中は思った以上に広かったが、雑然ともしていた。所狭しと様々なジャンルの物体が並んでいる。アンティーク、電気製品(電卓から洗濯機まで!)、文房具に絆創膏、妙にリアルな人形から某社のマスコットたちまで。しかし、どれにも言える事だが、可愛いとか綺麗とか、そういう印象は微塵もない。どこかセピアがかったような、いや、というよりむしろ埃っぽいような。まるで廃墟となった美術館にでも迷い込んだかのようだった。一言でいえば、気味が悪い。
娘はと言えば、文鳥の亡骸の入った匣を大事に抱えたまま、興味津々で品々を見ていた。この空間を不気味とも感じてしまうのは、大人の汚れた視界のせいなのかもしれない。娘を見ていてそう思った。
白衣の男は、部屋の奥にあるソファにどっかりと腰をおろし、これ見よがしに長い足を組んでいた。男は退屈そうに私たちを眺めており、なんとなく居心地が悪い。
「ここは……いったいどういう店なんだ」
「ミミトヤだ」
「ん?」
意味がわからない、と言おうとして気がついた。入り口にあった看板にあったのは『美味兎屋』という文字だ。
「そう、それでミミトヤだ」
「はぁ……」
あ、いや、そうじゃない。それを訊きたかったわけじゃなくて。
「そうだな、そう。ここは何でも屋、雑貨屋だ。……商売するつもりなんてないがな」
それでどうやって生活してるんだろう。
現実的な疑問が湧いてくる。
「おじさん、どうぶつはいないの?」
「ペットショップじゃないからな」
男は答え、娘の手の匣に視線をやった。
「それは、お前の動物か?」
「……きょうね、おそらにかえるの」
娘は匣を大事そうに抱えなおし、私を見上げた。私は頷く。
ところが、男はこんなことを口走った。
「それはよかった」
よかった?
その言葉に、私は微かに怒りを覚えた。娘はあれだけ泣いたのだ。あんなに悲しんだのに、それをよかっただって?
しかし、「うん」と娘は頷いていた。私は驚いて視線を二人の間で行き来させた。
「小鳥だろう」
「うん」
娘は早足で男に近付いた。そして、大事そうにそっと匣の蓋を開けた。ティシュペーパーの布団の上に、桜文鳥が眠っていた。匣とティシュの隙間に、娘が書いた絵手紙が挟まっている。男はその匣と中のものを一頻り眺めてから、満足げに頷いた。
「この子は、やっと飛ぶための羽を手に入れた、ということだ」
「うん……でも、おじさん」
二人のやり取りを聞いている私は棒立ちだ。
「この子は、かなしくなかったのかな」
そう言う娘は、また哀しくなったのか、前触れもなくぽろぽろと泣き出した。白衣の男は動揺を微塵も見せずに、匣を手に持ったまま、ソファに座りなおした。
「お前はこの子にどう生きていて欲しかったんだ」
「あのね」
娘は両手で一生懸命に自分の顔をこすっていた。
「げんきに、たのしく」
それは私が娘にいつも言っている言葉だ。男は頷いた。
「そうか」
男は匣の蓋を閉めて、娘に返した。
「それなら、この子はそう思っていただろう」
「しあわせだった?」
「しあわせだったらいいな、とお前が思っていたなら」
「おもってたよ」
「なら、そうだったんだろう」
娘は時々しゃくりあげながら、何度も頷いた。私は棒立ちのまま、戻ってきた娘の手を握った。私はこの場を早く去りたかったのかもしれない。
「そろそろ、行こうか」
「うん」
娘は頷いて、匣を大事そうに持ち直した。
私と娘は玄関へ向かい、ドアを開けた。しんと静まり返った見慣れた町が私たちを出迎える。
「自由に飛べたとしても」
背中から声がかけられる。
「必ずしも飛び去ってしまうわけではない。覚えておけ」
私は振り返らず、娘は振り返って手を振って、この立方体を後にした。
この現実感のない体験は何だったのだろう。
いったい、あの男は何だったのだろう。
ゾッとするものを感じた私は、思わず隣を歩いていた娘の手を握りなおした。
娘は匣を大事そうに抱えて、ニコニコと私を見上げていた。
匣カラ出タ星・完
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