寝癖ナオシ帽子 第陸話

美味兎屋・本文

承前

 その声が、「おかお」という文字がキンキンと響き、私の脳の中で音の形象崩壊を起こす。

「こ、この子は、な、な、なな、何なの!」
「この子? ああ、そこにいるヤツのことか」

 男は私の腕を掴んでいる小さなものを指差した。が、少しその指先がずれている。

「ねえ、おかお、おかお!」
「因果律というヤツじゃないか」
「おかお、おかお、おかお!」
「よくわからんが」
「おかお! おかお! おかお!」
「自責の念とか罪滅ぼしとかいう皮を被ったエゴイズム――言い換えればお前そのものじゃないのか?」
「ねぇ、おかおをちょうだい!」

 ばりっ。

「あなたのおかおをちょうだい!」

 めりめりっ。

 顔が熱い。皮も肉も筋肉も根こそぎ剥がされる。

 激痛に私は泣き叫んだ。それすら表情筋がちぎれ飛んだせいで不可能になっていく。口も開けられない。目蓋はもぎ取られたから目を閉じることもできない。顔から流れた血が全身を几帳面に覆っていく。床もどろりと濡れ果てる。

 私にはそんな私が見えていた。なぜか、私のそばに私が立っていた。

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