できる自分の記憶がない以上、それは存在していない。観測されなければ事物は存在し得ない――物理に於けるもっとも基本的なルールだ。もっとも、正確には、観測されぬうちはあらゆる可能性が重なりあっていて確定させることができないというべきだがね」<br>「シュレディンガーの猫とかいうやつ？」<br>「まぁ、そんなところだ」</p>



<p>　男は適当な口調で肯定した。</p>



<p>「でも、他人によって観測されるわけじゃないですか、その自分の記憶も」<br>「他人による観測は所詮は他人のものだし、その他人を観測した結果得られるものは、やはり他人の記憶でしかない」</p>



<p>　男の言い分を聞いていたら、なんだか目が回ってきた。僕の正気を保ってくれているのは、この忌々しい肩の痛みだけだ。多分一生疼き続けるんだろうな、この傷。僕は暗澹たる気持ちになる。</p>



<p>「たとえば」</p>



<p>　男は言う。</p>



<p>「この建物はいつからここにあった？」<br>「いつからって……」</p>



<p>　ずっとあったよな？　曲がり角の立方体の家。昔から変な建物だって思っていた。</p>



<p>「本当にそうか？」</p>



<p>　男は目を細める。まるで僕の頭の中が覗かれているような、そんな不快感。</p>



<p>「この建物は、美味兎屋は、いつでもどこにでも存在する。だが、違和感に気付いたのはお前が最初だ」<br>「違和感？」<br>「朱野武と出会って間もない頃。俺が試しに置いたこの建物に気付いたのはお前だけだった。他にも多々あるが、夏山ルリカの家を差し替えた時にもお前は気付いた」<br>「やっぱり……！　夏山ルリカに何をしたんだ！」<br>「その言い方は心外だな。俺はあいつを守っている」<br>「守っている？」<br>「ACIDからな」<br>「夏山ルリカも僕と同じように狙われて？」<br>「正確には朱野武の一派とみなされたと言うべきだが」</p>



<p>　男は淡々と言った。</p>



<p>「じゃぁ、タケコさんが僕らに近付いたのが悪いって言うの？」<br>「お前の論理は跳びすぎてて今一つよく分からないが、結果としてはそうだ」<br>「じゃぁ、タケコさんはどうして僕らに近付いてきたの」<br>「そうなるべく仕組んだからだ、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">俺</span><span class="boten">た</span><span class="boten">ち</span></span>が」<br>「俺<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">た</span><span class="boten">ち</span></span>？」</p>



<p>　僕は思わず腕を組みかけて、左肩の激痛に止められた。</p>



<p>「朱野武とお前を巡り合わせる必要があった、というのは些か運命論に過ぎる気はするが」<br>「タケコさんが何か特殊な背景を持ってるのは何となくわかる。でも、僕はただの高校生だし、別に何かあったわけでもないじゃない」<br>「確かにお前の過去にも現在にも未来にも、何かあるわけではない」</p>



<p>　何か酷い言われようをした気もするが、グッと堪えることにする。</p>



<p>「だが、お前は一つの鍵を持っている」<br>「鍵？」<br>「記憶だ」<br>「記憶？」</p>



<p>　言葉を覚えたインコのように繰り返す僕。</p>



<p>「お前の記憶は特殊なのだ、構造からして」<br>「ええ？　記憶力とか普通だし、天才でもないですよ、僕は」<br>「誰が天才だと言った。特殊だと言ったんだ」</p>



<p>　男は小馬鹿にしたように言った。僕はグッと息を飲み込む。</p>



<p>「もっともそれ自体珍しいことではない。だが、朱野武とシンクロし得るかという観点からでは、お前は多いに有望なケースだった。だから、お前たちが還屋未来と呼んでいる存在が、お前たちに干渉した」<br>「それ、僕はつまり、あなたたちC的存在とかいう奴に利用されたって？」<br>「とも言える」</p>



<p>　男は罪の意識の片鱗も見せずに肯定した。半ば絶句した僕を冷笑しつつ、「だがな」と男は続ける。</p>



<p>「お前は既にACIDに目を付けられていた。クラスの同級生が二人、その実験に使われただろう？」<br>「同級生？　二人も？」</p>



<p>　僕にはピンとこない。同級生に何かあればいくら何でも覚えているだろうと。</p>



<p>「川居合気と、直河卓琉――覚えはないか」<br>「かわいごうき……なおかわすぐる……？」</p>



<p>　何だろう、この頭の中を這い回る不愉快な感触は。僕の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>の中に二人の名前はない。だけど――。</p>



<p>「記憶とは自分以外に宿るもの。その保持者が消えれば記憶も消える。俺たちはACIDの不始末を処理している」<br>「よくわからない……」</p>



<p>　僕は、額のあたりに痛みを感じている。思わず眉間に力が入る。</p>



<p>「ACIDは記憶を消す。俺たちに糧を与えないためにな。だが、俺たちはその整合を取るために、その何倍もの記憶を奪う。結果、ACIDの行為は、俺たち……お前たちの言うところのC的存在の存在強度を加速度的に増していくことになる」<br>「それじゃ……ACIDはC的存在とグルってこと？」<br>「さぁな」</p>



<p>　男は首を振る。僕の傍らの水槽では、赤い布に包まれた何かがもぞもぞと蠢いている。時々妙な声を発しながら。</p>



<p>「奴らの思惑はともかく、俺たちはこの世界を構築する記憶のネットワークの整合性を取ることを優先事項としている。素人集団漸科研の実行部隊ACIDがめちゃくちゃにしてくれたこの<ruby data-rt="ノード">結節<rp>（</rp><rt>ノード</rt><rp>）</rp></ruby>のありさまをな」<br>「でも、それじゃ最初の説明と食い違う……」<br>「鶏と卵のようなものさ」</p>



<p>　男はまた足を組み替えた。</p>



<p>「確かに俺たちは人間の記憶を喰って存在を維持している。だがそれは従来は、多くの人間から少しずつ分けてもらっていた。だが、人間は俺たちに漸近し始めた。自ら寄ってきたのだ。政府直轄の機関・漸科研まで作ってな」<br>「何のために？」<br>「俺たちの持つ論理ネットワークを調べるためだ」<br>「論理ネットワーク？」</p>



<p>　訳の分からない単語がまた増えた。男は眼鏡の奥で目を細めつつ頷く。</p>



<p>「気付いているかもしれないが、俺たちは人間の手に負える存在ではない。奴らは、そこにも気付いた。つまり、俺たちの<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">力</span></span>に目を付けた。この専守防衛の国家は、なぜかその防衛力の維持すらままならない。数多くの妄想妄言妄執により、自国の防衛すら満足にできん。であるならば、より上位<ruby data-rt="レイヤ">層<rp>（</rp><rt>レイヤ</rt><rp>）</rp></ruby>の概念を導入しようと計画したわけだ。それが当時の官房長官、吹田信夫の<ruby data-rt="もくろみ">目論見<rp>（</rp><rt>もくろみ</rt><rp>）</rp></ruby>だ」<br>「それで人の記憶をどうにかしようって？」<br>「意外と<ruby data-rt="さと">聡<rp>（</rp><rt>さと</rt><rp>）</rp></ruby>いな、お前は」</p>



<p>　男は頬杖をついて言う。僕は相変わらずの直立不動だ。</p>



<p>「となると、ACIDって、そもそもが――」<br>「あれは、俺たちに<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span><span class="boten">を</span><span class="boten">喰</span><span class="boten">ら</span><span class="boten">う</span><span class="boten">必</span><span class="boten">然</span><span class="boten">性</span></span>を与えるための機関だという説明が最も正解に近い」<br>「話が全然違う……」</p>



<p>　しかし僕は、この男こそが真実を話しているのではないかという気になっている。何故なら、僕一人にそんな妄想を語るなんて、馬鹿馬鹿しい手間にしか思えなかったからだ。</p>



<p>「タケコさんはそれに気付いて？」<br>「そうだ。ACIDの活動を妨害することが、ひいては国家国民を守ることになる。朱野武の父は殺される前日に娘にそれを伝えた。朱野武はその時から<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">呪</span><span class="boten">わ</span><span class="boten">れ</span><span class="boten">た</span></span>のだ」<br>「呪われた……？」<br>「ACIDと俺たちC的存在の狭間で戦い続ける呪いに」<br>「あっ」</p>



<p>　そこで僕は不意に<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">思</span><span class="boten">い</span><span class="boten">出</span><span class="boten">す</span></span>。</p>



<p>「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">潜</span><span class="boten">伏</span><span class="boten">期</span><span class="boten">間</span></span>って、どういうこと？」</p>



<p>　僕は震える声で、そう尋ねた。</p>



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		<title>LC-05-002:可能な限り完璧なる立方体</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 09 Nov 2022 21:55:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　僕は走った。涙が出るほど肩が痛んだが、それでも。 　僕を追ってきたのは二人。どんな服装かまで見る余裕はなかったけど、とにかく黒い服を着ていた。その手には鉄パイプのような棒がある。銃でないのは幸いだったが [&#8230;]</p>
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<p>　僕は走った。涙が出るほど肩が痛んだが、それでも。</p>



<p>　僕を追ってきたのは二人。どんな服装かまで見る余裕はなかったけど、とにかく黒い服を着ていた。その手には鉄パイプのような棒がある。銃でないのは幸いだったが、持っていないとも限らない。</p>



<p>　タケコさんは心配だったが、彼女は剣豪だ。そんじょそこらの相手では負けない――僕は単にそう信じたかっただけかもしれないけれど。明らかに僕より強いとはいえ、女性を一人残してきてしまったうしろめたさと、何もできない自分の無力さと。ただ尻尾を巻いて逃げることしかできない情けなさと。スマホを持っていない僕は、通報すらできないのだ。助けの一人すら呼べないのだ。</p>



<p>　僕はそれらネガティヴな感情の<ruby data-rt="るつぼ">坩堝<rp>（</rp><rt>るつぼ</rt><rp>）</rp></ruby>の中に完全に飲み込まれていた。</p>



<p>　見知った通りがやけに長く感じられる。僕は走るのはそんなに早くない。追い付かれるのも時間の問題だ。一ヶ月近くも入院していたおかげで、身体が全く言う事を聞かず、足はもつれる以前の問題だ。自分のあまりの不甲斐なさに涙が出てきた。</p>



<p>「くそっ」</p>



<p>　僕は走る。歩くよりほんの少しだけ速く。太腿が、膝が、<ruby data-rt="ふくらはぎ">脹脛<rp>（</rp><rt>ふくらはぎ</rt><rp>）</rp></ruby>が、こんなに重たいものだなんて初めて知った。</p>



<p>　でも、次の角を曲がれば。あの消火栓の所まで辿り着けば。</p>



<p>　大声を出せば母さんに聞こえるかもしれない。でも、その次の角がやたらと遠い。後ろからは二人分の足音が近づいてきていた。</p>



<p>　次の角。あの立方体の家。そこを左に曲がれば僕の勝ちだ。</p>



<p>　僕は喘ぎながら懸命に走る。空はうっすらと曇っていたが、明るい星は何とか見えた。その星が何て名前かなんて、まるで知らないけど。</p>



<p>　あと五十メートル。すぐそばだ。</p>



<p>　その時、僕は気が付いた。あの角の立方体の家の前に、白衣の男が立っていることに。背の高いその男は街灯の下で、白衣のポケットに手を入れて、顔だけをこちらに向けて立っていた。眼鏡のレンズに街灯の光が当たっていた。表情は全くわからない。</p>



<p>　追跡者の足音が近づいてくる。追い付かれる。</p>



<p>　僕は身体を捻って後ろを向いた。</p>



<p>　案の定、十メートルと離れていないところに、黒い棒を持った男が二人。キャップを被っていて、顔がよく見えない。だが、日本人であるようだった。その耳には通信機のような物が着けられている。</p>



<p>「ど、どうして僕たちを」</p>



<p>　無駄と思いながら、かすれた声で訊いてみた。</p>



<p>「穏便に片付けようと思ったら」</p>



<p>　一人が言う。僕は緊張した。</p>



<p>「おとなしく俺たちについて来い。命は取らない」<br>「タケコさんは」<br>「タケコ？」</p>



<p>　もう一人が棒を構えながら問い返す。</p>



<p>「ああ、あの女か。あの女も殺すわけじゃない。ここは法治国家であるし、俺たちは政府関係者だ。ただ、あの女には色々と事情を聞かなければならない」</p>



<p>　僕は首を振る。</p>



<p>「だったらもっと穏便な方法があったはずだ。あれじゃただの襲撃だ。穏便に済ませられなかったということは、何か事情があるはずだ」<br>「そうだな」</p>



<p>　僕の背後には、いつの間にかあの白衣で眼鏡の男が立っていた。</p>



<p>「何者だ」</p>



<p>　一人が誰何する。白衣の男はまた一歩前に出て、僕の隣に並んだ。百八十センチはあるのではないかという長身で、百六十センチジャストな僕は相当無理して見上げなければならなかった。</p>



<p>　白衣の男は「俺がわからんとは」と不満げに言った。</p>



<p>「下っ端はこれだから困る」<br>「なんだと」</p>



<p>　男たちが気色ばむ。白衣の男は眼鏡の位置を直した。何故か僕もその動作につられる。</p>



<p>「帰って伝えるが良い。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">ミ</span><span class="boten">ミ</span><span class="boten">ト</span><span class="boten">ヤ</span></span>が干渉してきたと」<br>「み、みみとや……！？」</p>



<p>　男たちは目に見えて狼狽した。僕もその「ミミトヤ」なる響きに覚えがあった。</p>



<p>　――C的存在の総本山のことを示す名前らしいの。</p>



<p>　タケコさんはそんなことを言っていた。はずだ。いつどこで言われたのかはまるきり思い出せなかったけれど、確かに僕はタケコさんから聞いた。</p>



<p>「どうした、帰らないのか。それとも」</p>



<p>　眼鏡の男は淡々と言い、また一歩踏み出した。男二人はじりじりと後ろに下がりながら、耳に手を当てて何か呟いている。報告を上げようというのだろう。</p>



<p>「さて」</p>



<p>　男たちを無視して、眼鏡の男は僕を見下ろした。僕はその冷たい無表情を見上げて、そして未だ行動を決められない男たちを見た。</p>



<p>「このまま帰ってもお前の安全は保障されない」<br>「で、でしょうね」</p>



<p>　僕は緊張していた。この立方体の建物の主、会った記憶がない。建物はずっと以前からあったはずなのに、一度も見たことがないなんてあるのだろうか。僕は眼鏡の位置を直しながら、また眼鏡の男を見た。</p>



<p>「そうだ、タケコさんは」<br>「それよりお前だ」</p>



<p>　白衣を風にはためかせながら、男は悠々と立方体の建物に向かっていく。僕には選択肢なんてない。男についていくしかなかったのだ。</p>



<p>　――いい、ショーガツくん。もし万が一、立方体な建物が現れたとしても、絶対に入っちゃダメ。どんな理由があったとしても。</p>



<p>　タケコさんの声が記憶のどこかで再生される。</p>



<p>　だけど僕の背後には武器を持った男が二人。今はこの白衣の男に威圧されていて身動きが取れていないけど、すぐに仲間も来るだろう。そうしたら力づくで僕の家に押し入ったりすることなんて朝飯前だ。もし彼らがACID――政府機関に連なる者だとすれば、たぶん、警察ですらアテにはできないだろう。これから一生、怯えて暮らさなきゃならなくなるかもしれない。それだけはなんとしても御免だった。</p>



<p>　だとしたら、やっぱりこの男についていくしかない。</p>



<p>　僕は意を決して白衣の男を追いかけた。彼は玄関フードの扉を開けて僕を見ていた。僕と目が合うと、少しだけ口角を上げる。すごく荒んだ微笑だと、僕は思った。背筋が凍りそうな。</p>



<p>　玄関フードに近付くと、そこには黒い板が置いてあって、赤色で文字が書いてあった。</p>



<p>　「美味兎屋」――と。</p>



<p>「びみうさぎや？」<br>「ミミトヤだ。入れ」</p>



<p>　僕は導かれるままに、その立方体の建物の中に入ってしまっていた。</p>



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		<title>LC-05-001:待ち伏せ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 09 Nov 2022 10:15:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　六月に入った頃になってようやく、僕は退院した。六月四日――久しぶりの学校である。その間、タケコさんも夏山ルリカも、もちろん母さんも見舞いに来てくれた。僕の傷は思いのほか重傷だったようで、一歩間違えば死ん [&#8230;]</p>
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<p>　六月に入った頃になってようやく、僕は退院した。六月四日――久しぶりの学校である。その間、タケコさんも夏山ルリカも、もちろん母さんも見舞いに来てくれた。僕の傷は思いのほか重傷だったようで、一歩間違えば死んでいてもおかしくはなかったのだそうだ。しかし幸いにして左手は動かせるし、目下の所、痛みがある以外は生活に支障はなかった。</p>



<p>「まったく酷い目に遭ったよね、受験生なのに」</p>



<p>　僕のベッドに転がりながら、夏山ルリカが言った。その手にはスマホがあり、勉強している僕の傍らで漫画を読んでいる。スカートが一部めくれて、危うく下着が見えそうになっているのだが、僕はそれを平常心でやり過ごす。</p>



<p>　そんな僕と夏山ルリカの間には、タケコさんが立っている。タケコさんは相変わらずの豊満ボディで、その大きな胸は夏山ルリカの姿をすっぽりと覆い隠してしまうほどだ。</p>



<p>「スマホが<ruby data-rt="な">失<rp>（</rp><rt>な</rt><rp>）</rp></ruby>くなっちゃったおかげで、勉強は進んだけどね」</p>



<p>　傷が完全に治ったら新調しようということになっているが、ぶっちゃけると受験が終わるまでなくても良いかなぁなんて思っていたりもする。どうせ僕と連絡する必要があるのはタケコさんと夏山ルリカくらいなもので、クラスLINEとかそういう類のものも夏山ルリカ経由で知ればいいだけの話で。しかも、夏山ルリカとは毎日顔を合わせているし、塾すらやめた彼女は毎日うちに入り浸っているのだ。夏山ルリカとは一緒に勉強もするのだが、僕と過ごす時間の半分以上はこうして僕のベッドで漫画を読んでいる。それでどうして僕より成績が良いのか、それは激しく謎である。</p>



<p>「あ、七時ね。ちょうどいいわ」</p>



<p>　タケコさんは左手にしたごつい腕時計を確認しながら言った。毎回思うのだけど、どうしてこんなにごつくて目立つ腕時計をしているというのに、僕はいつも違和感を覚えないのだろう。今のタケコさんは薄いピンク色の起毛ニットと、スキニーな感じのやや桃色がかったベージュのパンツを身に着けている。とてもセクシーである。僕は十七歳童貞であるから以下略。</p>



<p>　それはそうと、入院してからこっち、僕とタケコさんの二人きりの時間というのは、夏山ルリカを家まで送った帰り道くらいしかなくなっていた。夏山ルリカの家まで送るのに、なんで僕まで一緒に行っているのかはよく分からない理由による。</p>



<p>「今日はお母さん遅くなるって連絡が来てるわ」</p>



<p>　タケコさんはスマホを確認しながら言った。おおかたLINEでも入っているのだろう。</p>



<p>「あ、大丈夫。カレー食べるつもりだったから」<br>「レトルト？」<br>「うん」</p>



<p>　レトルトと言って馬鹿にするなかれ。手軽に気軽に食べられるだけではなく、メーカーや商品によって味は千差万別だ。<ruby data-rt="うち">春賀家<rp>（</rp><rt>うち</rt><rp>）</rp></ruby>には僕の希望により、常に十種類以上のレトルトカレーが用意されている。僕は普段ほとんど母に注文をつけることはない。だから、このカレーというのはほんのささやかな贅沢なのだ。</p>



<p>　とかいうことを僕は力説し、女性人二人は「はいはい」と聞き流した。</p>



<p>「じゃ、とりあえずルリカちゃんを家に送りましょう」<br>「はーい、お願いしまーす」</p>



<p>　夏山ルリカは自分のカバンにスマホを押し込むと、さっさと帰り支度を始めた。僕は教科書を閉じて立ち上がる。まだ左肩はズキズキと痛みはしたが、出血もないし、動かすこと自体に問題はない。人間の回復力は素晴らしいが、早く治療用ナノマシンとか、そういうSF的なモノが現実世界に実装されてくれないかななんて切実に思う。</p>



<p>　ともかくも僕はカレーをおあずけにされた状態で、空腹を抱えつつタケコさんの真っ赤なWRXの助手席に収まったわけだ。</p>



<p>「ねぇ、ショーガツくん」</p>



<p>　ハンドルを操作しながら、タケコさんがやんわりとした声を掛けてきた。耳がとろけそうな甘い声だ。僕はシートベルトが肩の傷口に当たるのを気にしながら、「はい？」と答える。</p>



<p>「還屋未来のことは覚えている？」<br>「そりゃ覚えてるよ。同級生だもん」<br>「どんな子？」<br>「ええと、印象にはないなぁ」</p>



<p>　ほとんど学校に来ていなかったはず。席は僕の前だったはずで、おかげで見晴らしはいつだって快適だ。</p>



<p>「どうして還屋さんのことを？」<br>「いえ、いいのよ」</p>



<p>　タケコさんは溜息交じりに言った。その吐息はまるでタバコの煙でも吐き出しているのじゃないかってくらいに長くて、それが何故か無性に僕の不安を掻き立てた。</p>



<p>「ルリカちゃんも最近変な事はなかった？」<br>「ショーガツが襲われた以上に変な事はなかったわ」</p>



<p>　ですよね、と僕は心の中で同意する。これ以上おかしなことが起きるというのは御免だ。</p>



<p>「ねぇ、ショーガツくん。今見ているものや感じているもの。どこまでが自分の本物の感覚だと思う？」<br>「へ？」</p>



<p>　唐突に飛んできた哲学的な質問に、僕は思わず妙な声を出してしまう。</p>



<p>「私たちの感覚は、全て<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>に由来するの。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>を踏まえて、私たちはモノを見て、モノを判断して、行動を決める」<br>「うん」</p>



<p>　それはそうだろうなと僕は頷く。</p>



<p>「でも、その<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>が間違えていたら？　改竄されていたら？」<br>「どうしたの、タケコさん。そんな哲学者みたいな事言って」<br>「哲学か……」</p>



<p>　タケコさんはまた、ふぅ、と息を吐いた。</p>



<p>「そうか」</p>



<p>　タケコさんはアクセルを踏み込んだ。WRXが加速する。</p>



<p>「そういうことか」<br>「なにが？」</p>



<p>　タケコさんの思いつめたような横顔に、僕は不吉な予感を感じてしまう。</p>



<p>「宝生よ」<br>「宝生……？」</p>



<p>　僕の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>の中に、白髪で猫背の男が浮かび上がる。あの捕食者のような目が、僕を見つめている。でも僕はこの男を知らない。知らないはずなのに、その目は僕を見つめている。</p>



<p>「どうしたの、二人とも。なんかピリピリしてるけど……」</p>



<p>　夏山ルリカが後部座席から声を掛けてくる。僕は振り返れないが、タケコさんはルームミラーにちらりと視線を送っていた。</p>



<p>「ねぇ、二人とも。私たちが政府の陰謀に巻き込まれてるって言ったら、笑うかしら？」<br>「政府の陰謀？」</p>



<p>　僕と夏山ルリカの声がハモる。</p>



<p>「正確には、内閣府情報調査室。官房長官直下の組織よ」<br>「それなんてドラマ？」</p>



<p>　僕が冗談めかして言うと、しかし、タケコさんは真剣な視線で僕を見た。信号は赤だ。</p>



<p>「私の父さんは、その内調傘下の組織、漸近科学研究所に所属していた」<br>「漸近科学研究所……漸科研？」</p>



<p>　なぜだろう。その物々しい名前には聞き覚えがあった。</p>



<p>「でも、ある計画に反対して、漸科研に所属していた宝生という男に消されたわ。文字通りにね」</p>



<p>　それはあっさりと語られたが、酷く物騒な話だった。内閣官房長官が絡んだ組織に所属していた人が、その組織の手の者によって殺害された……。そんなの、映画やドラマでしか見たことがない。まして僕みたいな一介の高校生に、そんなものが絡んでくるだなんて、ご都合主義以外の何物でもないだろうに――僕は<ruby data-rt="ひとごと">他人事<rp>（</rp><rt>ひとごと</rt><rp>）</rp></ruby>のようにそう感じた。</p>



<p>「私の母さんは哲学科の教授。そうか、宝生……なんで今まで思い出せなかったんだろう。いや、違う。なんで今思い出したんだろう」<br>「何を言ってるの……？」</p>



<p>　僕と夏山ルリカの声がまた重なった。</p>



<p>「C的存在……と言われてピンとくる？」<br>「さぁ。ね、ショーガツ」<br>「還屋……」</p>



<p>　僕の頭の中に、還屋未来の姿が浮かび上がる。あんまり記憶にはないはずなのに、やけに鮮明に脳内映像化することができた。</p>



<p>「そう、還屋未来」</p>



<p>　タケコさんが頷く。車は最後の曲がり角に入った。</p>



<p>「どういうことなの？」</p>



<p>　夏山ルリカは不安げに尋ねてくる。その時、目的の家――夏山家――が見えてきたのだが、僕は「あれ？」と腕を組んで首を傾げた。傾げざるを得ない。</p>



<p>「夏山ルリカの家って、こんなに四角かったっけ？」<br>「何言ってんの。昔からこうじゃない」</p>



<p>　やけに几帳面な正方形の集まり――つまり<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">立</span><span class="boten">方</span><span class="boten">体</span></span>。それは周囲の家からは明らかに浮いているのだが、確かに昔からそうだったと言えばそうだったかもしれない。</p>



<p>「僕が入院中に建て替えたんじゃないかって思ったよ」<br>「わたしが生まれた時からずっとこうよ」</p>



<p>　夏山ルリカはそう笑いながら言ってWRXから降りると、小さく手を振って玄関フードの奥に消えていった。やけに暗いその入り口には黒い板のような物が置いてあった。何か文字が書かれているようだったが、読むことはできなかった。</p>



<p>「タケコさん、なんかすごい違和感あるんだけど」<br>「そう？」</p>



<p>　タケコさんは何事もなかったかのように車を発進させる。その横顔はまっすぐ前を向いていて、視線もほとんど動いていない。僕はまるでマシンと一緒にドライブしているかのような居心地の悪さを覚える。じわじわとした寒気を覚えている。</p>



<p>「タケコさん。還屋とC的存在。それにさっきのある計画って……ACID……」<br>「そう」</p>



<p>　相変わらず前を向いたまま、タケコさんは唇だけを動かした。曲がり角を出てすぐに赤信号に捕まる。タケコさんは苛々とした様子で、ハンドルを指で小突いていた。</p>



<p>「私たちの記憶は既に奴らに喰われている。私のこの腕時計、これだけが私を繋ぎ止めている」<br>「その時計、なんだっけ」<br>「BOWシステム。C的存在にマークされた人間と、ACIDによって記憶をいじくられた人間を見つける事ができるの」</p>



<p>　タケコさんはその時計に視線を落とす。僕もつられてそのごつい腕時計を見た。だが、見た目にはただの腕時計だ。装着しているタケコさんには、何らかの信号が伝わるような仕組みにでもなっているのだろう。</p>



<p>「とすると、僕たちは」<br>「C的存在にも、ACIDの連中にも、私たちはこれ以上ないってくらい注目されているみたいね」<br>「そうなんだ」<br>「というよりも、あなたのクラスの全員がそうよ。そしてその根源は、還屋未来」<br>「……正直、荒唐無稽を地で行くような話に、僕はついていけてないんだけど、なんかヤバイ状況というのはわかる。刺されたし」<br>「そう。でも、誰もその時の状況を正確には覚えていない。警察すら来なかった」<br>「そうなの？」<br>「病院に警察来た？」<br>「ううん」<br>「でしょう？」</p>



<p>　そういえばそうだと僕は思った。だが、それを一度たりとて不思議に思わなかったのも事実だ。そして犯人もわからない。誰も調べようとしない。</p>



<p>「誰一人調べようとなんてしていない。だって、そんな事実はなかったんだから」<br>「え、でも、それじゃ僕のこの怪我は」</p>



<p>　それだけは紛れもなく事実だ。試しに触ってみたらやっぱり痛いし。</p>



<p>「わからない」</p>



<p>　タケコさんは首を振った。</p>



<p>「私が犯人を撃退したことにはなっている。私の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>の中ではね。でも、もうルリカちゃんですらその事実を覚えてはいないわ」<br>「C的存在？」<br>「あるいは、ACID」</p>



<p>　タケコさんの敵意ある言葉が響く。</p>



<p>「ショーガツくん。車を降りて、家まで真っすぐ帰って」<br>「え？」<br>「ここからなら三分かからないわ」</p>



<p>　タケコさんは後部座席から黒い警棒のような物を取り出した。僕はヘッドライトに照らされた先に立つ人間たちに、その時ようやく気が付いた。</p>



<p>「ACIDの実行部隊よ」<br>「真っすぐ帰っても、追いかけてくるじゃない」<br>「彼らの狙いは私だから、あなたは逃げられるわ」<br>「冗談！　見捨てて逃げろって？」<br>「あなたじゃ戦力にならない。足手まといになる」</p>



<p>　タケコさんの鋭い口調に、僕は言葉を失ってしまう。確かにそうだ。戦ったこともない上に怪我もしている僕は、明らかに邪魔になる。</p>



<p>「このまま突破できないの？」<br>「無理よ。あいつらの後ろ見て」<br>「装甲車……？」</p>



<p>　なぜか街灯が切れているその先に、黒い大きなものがいて、こっちをじっと見つめていた。</p>



<p>「<ruby data-rt="キューロク">96<rp>（</rp><rt>キューロク</rt><rp>）</rp></ruby>式――いよいよ政府が動き始めたわね」<br>「タケコさん、なにものなの？」</p>



<p>　僕は思わず訊いた。タケコさんはその美しい顔に荒んだ微笑を浮かべる。</p>



<p>「CIROに叛逆する者よ」<br>「でもそれは」<br>「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">正</span><span class="boten">義</span></span>は立場によって変わる」</p>



<p>　片側二車線のメインストリートだというのに、車も人も何も通らない。まるで僕らのために道路を封鎖でもしているんじゃないかというくらい、そこは不気味に静かな空間だった。</p>



<p>「いい？　肩が痛もうが傷が開こうが、振り返らずに走って」<br>「……わかった」</p>



<p>　僕は頷いた。意を決して。</p>



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		<title>LC-04-003:消された記憶</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 22:13:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　何が起きたのかはわからない。 　だが、何かは起きたはずだ。 　僕は錯雑とした記憶の破片を拾い集めて、その夜に何が起きたのかを思い出そうとする。タケコさんとの面会の後から、突然記憶が途切れてしまっている。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<button class="simplefavorite-button has-count preset" data-postid="3575" data-siteid="1" data-groupid="1" data-favoritecount="0" style=""><i class="sf-icon-bookmark" style=""></i>ブックマーク<span class="simplefavorite-button-count" style="">0</span></button>
<p>　何が起きたのかはわからない。</p>



<p>　だが、何かは起きたはずだ。</p>



<p>　僕は錯雑とした記憶の破片を拾い集めて、その夜に何が起きたのかを思い出そうとする。タケコさんとの面会の後から、突然記憶が途切れてしまっている。まるで眠りこけて夢でも見たのではないかというくらいに、不可解で不愉快な記憶が胸の奥に残っている。僕はそこでまぎれもない恐怖を覚えていた。</p>



<p>　なのに、その恐怖の源泉が何であるのか、今の僕にはさっぱりわからないのだ。</p>



<p>　その原因はわかっている。</p>



<p>　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span><span class="boten">を</span><span class="boten">喰</span><span class="boten">わ</span><span class="boten">れ</span><span class="boten">た</span></span>のだ――還屋未来に。</p>



<p>　そうだ、還屋だ。</p>



<p>　僕は突然思い出す。還屋がタケコさんに連絡して、そのおかげで僕はチョッカに殺される寸前だったところを何とか助けられた。</p>



<p>　還屋はC的存在で、ACIDとは対立していて、だけどなぜか還屋はACIDのメンバーの記憶を喰らわない。還屋は何でも知っていて、だからACIDを喰らわない理由が明確ではない。</p>



<p>　……わかったようなわからないような。</p>



<p>　僕は誰もいない病室で独り考え込む。</p>



<p>　タケコさんと夏山ルリカ。二人のことはまだ覚えている。僕はその一点にのみ安堵した。他を考えると暗澹たる気持ちになるわけなんだけど。</p>



<p>「あ、起きてた」</p>



<p>　夏山ルリカが病室にヒョコっと顔を覗かせた。僕は少し慌ててサイドテーブル上に鎮座していた眼鏡を取って、あるべき場所にセットする。</p>



<p>「痛む？　あれから三日間も眠り続けたって聞いて」<br>「三日？」</p>



<p>　僕は首を傾げた。いや、タケコさんが来たのは昨夜だったはずだ。</p>



<p>「病院に運ばれてから一度も目を覚ましてないって聞いて」<br>「えっと……」</p>



<p>　さっそく僕は混乱する。どういうことなんだろう。昨夜の記憶は喰われたのではなくて、そもそも偽物なんだろうか。それともすり替えられたとでもいうのだろうか。いや、それ以前にただの夢だった？</p>



<p>　夢――。</p>



<p>　その説もあるか。</p>



<p>　僕は漠然と遠くなっていく記憶にそういう定義を当て<ruby data-rt="は">嵌<rp>（</rp><rt>は</rt><rp>）</rp></ruby>める。</p>



<p>　肩の傷がズキズキと痛む。そうだ、痛み。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">痛</span><span class="boten">み</span><span class="boten">は</span><span class="boten">あ</span><span class="boten">っ</span><span class="boten">た</span></span>。あったはずだ。夢だから痛みがないというのは些かナンセンスな思い込みであるように思えなくもない。何故なら、痛みというのは脳神経を駆け巡る電流がもたらす幻想のようなものだからだ。</p>



<p>「僕は……何か」<br>「どうしたの？」</p>



<p>　夏山ルリカはベッドサイドに丸椅子を持ってきて、そこに腰を下ろした。制服のスカートから覗く膝小僧が、何故かひどく眩しい。</p>



<p>「チョッカは？　どうなったの？」<br>「チョッカ？」</p>



<p>　はぁ？　と言わんばかりの顔で、夏山ルリカが僕を見る。</p>



<p>「チョッカにやられたんだろ、僕」<br>「何言ってるの？」</p>



<p>　夏山ルリカの眉がつり上がる。僕は背中に冷たい滴が加速しながら伝い落ちるのを、妙に生々しく感じていた。</p>



<p>「僕はいったい、どうしてこんなことに？」<br>「覚えてないの？」</p>



<p>　いや、覚えてないのは夏山ルリカ、お前の方だろ。僕はゴクリと喉を鳴らす。</p>



<p>「学校帰りにいきなり知らない人に刺されたじゃない」<br>「はぁ？」<br>「通り魔って奴ね。犯人は逃走中。私も顔は見れなかった」</p>



<p>　逃走中……それはそうだろう。だって、そんな犯人なんていなかったはずだからだ。チョッカの投げたナイフが僕に突き刺さった。これが事実なのだから。僕は震えそうになる下顎を叱咤しながら、尋ねた。</p>



<p>「チョッカのこと……忘れたの？」<br>「チョッカって誰？」</p>



<p>　夏山ルリカの顔に不安の色が浮かんだ。やめてくれ、夏山ルリカ。そんな目で僕を見ないでくれ。僕は夏山ルリカが僕のことをからかっているのだと思いたがっていた。だから、今からでもいい。「なーんちゃって」とか言って欲しいのだ。</p>



<p>　だが僕の願いも虚しく、夏山ルリカはまるで僕に同情でもしているかのように、目を細めて僕を見ていた。僕はたまらず目を逸らす。</p>



<p>「僕は……」<br>「混乱しているのよ。そうよ、私だって怖かったもの」<br>「混乱なんてしていない」</p>



<p>　僕は首を振った。だが、僕の声は夏山ルリカにまで届くことができない程、かすれ果ててしまっていた。</p>



<p>「夏山ルリカはどうやってその場を？」<br>「タケコ先生が助けてくれたのよ。タケコ先生、すごく強くて、あっという間にその犯人をやっつけちゃって」<br>「でも、逃げられたんだ」<br>「そ、そうね……」</p>



<p>　なぜかバツが悪そうに、夏山ルリカは頷いた。夏山ルリカの顔を上げさせるために、僕は「別に責めてるわけじゃないよ」とフォローしなければならなかった。</p>



<p>「夏山ルリカ、冷静に聞いてほしい」<br>「なに、突然改まって」<br>「うん、そう言う事情なんだ」</p>



<p>　僕は我ながらわけのわからないことを言い、そして夏山ルリカの左手を握った。手を握るくらいはすっかり慣れっこの夏山ルリカは、それでも僕から手を握ってきたことに驚いて目を丸くした。</p>



<p>「ど、ど、どうしたの、ショーガツ」<br>「君は還屋未来のことを知ってる？」<br>「そりゃ知ってるわ。クラスメイトだもの」<br>「どのくらい？」<br>「あんまり学校に来ないから、そんなにわからないわ」<br>「なるほど」</p>



<p>　となると、還屋がC的存在であるということも知らない――忘れたということだ。ということは、チョッカの事を覚えているのは、もはや世界で僕一人かもしれない。しかし、その僕の中からも、チョッカの姿が消えようとしている。思い出せないのだ、その顔も、声も。ただ、チョッカという名前の<ruby data-rt="はこ">匣<rp>（</rp><rt>はこ</rt><rp>）</rp></ruby>があるだけで、その中身が何であるのか、もはや観測すらできない。そもそもチョッカというのは名前だったのか。そもそもチョッカとは何の略称なのか。そもそもそれは人なのか。そもそもそれは名詞だったのか。チョッカとは。チョッカとは。チョッカとは？</p>



<p>　僕は首を振る。</p>



<p>　僕が呼吸をするたびに、僕の心臓が拍を打つたびに、チョッカという音がばらばらになっていく。ああ、これが記憶を喰われる感触か――僕は漠然とながらそう思う。和紙に水気の多い墨の雫が広がるように、ぼたりと黒い穴が開き、じわじわと広がっていく。その雫はひどく冷たく、容赦なく僕の胸の中に<ruby data-rt="あな">孔<rp>（</rp><rt>あな</rt><rp>）</rp></ruby>を穿つ。だが同時に確信もある。この孔はすぐに塞がるのだと。</p>



<p>　僕は叫び出したい衝動に駆られる。夏山ルリカの手を、肩を、背中を抱き締めて泣き叫びたい衝動に駆られる。だが僕にはそんな意気地も甲斐性もなくて。自由になる右手で、夏山ルリカの手を強く握りしめることしかできなかった。</p>



<p>「タケコさんは……どうしてる？」<br>「知らない」</p>



<p>　夏山ルリカは首を振った。</p>



<p>「あの後から姿を見てなくて。もしかしたらお見舞いに来てたかもしれないけど」</p>



<p>　そう聞いて、僕はひどい胸騒ぎを覚えた。タケコさんはもしかすると僕らのこの記憶の混濁に気付いていて、それで、C的存在か、あるいは、ACIDにコンタクトに行ったのかもしれないと。</p>



<p>　僕はここにきてようやく、自分のスマートフォンの存在に思い至る。</p>



<p>「僕のスマホ、どこだろ」<br>「荷物は全部一緒に運んできたんだけど」</p>



<p>　夏山ルリカはベッドの下から僕のカバン一式を引っ張り出す。</p>



<p>「中、探してみてくれる？」<br>「いいの？　見ちゃっても」<br>「困るモノないしね」</p>



<p>　僕はちょっとだけ笑い、そして左肩の激痛に悶絶する。</p>



<p>「じゃ、探すね。って、ほんと教科書とお弁当箱以外、なんにもないや。スマホスマホ……」</p>



<p>　夏山ルリカは暫くごそごそ漁っていたが、やがて諦めたように僕を見た。</p>



<p>「ないよ」<br>「ない……。制服のポケットかな？」<br>「ちょっと待ってね」</p>



<p>　夏山ルリカは自分のスマホを取り出して、何やら操作をした。そして難しい顔をして暫くスマホを眺めていたが、やがて首を振る。僕は溜息をついた。</p>



<p>「バイブの音も聞こえないね。電源落ちてるか、ここにないかだ」<br>「そうね」</p>



<p>　夏山ルリカは唸る。</p>



<p>「救急車で運ばれるとき、わたし、周りをチェックしたんだけどなぁ……」<br>「まぁ、しょうがないよ。母さんには伝えておかないと」<br>「あ、わたし今伝えとく。LINE知ってるから」<br>「……頼むわ」</p>



<p>　どこまで仲が良いんだ、うちの親と。僕は右手で頭を掻いた。</p>



<p>「ねぇ、ショーガツ」<br>「うん？」<br>「さっき言ってたチョッカって誰？」<br>「チョッカ？」</p>



<p>　そんなの言ったっけ？　ていうか、チョッカって人の名前か？</p>



<p>「僕、そんなこと言ってた？」<br>「何言ってるの。言ってたわよ。それとも刺した人、知り合いだったの？」</p>



<p>　わからない。</p>



<p>　そもそも僕を刺したのは誰だ？</p>



<p>　どんな状況でやられたんだ？</p>



<p>「僕は、見知らぬ人に刺されたんだよね」<br>「そうよ。小太りの眼鏡の人に」</p>



<p>　小太りの眼鏡……。</p>



<p>　なぜかどんな人物なのか想像がついた。だけど、僕の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span><span class="boten">に</span><span class="boten">は</span><span class="boten">な</span><span class="boten">い</span></span>。</p>



<p>　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>。また、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">記</span><span class="boten">憶</span></span>だ。</p>



<p>　そのキーワードに辿り着いて、僕はようやく悟る。</p>



<p>　C的存在――還屋未来。</p>



<p>　彼女が――。</p>



<p>「ショーガツ、ちょっとショーガツ」<br>「え、うん、ん？　どうしたの？」<br>「どーしたのじゃないわよ。いきなり黙り込んじゃって。聞いてた？」<br>「あ、ごめん。ちょっと記憶が混乱してて」</p>



<p>　僕は素直にそう言った。</p>



<p>　思えばこの時、僕らはもうすでに<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">手</span><span class="boten">遅</span><span class="boten">れ</span></span>だったんだ。</p>



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		<title>LC-04-002:未来を決める</title>
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		<dc:creator><![CDATA[KenIsshiki]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 11:26:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ロストサイクル・本文]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[本文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　彼らの狙いは――。 　その声は暫く止まった。嗤い声と共に。 「誰なの」 　僕は左手で握りっぱなしになっていたナースコールのボタンを押し込もうとした。しかし、指が動かない。まるで凍り付いてしまったかのよう [&#8230;]</p>
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<p>　彼らの狙いは――。</p>



<p>　その声は暫く止まった。嗤い声と共に。</p>



<p>「誰なの」</p>



<p>　僕は左手で握りっぱなしになっていたナースコールのボタンを押し込もうとした。しかし、指が動かない。まるで凍り付いてしまったかのように、ピリピリとした痛みと共に、僕は身動きができなくなっていた。少女の声はひとしきり嗤ってから、悠然たるトーンで言った。</p>



<p>「私たちは遥か<ruby data-rt="いにしえ">古<rp>（</rp><rt>いにしえ</rt><rp>）</rp></ruby>の時代から、この世界に在る。そんな私たちが今さらパラダイムシフトなんて望むかしら。そもそも、そんな野望を持つのだとしたら、人間なんていう後発の意識体に支配者の地位を明け渡すなんてことがあるかしら？」<br>「あなたは」</p>



<p>　タケコさんは僕の右手を強く握りしめる。その手がじっとりと汗ばんでいるのを感じた僕は、なんだか落ち着かない気持ちになる。</p>



<p>「あなたは、還屋未来ね」<br>「それは私の一つの名前に過ぎないけれど、あなたの知る固有名詞の一つとしては正解をあげるわ」</p>



<p>　その声は唐突に位置を変えた。扉とは反対側の、つまり、窓辺にあった。学校の制服を着た還屋は、窓に寄りかかるようにして立っていた。</p>



<p>「その子の着眼点は大したものだと思うわ」</p>



<p>　還屋は――その本質が何であるかはともかく――僕を見て嗤いかける。</p>



<p>「這い寄ってきているのは私たちではなく、人間の方なのかもしれない」<br>「漸近……」</p>



<p>　タケコさんがぼんやりと呟く。還屋は頷く。</p>



<p>「漸近科学研究所のそもそもの始まりは、私たちに対抗する術を研究するためではなくて、私たちそのものを研究する――つまり漸近するためのもの。その結果としてACID計画が生まれたり、宝生が登場したりとまぁ、いろいろあったのだけれど、結局彼らはある意味公式に、他人の記憶を消すという禁忌の研究への足掛かりを得た」<br>「つまり、漸近なんとかって研究所は、君たちC的存在を利用した？」</p>



<p>　僕は思わず前のめりになって尋ねた。傷口はそりゃもう激しく痛むが、今はそれどころではなかった。なんとかっていう脳内物質が僕を興奮させていたのかもしれない。</p>



<p>「そういうこと」</p>



<p>　還屋は「ふふ」と嗤いながら首肯する。</p>



<p>「朱野武、あなたの父は、それに気付いて、だからACID計画に執拗に反対した。その結果、消されたのだけれど、そのBOWシステムをあなたに託した」<br>「……あなたは何をどこまで知ってるの」<br>「私は何でも知っているわ。人間の知りうる事は全て。もっとも、それをどこまで開示するかは、私の匙加減で決まるのだけれど。そうね、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">情</span><span class="boten">報</span><span class="boten">に</span><span class="boten">よ</span><span class="boten">る</span><span class="boten">支</span><span class="boten">配</span><span class="boten">体</span><span class="boten">制</span><span class="boten">を</span><span class="boten">取</span><span class="boten">っ</span><span class="boten">て</span><span class="boten">い</span><span class="boten">る</span><span class="boten">の</span><span class="boten">は</span><span class="boten">私</span><span class="boten">だ</span></span>と言い切ってしまっても良いでしょうね」</p>



<p>　明快に言い切る還屋の黒い瞳が僕らをぎょろりと見た。</p>



<p>「ショーガツくんのクラスをターゲットしたのは、あなたなの？」<br>「そう。私。あなたを誘い出すために」<br>「私を……？」<br>「あなたは私たちとACIDの活動終息に伴って、活動をやめてしまった。再び動かすためには、このくらいの仕掛けが必要だと判断したのよ、私は」<br>「活動終息？」</p>



<p>　僕は思わず口を挟んだ。</p>



<p>「そう」</p>



<p>　還屋は小さく頷いた。</p>



<p>「私たちは、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">感</span><span class="boten">染</span><span class="boten">す</span><span class="boten">る</span></span>」</p>



<p>　その言葉の意味が、僕にはわからなかった。だが、それは極めて看過し得ない事態だということは分かった。というのは、タケコさんが唇を<ruby data-rt="わなな">戦慄<rp>（</rp><rt>わなな</rt><rp>）</rp></ruby>かせていたからだ。</p>



<p>「まさか、そんな。でもそれは記憶の消失伝播の話、よね？」<br>「いいえ」</p>



<p>　還屋は「それだけではないわ」と微笑する。　</p>



<p>「あなたの父が可能性を訴えていて、でも、CIROによって否定された一つの可能性。でもね、答えを言うと、私たちは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">感</span><span class="boten">染</span><span class="boten">す</span><span class="boten">る</span></span>のよ」<br>「でも、今までは――」<br>「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">潜</span><span class="boten">伏</span><span class="boten">期</span><span class="boten">間</span></span>」</p>



<p>　その四文字熟語が表す意味は、僕にもわかる。背中が薄ら寒くなり、僕はタケコさんの手を握る手に力を込めた。還屋は得体の知れない微笑を見せて、「種は撒いた」と言った。</p>



<p>「バイオハザードならぬ、メモリハザードはもう終焉の域にあるのよ」<br>「そんなはずない。あなたたちC的存在の及ぼせる影響は……」<br>「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">情</span><span class="boten">報</span><span class="boten">に</span><span class="boten">よ</span><span class="boten">る</span><span class="boten">支</span><span class="boten">配</span><span class="boten">体</span><span class="boten">制</span><span class="boten">を</span><span class="boten">取</span><span class="boten">っ</span><span class="boten">て</span><span class="boten">い</span><span class="boten">る</span><span class="boten">の</span><span class="boten">は</span><span class="boten">私</span><span class="boten">だ</span></span>――私はさっきそう言ったわ。あなたたちが掴んでいる情報のほとんど全ては、私による私のための情報リークの結果に過ぎない」</p>



<p>　タケコさん、どういうことなの？　――いまいちついていけていない僕は、そう説明を求める。タケコさんは擦れた声で「あのね」と応じてくれる。</p>



<p>「C的存在は、つまり、ミミトヤ以外にも……」<br>「ミミトヤ？　ああ、あいつね」</p>



<p>　還屋が頷く。</p>



<p>「最初はあいつ一人だったかもしれない。もっとも、私も最初からいるのだけれど。でも、人は次から次へとあいつに接触した。あいつもそれを拒まなかった。それが私たちの存在意義に繋がるものであったから」<br>「存在意義？」<br>「そう。その目的については開示する必要を感じないのだけれど、ともかく人間たちに接触するのが私たちの目的であり、手段なのよ」</p>



<p>　律義に答えてくれる還屋。僕は唾を飲む。</p>



<p>「それで、潜伏期間ってことは……」<br>「そう、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">感</span><span class="boten">染</span><span class="boten">者</span></span>は指数関数的に増えていく」</p>



<p>　そして――。</p>



<p>「そして、一気に発症する」<br>「そんな……」</p>



<p>　タケコさんは僕のベッドに手をついて、かろうじて身体を支えているという状態だ。僕はその手を握りなおす。タケコさんは首を振る。</p>



<p>「そうだとすると、今までの私の……父さんのしてきたことは」<br>「無駄だったと、言うわけよ」</p>



<p>　還屋は冷たい口調でそう言ってのけた。</p>



<p>「人間は勝手に私たちに近付いてきて、私たちに触れた。私たちは彼らに彼女らに応えてあげただけ。彼らの望むモノ、彼らが求めるモノを与え、解放しただけ」<br>「解放ですって？」<br>「そうよ、解放よ。彼らがあるべき形になるように、ほんの少しだけお手伝いしただけ。そもそも悪辣なのは、私たち？　それとも、漸科研のACIDの連中？」</p>



<p>　ほんの一呼吸の間に、還屋はそう問い詰めてきた。</p>



<p>「でも、還屋未来。ショーガツくんのクラスの子たちの全員が全員、そうであると望んでいたわけではないでしょう？」<br>「そうね。でも、そこには大義名分があったから」<br>「私を呼びつけるという？」<br>「そうよ」<br>「ふざけないで！」</p>



<p>　タケコさんは激昂する。その全身がぶるぶると震えているのが伝わってくる。</p>



<p>「あなたほどの力があるC的存在なら、そんな迂遠な事をしなくたって、私に接触することもできたでしょうに！　なぜ、ショーガツくんを狙うようなことをしたの」<br>「別に誰でも良かった。けど、あなただってそれによって得たものはあるでしょう？」<br>「ふざけないで！」</p>



<p>　タケコさんは大きく頭を振った。</p>



<p>「得たものがないとは言わない。私は確かにショーガツくんのことが好き。すごく好きよ。でも、それはほんの一目惚れの世界。ただの一目惚れに過ぎない。私は彼のことをそんなに大して知りもしない。ショーガツくんだって私の事はほとんど知らない」<br>「運命の出会い、という奴ではないのかしら？」<br>「仕組まれた運命の出会いなんて、広告代理店の仕込んだ流行くらいに興ざめよ」<br>「あらそう。なら、あなたと彼との記憶にはもう用はないわね」<br>「……っ！？」</p>



<p>　タケコさんと僕は同時に身を乗り出した。</p>



<p>「それはだめだ」</p>



<p>　僕は還屋に言う。傷は気絶しそうになるほど熱くて痛かったが、ナースコールをする所の騒ぎではない。</p>



<p>「僕とタケコさんの記憶は消させない。僕にとって――」<br>「夏山ルリカはどうなの？」</p>



<p>　僕の言葉に割り込む還屋。僕はハッキリと言い返す。</p>



<p>「夏山ルリカも、タケコさんも、僕には大切な人なのは間違いない。その記憶を消そうだなんて、そんなこと、絶対に許さない」<br>「許そうが許すまいが、それは私たちの手の内にあること。でも安心してちょうだい。仮にそうしたとしても、あなたたちにとっては、何もなかったことになるだけだから」</p>



<p>　僕は唇を噛んだ。肩の痛みを忘れるくらいに強く、噛んだ。</p>



<p>「僕の記憶は僕のものだ。お前たちの好きにはさせない」<br>「お前たちというのは、私たちC的存在のこと？　それとも、宝生やACIDを含む、記憶の盗人たちのこと？」<br>「全部だっ。僕たちの記憶を弄ぶ奴は全部敵だっ！」</p>



<p>　僕の訴えを訊いても、還屋は冷たい表情を変えない。</p>



<p>「たとえそうだとしても、朱野武、あなたは多くを守ることはできない」<br>「……そうね」</p>



<p>　タケコさんは唇を噛んでいた。僕も同じ表情をしていたと思う。</p>



<p>「夏山ルリカと、そこの彼。あなたはどちらを守るのかしら」<br>「そんなのっ……そんなの……」</p>



<p>　タケコさんは震える声で繰り返した。</p>



<p>「……邪魔が入りそうね」</p>



<p>　還屋は目を細めてドアの方を見た。複数名の足音が近づいてくる。タケコさんが険しい表情で呟いた。</p>



<p>「ACID……」<br>「そうね」<br>「あなたはどうするつもり。逃げられないわよ」<br>「あはははは」</p>



<p>　還屋はそれまでの雰囲気とは打って変わった声で笑った。</p>



<p>「私を誰だと思っているのかしら。人間如きで太刀打ちできるとでも？」<br>「ACIDは対C的存在に特化した集団よ。いくらあなたでも――」</p>



<p>　その時、ドアが乱暴に開けられた。たちまち入口から五人の男女がなだれ込んでくる。窓を破らない限り逃げられない。僕が窓を見た瞬間、僕はタケコさんにベッドに押し倒された。ガラスが派手に破られて、僕らの上にも雨となって降り注いだ。何枚かは表皮を突き破っていた。ただでさえ肩が痛むのに、この期に及んでさらなる流血を強いられた。</p>



<p>「タケコさん、大丈夫？」<br>「だいじょうぶ」</p>



<p>　タケコさんは言いながら、右肘近くに刺さっていた小さなガラス片を引き抜いた。出血こそ大したことはなかったが、痛みはかなりあったようだ。タケコさんは額に汗を浮かべながら唇を噛み締めた。</p>



<p>　室内には完全装備の男女が六人。窓からの侵入者が増えていた。彼らは驚くべきことに全員が銃を持っていて、その照準は一名を除いて、全員が還屋を狙っていた。その残り一名はタケコさんの背中に拳銃を突き付けている。僕は銃にはサッパリ詳しくないからよく分からないが、その一名以外は全員がサブマシンガンのような銃を構えていた。</p>



<p>「ショーを始めるつもり？」</p>



<p>　還屋は動揺の欠片すら見せずに尋ねた。</p>



<p>　僕は冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような――純然たる恐怖を覚えた。</p>



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