濡レ雑巾ノマス秤 第弐話

美味兎屋・本文

承前

 男は私を誘い入れようとしたが、こんな時間に見知らぬ男の家にホイホイと入ってしまえるほど、私は判断力の低い人間ではない。

「いや、こんな夜中に」
「夜中だから何かあるのか?」

 まさかの問いかけだ。私は答えに窮する。男は私の方へ一歩近付きつつ、淡々と言い募る。

「お前は夜中にここにいた。そして人の家を覗いていた。俺はここでお前を見つけた。そしてこれらは全て夜中に起きたことだ」

 変な男だ――今の時点の率直な感想だ。

 私は結局、男の迫力に押されるように、その立方体の中に入った。恫喝されたわけでもないというのに、なぜか入ってしまっていた。

 その立方体の中は、外観で受けた印象よりも随分と広かった。思ったより奥行きがあったのかもしれない。しかし、置いてあるものはまさに混沌カオスだった。全く脈絡のない品々が、一切の脈絡もなく配置されている。一見するとアンティークショップのように見えたが、二秒もしないうちにコンビニのようにも見えてくる。かと思えば子ども用品売り場のようだし、掃除道具置き場であるようにも思えてくる。

なんだ……?」

 当然のように私は問うた。男は間髪を入れずに応える。

哲学者ソフィストだな」

 一番奥のソファにどっかりと腰を下ろした男は、脚を組み、頬杖をつきながら私を見上げていた。私が座れそうな椅子はなかったし、男にもそんな気遣いはなさそうだった。これではまるで何かの裁判のようだ。

哲学者ソフィスト とか……意味が分からない。そもそもだ、ここは何の店なんだ」

 私の問いに、男は小さく首を傾げる。その芝居がかった動作に、私はイラついた。だが、私には、この感情を表には出せなかった。

 立ち尽くす私に、男はおちょくるような口調で言った。

「店? 店か。――店かもしれんな」
「だから何の」
哲学者ソフィスト だな」

 ますますイライラする。この男は何をしたいのだ。何を言いたいのだ。私にはさっぱり理解できない。

 私は目についた品を指さした。

「例えばそこの不気味な顔無しのマネキンとか、あそこのモゾモゾしてる布きれとか」
「ああ、あれか」

 男は眼鏡の位置を直した。

「あれはお前たちだ」

 男は全く平坦なトーンでそう言ってのけた。

次話

コメント

タイトルとURLをコピーしました