「え……?」
思わず聞き返す私。
「だから、お前は何の用でここにいるんだ?」
いったいぜんたい、この男は何を言っているんだろう?
意味もわからぬままに背筋が泡立った。
私のスカートの裾を何かが引っ張っている。ちょんちょん、ちょんちょん、と、まるで魚がエサに食いついた時のように、何かが私を引っ張っている。
「あの……」
私は自分がブリキの人形になったんじゃないかと思った。そのくらい、首が動かない。首からキキィと変な音が鳴っている気もした。
私のスカートの裾を、小さな指が捕まえていた。私の真後ろに、小さな子どもがいた。私の膝上くらいまでしか身長がない。子どもといっても、何だか小さすぎた。その手も小さい。顔は見えない。かわいらしい服に似つかわしくない、薄汚い野球帽を被っていたからだ。その頭は普通の大きさに見えた。身体が小さく、頭が大きい。二歳児の身体に大人の頭を乗せたようなアンバランスさだった。それだけでも怖気がする。
男は頬杖をつきながら私を見ているようだ。ようだ、というのは、私は半分後ろを向いた姿勢のまま動けないから、直接視界に捕えられないのだ。
「それはお前が怪我をさせたと思っている子だろうよ。なぜお前が自分で大丈夫か、と訊いてやらないんだ」
そ、そうだ。
私は苦労して膝を曲げた。足首がずきんと痛んだ。くらりと眩暈がした。視界のあちこちに銀色の雪が降って、好き勝手な方向へ舞っていく。
「だ、だいじょうぶ? 顔にあたったの?」
「だいじょうぶだよ」
その子は言った。いや、その声は、子どものものには聞こえなかった。男の声だ。聞いた事のある男の声だ。
「ぼくはだいじょうぶだよ」
その子……は、うつむいたままだ。私はその帽子を取ろうとした。顔に当たったのだとすれば、まずはコレをとる必要があった。
「だめだよ、ねぐせがまだなおってない」
思い出した。その声は、あの使えないあいつの声だ。何故? とは思わなかった。少なくとも声はあいつのものだ。それは間違いがない。喋り方もたぶん同じだ。もたもたとして腹の立つ話し方だ。
でも、あいつはこんなに自己主張をしたことなんてないはずだ――私は何故かムキになった。
「ぼ、帽子をとってよ。お顔、火傷したでしょ」
「ぼうしをとったら、ねぐせがなおらないんだ」
「寝癖なんていいから! 顔を見せて」
「いやだよ」
その子はカクカクと首を振った。
「ねぐせがなおらないと、ぼく、かいしゃにいけないんだ」
何なのこの子!
不気味さを通り越して腹が立ってきた。こんなに頑迷に抵抗できるということは、さっきの悲鳴は単に驚いただけということじゃないか。だったらもういい。私はただ出て行けばいいんだ。
――と、思ったのに、私は執拗に帽子を脱がそうとしていた。まるで、無意識にそうしているかのように、私はそうしていた。なぜかわからない。この子の顔を見なければならないというような強迫観念が働いていたのかもしれない。
「脱ぎなさいってば!」
私はついに帽子を捕まえた。それは妙に湿気ていて、気持ちの悪い重量感があった。
「まだ! ねぐせが! なおってない!」
「いいから!」
私は強引に、バリッと、帽子を脱がした。
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