BD-01-02:先行投資は熊鍋と焼麺で

赤の魔神と錬金術師・本文

 シャリーの目のうるみが限界に達しようとしたまさにその時。「おじさーん」と若い男の二人連れが御者に声をかけた。

「これ、王都まで行く?」

 大きなカバンを背負い、革の鎧を着けた黒髪の青年が、軽い口調で尋ねる。若者らしく少し崩した口調ではあったが、その基本となるのは洗練されたディンケル語だとシャリーは見抜く。チャラチャラした見た目にそぐわず、ある程度以上の教養があるということがわかった。

「おう、お客さんがいないから一晩休もうかと思っていたが、乗るってんなら出すよ」
「おー、ちょうどいいや」

 黒髪の青年は、連れの茶髪の青年を振り返る。茶髪の青年は、自分の身長ほどもある樫の杖を持っていた。裾の長いローブを纏っていることと言い、正しい魔法使いの出で立ちである。

「そうですね」

 魔法使いの青年は頷く。

「料金は乗合組合の基本料金で良いでしょうか」
「ああ、問題なし。二人分だな」
「そちらの方は?」

 魔法使いの青年はシャリーを見て少し顔をひきつらせる。想像を絶する痩せ具合の少女が、目にいっぱいの涙をためている。何の怪談かと思わせられる風体だったからだ。

 御者の男は先程のシャリーとのやり取りを、うんざりとした口調でかいつまんで説明する。

「ふわぁ」

 黒髪の青年はあくびをしつつ伸びをする。

「野垂れ死なれちゃ夢見が悪ぃぜぇ?」
「そ、そうですねぇ」

 魔法使いの青年は、財布にしている革袋を覗き込みつつ、しばし思案する。

「シャリーさんでしたっけ」
「ふぁい」

 シャリーは妙な声で応答する。

「史上最年少のの錬金術師の噂は聞いたことがあります。それがあなたのことだとは、にわかには信じられませんけど……。真偽はともかく、運賃を返すアテはあります?」
「えっ、は、はい! だいじょうぶです! 王都の錬金術師ギルドに頼み込んでみます!」
「ま、まぁ、うーん……。そうですか、うーん」

 シャリーの顔をしばし見て、それから黒髪の青年の方を伺った。

「ケイン、いいですか?」 
「考えるのは俺の仕事じゃないなぁ、アディス」

 ケインと呼ばれた黒髪の青年は、つかつかとシャリーの前まで歩いてきて、身をかがめた。それでようやくシャリーと視線の高さが合う。

「あくまでもだからな。俺たちは『何でも屋』で、借金取り立てなんかもよくある依頼何だ。よろしく頼むよ」
「あ、はい。えっと、あの」

 そこでシャリーのお腹が大きな音を立てた。それは広場中に響いたのではないかというくらいに盛大な音だった。

「す、すみませんっ」
「まー、ずいぶん痩せてるって思ったら、まさか飯食ってねぇのかよ」
「もう一週間固形物食べてませぇん」
「一週間だって!?」

 ケインはあからさまに引いた。魔法使いの青年――アディスは「やっぱり」と額に手を当てている。

「よ、よしわかった、シャリーだっけ? この俺様がおごってやる。アディスは腹減ってないだろうから、差し引きゼロでちょうどいい」
「ちょっと待ってくださいケイン。僕だってお昼ごはん食べますよ」
「アディスのせいで一人分食費がかさむな」
「な!? それおかしいでしょ」

 抗議するアディスに背を向けて、ケインはシャリーの肩を叩く。

「さ、何食おうかな。肉か?」
「肉!」

 シャリーの目が輝く。

「お肉大好きです」
「おおよしよし、どうせアディスの財布だ。たらふく食え」
「ちょっと、ケイン! 僕たちの経済事情はそんなに」
「ばっかお前、こいつが本物の三級錬金術師だったら、この初期投資はあっちゅーまに回収できるだろうが」

 ケインは腕を組んで勝ち誇ったように言った。

「だろ、シャリー」
「もちろんでふ」

 シャリーは早くも肉を想像して表情が緩んでいた。

「……だいじょうぶかな、これ」
「だ、だいじょうぶです! 私、正真正銘の三級錬金術師ですもん」
「ほんとうかなぁ」

 ケインの半眼を受け、シャリーは頬を膨らませる。その後ろではアディスが肩をすくめている。

「野郎二人旅よりはマシだと思いますけどね」

 アディスは広場に集まり始めた騎士たちを見ながら言った。彼らは乗合馬車の護衛だ。道中は何かと危険があるため、五人から十人程の護衛が付くのがつねだ。それゆえに乗合馬車の運賃は、決して安くはないのだ。

「お、シャリー、あそこの屋台にしようぜ」
「わぁ、焼麺に猪串だ!」
「熊鍋もあるな」

 ケインとシャリーが連れ立って屋台に向かう中、アディスはがっかりするほど軽い財布代わりの革袋の重さを確かめる。

「投資回収までに財政破綻しなきゃいいけど」
「どうしたアディス、暗い顔して」
「暗くもなりますよ、もう」

 アディスは首を振る。そして屋台の主人に焼麺を注文する――一番安かったからだ。その一方で、ケインとシャリーは熊鍋を頼んでいた――こちらは一番高い料理だった。

「あ、おっちゃん、こいつに焼麺もつけてよ」
「あいよ」
「ケイン……このペースだと王都に帰る前に僕らが飢えちゃいますよ」
「干し肉なら死ぬほどあるだろ」

 ケインはおろしたカバンをパンパンと叩く。

「だいたいにおいて物事はなんとかなるって」
「その楽観的な性格、少しわけてほしい」

 アディスは焼麺を口に運ぶ。

「俺はアディスの几帳面さは要らないからな」
「知ってます」

 アディスは黙々と熊鍋を頬張るシャリーを見て、苦笑する。

「一週間も絶食してたのに、よくこんな重たいものを食べれますね」
「胃腸は丈夫なんれふ、わらひ」

 シャリーは熊の肉を食いちぎりながら笑顔を見せる。ミイラのような少女の微笑みには、それなり以上の破壊力があった。

「とりあえずまともな肉付きに戻すところから、ですね」
「んだな」

 頷いてケインは熊鍋のスープを飲み干した。シャリーもそれにならい、スープを飲み干すとケインとアディスを見て宣言した。

「ニ級に合格した暁には、再生の霊薬をプレゼントします!」
「そりゃいいな! 高く売れそうだ!」
「う、売るんですか!? 売っちゃうんですか!? 再生の霊薬ですよ!?」
「貴重品っつったって、俺たちには需要ねぇし、手足が吹っ飛ぶような現場はないからなぁ」

 ケインはアディスを見って頷いた。

「だったら需要のあるところに売っぱらったほうが世のため人のため、俺たちの懐のためってことよ」
「ですねぇ」
「そうですかぁ」

 シャリーは少しだけがっかりした。

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