匣カラ出タ星 第壱話

美味兎屋・本文

 私は本気で弱っていた。私の右手を小さな手で握り締めて、泣きながら歩いている娘を見て、私もまた泣きたい気分だった。娘は小さなはこを手に持っていた。

「なあ、もう泣きやもうよ」

 私が言っても、聞く様子は無い。確かに、聞ける気分じゃないだろう。母親が死んで以来、この子はよくできた子だった。弟の世話は幼いなりによくするし、小学校直前にしては大人だった。そうならなきゃならなかったのは、父親たる私の不甲斐なさでもある。

「だって、ランドセル、もっとはやく、きめてれば」

 泣きじゃくる娘。母親がいた頃から一緒に生きてきた文鳥が、さっき死んだのだ。息子を義母に預け、二人でランドセルを買って帰った時には、眠るようにして死んでいた。二ヶ月程前から元気が無く、心配していた。獣医は「高齢だからだ」と言っていたし、実際そうだったのだろう。だから、ランドセルの調達がこんなに遅くなってしまったのだ。この子なりに、文鳥の最期を悟って、その瞬間に一緒にいてやりたかったんだろうと思う。

 だけど。

 よりによって何で今日、このタイミングで死ぬのかと、私は密かに文鳥を恨んだ。

「おとうさん、この子はおほしさまになるの? おつきさまになるの?」
「ううん……」

 我ながら頼りない父親だ。ドラマの父親役のような気の利いた台詞は思いつくが、口には出せない。ばかばかしい、実にばかげた理性の仕業だ。

「くるしかったかな」

 大きくしゃくりあげる娘。

「おかあさんみたいに、くるしかったかな」

 母親――つまり私の妻――は交通事故にあって、ひどい有様だった。病院に着いた時はまだ息があったが、それだけだった。全身を包帯に覆われ、人工呼吸器を付けられた姿は、当時まだ三歳だったこの子にも相当な衝撃だったようだ。私も義母も呆然としてしまっていて、そのあたりの配慮が出来なかった。その時の事を思い出すと、今でも自分の不甲斐なさに涙が出てくる。

 その記憶を思い出してしまった結果……私は娘の問いには答えられなかった。

 薄暗くなってきた道を、娘と私と小さな|匣(はこ)が歩く。「夜になれば星が出て、月も出て、お空に帰りやすくなる」だろうと、娘が言ったからだ。だから近所の公園まで一緒に行こうと言ってきたのだ。

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