男は私を誘い入れようとしたが、こんな時間に見知らぬ男の家にホイホイと入ってしまえるほど、私は判断力の低い人間ではない。
「いや、こんな夜中に」
「夜中だから何かあるのか?」
まさかの問いかけだ。私は答えに窮する。男は私の方へ一歩近付きつつ、淡々と言い募る。
「お前は夜中にここにいた。そして人の家を覗いていた。俺はここでお前を見つけた。そしてこれらは全て夜中に起きたことだ」
変な男だ――今の時点の率直な感想だ。
私は結局、男の迫力に押されるように、その立方体の中に入った。恫喝されたわけでもないというのに、なぜか入ってしまっていた。
その立方体の中は、外観で受けた印象よりも随分と広かった。思ったより奥行きがあったのかもしれない。しかし、置いてあるものはまさに混沌だった。全く脈絡のない品々が、一切の脈絡もなく配置されている。一見するとアンティークショップのように見えたが、二秒もしないうちにコンビニのようにも見えてくる。かと思えば子ども用品売り場のようだし、掃除道具置き場であるようにも思えてくる。
「ここは何なんだ……?」
当然のように私は問うた。男は間髪を入れずに応える。
「哲学者だな」
一番奥のソファにどっかりと腰を下ろした男は、脚を組み、頬杖をつきながら私を見上げていた。私が座れそうな椅子はなかったし、男にもそんな気遣いはなさそうだった。これではまるで何かの裁判のようだ。
「哲学者 とか……意味が分からない。そもそもだ、ここは何の店なんだ」
私の問いに、男は小さく首を傾げる。その芝居がかった動作に、私はイラついた。だが、私には、この感情を表には出せなかった。
立ち尽くす私に、男はおちょくるような口調で言った。
「店? 店か。――店かもしれんな」
「だから何の」
「哲学者 だな」
ますますイライラする。この男は何をしたいのだ。何を言いたいのだ。私にはさっぱり理解できない。
私は目についた品を指さした。
「例えばそこの不気味な顔無しのマネキンとか、あそこのモゾモゾしてる布きれとか」
「ああ、あれか」
男は眼鏡の位置を直した。
「あれはお前たち人間の一部だ」
男は全く平坦なトーンでそう言ってのけた。
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