匣カラ出タ星 第参話

美味兎屋・本文

承前

 中は思った以上に広かったが、雑然ともしていた。所狭しと様々なジャンルの物体が並んでいる。アンティーク、電気製品(電卓から洗濯機まで!)、文房具に絆創膏、妙にリアルな人形から某社のマスコットたちまで。しかし、どれにも言える事だが、可愛いとか綺麗とか、そういう印象は微塵もない。どこかセピアがかったような、いや、というよりむしろ埃っぽいような。まるで廃墟となった美術館にでも迷い込んだかのようだった。一言でいえば、気味が悪い。

 娘はと言えば、文鳥の亡骸なきがらの入ったはこを大事に抱えたまま、興味津々で品々を見ていた。この空間を不気味とも感じてしまうのは、大人の汚れた視界のせいなのかもしれない。娘を見ていてそう思った。

 白衣の男は、部屋の奥にあるソファにどっかりと腰をおろし、これ見よがしに長い足を組んでいた。男は退屈そうに私たちを眺めており、なんとなく居心地が悪い。

「ここは……いったいどういう店なんだ」
「ミミトヤだ」
「ん?」

 意味がわからない、と言おうとして気がついた。入り口にあった看板にあったのは『美味兎屋』という文字だ。

「そう、それでミミトヤだ」
「はぁ……」

 あ、いや、そうじゃない。それをきたかったわけじゃなくて。

「そうだな、そう。ここは何でも屋、雑貨屋だ。……商売するつもりなんてないがな」

 それでどうやって生活してるんだろう。

 現実的な疑問が湧いてくる。

「おじさん、どうぶつはいないの?」
「ペットショップじゃないからな」

 男は答え、娘の手のはこに視線をやった。

「それは、お前のか?」
「……きょうね、おそらにかえるの」

 娘ははこを大事そうに抱えなおし、私を見上げた。私は頷く。

 ところが、男はこんなことを口走った。

 よかった?

 その言葉に、私は微かに怒りを覚えた。娘はあれだけ泣いたのだ。あんなに悲しんだのに、それをだって?

 しかし、「うん」と娘は頷いていた。私は驚いて視線を二人の間で行き来させた。

「小鳥だろう」
「うん」

 娘は早足で男に近付いた。そして、大事そうにそっとはこの蓋を開けた。ティシュペーパーの布団の上に、桜文鳥が眠っていた。はことティシュの隙間に、娘が書いた絵手紙が挟まっている。男はそのはこと中のものを一頻ひとしきり眺めてから、満足げに頷いた。

「この子は、やっと飛ぶための羽を手に入れた、ということだ」
「うん……でも、おじさん」

 二人のやり取りを聞いている私は棒立ちだ。

「この子は、かなしくなかったのかな」

 そう言う娘は、また哀しくなったのか、前触れもなくぽろぽろと泣き出した。白衣の男は動揺を微塵も見せずに、はこを手に持ったまま、ソファに座りなおした。

「お前はこの子にどう生きていて欲しかったんだ」
「あのね」

 娘は両手で一生懸命に自分の顔をこすっていた。

「げんきに、たのしく」

 それは私が娘にいつも言っている言葉だ。男は頷いた。

「そうか」

 男は匣の蓋を閉めて、娘に返した。

「それなら、この子はそう思っていただろう」
「しあわせだった?」
「しあわせだったらいいな、とお前が思っていたなら」
「おもってたよ」
「なら、そうだったんだろう」

 娘は時々しゃくりあげながら、何度も頷いた。私は棒立ちのまま、戻ってきた娘の手を握った。私はこの場を早く去りたかったのかもしれない。

「そろそろ、行こうか」
「うん」

 娘は頷いて、はこを大事そうに持ち直した。

 私と娘は玄関へ向かい、ドアを開けた。しんと静まり返った見慣れた町が私たちを出迎える。

「自由に飛べたとしても」

 背中から声がかけられる。

「必ずしも飛び去ってしまうわけではない。覚えておけ」

 私は振り返らず、娘は振り返って手を振って、この立方体はこを後にした。

 この現実感のない体験は何だったのだろう。

 いったい、あの男は何だったのだろう。

 ゾッとするものを感じた私は、思わず隣を歩いていた娘の手を握りなおした。

 娘ははこを大事そうに抱えて、ニコニコと私を見上げていた。

匣カラ出タ星・完

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