小説

　俺は口の中がひりつくのを感じながら、メグ姐さんのキリッとした横顔を見る。メグ姐さんはてっきり怒っているものだと思ったが、その顔はまるで陶器のように冷たかった。表情も血の気もない。「課長……」「大丈夫だ、墨川」　メグ姐さんは右手で俺の左手の...

「不完全？」　俺たちは思わず首を傾げる。会長と社長は同時に頷いた。「あれはゴエティアと結びついて初めて効力を発揮する。今のままでは単に刻印を施していくだけの能力しか持たない」「刻印？」「墨川」　俺の二の腕あたりをつついて、メグ姐さんが声を掛...

　最上階は会長専用フロアで、俺たちはそれ以外の階の訪問を許されなかった。ボタンが反応しなかったのだ。　部屋の前に立つと、前触れもなく電子ロックが外れ、ドアがスライドして開いた。その奥に広がっていた広大な部屋は、文字通りにがらんとしていた。向...

　俺たちは再びゴエティアの部屋に戻り、中央の巨大なディスプレイの前に立った。それとほぼ同時に、そこに霞の姿が浮かび上がる。『鍵は見つけられたのかしら？』「いいや、残念ながらまだだ」　俺は首を振る。メグ姐さんは俺の左手を握り締めていた。「とこ...

　頼むと言われたのは嬉しいのだが……。しかし勝つ算段は未だに生まれてきていない。そもそも人間二人で考えたところで、あの高速演算装置を有したゴエティアに|敵《かな》うはずもない。「だがな、奴は何かキーワードを求めているんだと思う」「キーワード...

　どうしたらこの状況を打破できるというのか。俺とメグ姐さんはその部屋から出て廊下で考え込んだ。廊下と言っても奴の、ゴエティアの監視下であることは疑いようもない。完全に情報を秘匿することなど不可能だという事は分かっていた。「ここからは出られそ...

　その瞬間、その大きなディスプレイの中に一人の女性の姿が現れた。それは俺の良く知る——。「嘘だろ」　思わず声が掠れる。そこにいたのは俺の彼女、|桐上《きりかみ》|霞《かすみ》だったからだ。『ようこそ、次なる世界の入口へ』「なぜその姿なんだ、...

　知恵比べ？　押せないエレベータのボタンを連打しながら、俺は頭の中で今までのやり取りをぐるぐると|反芻《はんすう》する。「おい、墨川、いつまでエレベータにこだわっている。ついでに言えば階段もダメだった。トイレが使えるのはまだ良心的だな。うん...

　翌日、牧内社長が直々に、俺たちを「開発部」へと案内した。そこは会社の地下深くにあり、異様なほど広大な場所だった。だが、そこに人間はいない。ただ無数のディスプレイが並んで、一瞬も止まることなく何かを映し出しては消していた。「開発部というのは...

　俺の言葉に、メグ姐さんはフッと息を吐く。「実体がある？　本当に？　見たの？」「いえ、見てないですけど。でも」　俺は手を休めずに言い募った。「プログラムってのはソースの集まりです。ソースのないプログラムは存在しない」「ソースってのはエディタ...