WA-07-08:圧倒的劣勢

大魔導と闇の子・本文

 ハインツが指を鳴らすと同時に、トバースたちは強い脱力感に襲われる。

「魔力が、吸われてる……!?」

 霧に。つまり、カヤリに。トバースたちの放つ魔法や障壁に使う魔力が吸収されていく。

「黙っていても吸われ尽くす。攻撃しても吸収される。どうすりゃいい」

 トバースは歯噛みしたが、セウェイは落ち着いた様子で愛用の大振りのナイフを取り出した。

「魔法が駄目なら剣を使えばいいじゃない」
「しかし、僕たちは」
「下手でもなんでも、何もしないよりはマシじゃない?」

 セウェイの何気ない言葉に、トバースは覚悟を決める。右手に光る剣を発生させ、構える。ヴィーもまた、その両手に炎の刃を生じさせる。今の彼らの剣は物理剣だ。二人がそれぞれに作り出した魔力を帯びた武器である。

 それと同時に、空気が揺れる。小さな魔法陣が無数に生まれ、そこから何十体ものカラスのようなものが出現した。それらは出現と同時に光弾を生じさせ、トバースたちを狙い撃つ。

「ええい!」

 トバースは鮮やかな剣さばきでそれらをなしていく。

「あら、やるじゃない」

 セウェイはしつこく追いかけてくる光弾を巧みに回避しながら口笛を吹く。床や壁に無数のあなが生じたが、セウェイはほぼ無傷だった。

 ヴィーもまた炎の剣を操り、防戦一方ながらも無傷を維持していた。

「逃げてばかりでどうにかなるかな?」

 ハインツが霧の中心に近付いていく。霧がハインツに群がり、やがて完全に飲み込んだ。

「ハインツ!」
 
 トバースとセウェイが同時にカラスのようなものをまとめて叩き落とし、ハインツが消えた所へと向かっていく。だが、その前に巨大なカマキリ顔の悪魔が立ちはだかる。

「悪魔相手に生身とはね」
「障壁展開の余裕もないわよ」

 そう言い合う二人だったが、そこには悲壮な空気はない。勝算はないが絶望する余裕もない――そんな雰囲気だった。

「あんたたち、死ぬ気かい!」

 後ろでヴィーが叫んだ。ほとばしる火炎が、カラスの残存戦力を一網打尽にしていく。

「ヴィー、君はしおらしく諦めるような性格なの?」

 トバースの挑発に、ヴィーは唇を噛んで、床を蹴った。

「あたしは決めたんだ!」

 トバースを突き飛ばすようにして前に出て、悪魔と正対する。悪魔が口を開くと、その奥には青い炎が燃えていた。

「あたしに炎とか、馬鹿にしてんのかいッ!」

 ヴィーの二本の剣が悪魔に打ち下ろされる。悪魔は両手でそれを難なく受け止めた。そして間髪入れずにその口から灼熱の炎を噴き出した。ヴィーの全身がたちまち炎に包まれる。

「あたしは、炎に愛されてる!」

 超高熱に包まれながら、ヴィーは絶叫した。ヴィーを包む炎の色が、青から白へと変ずる。トバースとセウェイは爆炎の衝撃波を受けて床を転がった。

「あちちっ、障壁なかったら今頃ローストエルフよ」
「肺が焼けそうだ」

 二人は炎の中に薄っすらと見える人影を睨む。

「あたしが、炎で、死ぬものか!」

 ヴィーの身体が金色に燃え上がった。髪も瞳も金色に光り輝いている。その姿には神の眷属の如き神々しさと威圧感があった。

 炎の流れが反転する。白炎が悪魔の巨体を包み込む。

 悪魔が両手を突き出してあえぐ。燃えながらヴィーに突進する。

 ヴィーは両手の剣を全力で打ち下ろし、そこに衝撃系の陣魔法ヅォーネを重ねた。

 悪魔はそれでも耐えた。たたらを踏みこそしたが、致命傷には遠い。むしろヴィーが行使した魔法によって、霧の濃さが増していた。

「それでも何でも、とにかくこいつをぶっ倒さないと!」

 トバースが紫氷陣エルヴェル・ヅォーネを行使した。

 魔力の半分近くが霧に――ハインツによって吸収されてしまったが、それでも大きなダメージを与えることには成功した。悪魔の全身に亀裂クレバスが走る。

闇瀑槍アンテラグノ!」

 空中に大きな印を描いたセウェイが闇属性の魔法を行使した。描かれた魔法陣から螺旋状の槍が出現する。ヴィーはそこにすかさず炎の魔力を乗せ、トバースがコントロールを引き受けた。無言のチームプレイがそこに生じた。

「あたれぇぇぇぇぇっ!」

 トバースは燃える闇の槍を悪魔の顔面めがけて突進させる。先の紫氷陣エルヴェル・ヅォーネで少なくないダメージを受けていた悪魔には、それをなす力は残っていなかった。

 頭部を粉砕され、全身を焼き尽くされ、カマキリ顔の悪魔はこの世界での存在を維持できなくなって消滅した。本来の住処である別の次元へと逃げ帰ったのだ。

 だが――。

「魔力が尽きた」

 トバースはここにきて絶望的な表情を見せた。

 トバースも、ヴィーも、セウェイも、ハインツに魔力を吸い取られ続けていた身体。三人の魔力はもはや底をついていた。回復の兆しもないどころか、これ以上座れてしまったら、研究員たちと同じ末路を辿たどりかねなかった。

「善戦は素直に認めよう。だが、ここまでのようだな。そこでおとなしくこのの力を見ていれば良い」

 ハインツは霧の中からカヤリを浮かび上がらせる。

「ヴィー……」

 カヤリが譫言うわごとのように名を呼んだ。ヴィーは力の入らない身体を叱咤して手を伸ばす。だが、数メートルの距離は絶望的に遠かった。

「くそぅ、ここまでだっていうのか!」

 トバースの物理剣からも魔力は失われていた。ヴィーも同様だった。セウェイももはや魔法障壁を生み出すことが出来ないレベルだった。

「カヤリ、力を行使せよ」

 ハインツがおごそかに命じると同時に、闇の霧がカヤリの中に吸収され始める。霧は渦を巻き、空間を汚していく。カヤリは目を見開き、声にならない悲鳴を上げる。

「カヤリィっ!」

 ヴィーが叫ぶ。だが、何も出来ない。セウェイが投じたナイフも、蒸発してしまう。

 打つ手なし、だって?

 トバースは唇を噛み、氷のようなハインツの顔を睨む。

 その時だった。

 ハインツの顔が歪み、闇の霧の中に血飛沫しぶきが散った。ハインツの右腕が肩付近から消え失せていた。

「待たせたな」

 現れたのは、グラヴァードだった。

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