BD-01-03:シャリーはひたすら干し肉を食べ続ける

赤の魔神と錬金術師・本文

 乗合馬車の荷台に乗り込んだのは、結局はシャリーたち三人だけだった。乗り心地の良い乗り物とは言えたものではなかったが、それでも幌に守られた荷台は、直射日光も風も雨も防ぐことができる。その上自分の足で歩く必要もなければ護衛もついている。安全性と利便性を考えれば、乗り心地の悪さなど問題ではない――多くの人はそう考えている。ケインたちも同様だった。

「まぁ、背に腹はなんだけどさ、高ぇよなぁ、運賃」

 ケインがぼやくと、アディスが溜息をついた。

「こっちもいつも利益カツカツですからね。今回のこの一人分の割増は大きいですよ」
「んなこと言われたってさぁ。アディス、あんたはこのガリ子さんを見捨てて行けたのかぁ?」
「ガリ子……」

 シャリーは干し肉を齧りながら、ジト目でケインを見た。ケインはその視線には全く気が付かない。

「それにこのガリ子、なんだろー?」
「ガリ子じゃなくて、シャリーですぅっ!」

 シャリーは干し肉をもぐもぐしながら抗議する。

「ああ、悪い悪い、シャリーか。シャリーね。で、おまえさ、本当になん? って言えば三級、かなりのレア物って聞いてるけど」
「本当にですよぅ。三年前になりましたよ」
「ほんっとかなぁ?」

 あからさまな疑いの目を向けるケインに、シャリーは頬を膨らませる。しかし、その口は草を食むウサギのようにモゴモゴと動き続けている。

「錬金術師ギルドに行けばちゃんと証明できるんですぅ!」
「あー? ん、まぁいいや。めんどくさ」
「えー!?」

 不満げなシャリーの声に被せるように、アディスが苦笑して言う。

「僕としては興味がありますけど。三級錬金術師なんて、確か世界で百人くらいだったはず」
「そうですそうです。それに二級は十名しか登録されていませんし、一級にいたってはギルド創設以来一人も出ていません」
「なんじゃそりゃ。一人もいないとか意味がわかんねーな。ニ級が一級でいいんじゃね?」

 ケインは水筒の水をちびちびと飲みながら言う。

「ていうかさ、錬金術師自体は全部でどのくらいいるんだ? 確か六級まであったよな?」
「よくご存知ですねぇ」

 シャリーはケインの意外な博識ぶりに驚いた。

「ええっと、登録錬金術師は全部で五千名程度です。そのほとんどが六級のですね。五級のと四級のをあわせて千人いたかな、くらいです」
「へぇ。で、ガリ子はその上のってわけだ」
「そうですよぉ!」

 シャリーはえへんと胸を張る。そしてはたと気付く。

「あ、ガリ子じゃないです。シャリーですよぉ」
「あー、うん」

 ケインは気のない返事をしつつ、幌の外を見た。もう夕刻も近いだろうに、空は未だ驚くほどに青かった。幌の中は蒸し暑かったが、旅慣れた三人は特に不満を口にすることもない。

「なぁ、ガリ子」
「シャリーです。シャリー」
「錬金術にないの? パーッと涼しくなるような技みたいなの」
「仮死状態にする霊薬なら作れます」

 シャリーは必死の形相で干し肉を噛みちぎっている。

「飲みまふか?」
「いらね」

 そっけなく答え、今度はアディスに「魔法でなんとかならねぇの?」と尋ねる。

「凍傷になる魔法なら使えますけど」
「あーあ、どうしてお前らみたいな能力者ってのは、こうも極端なのかねぇ」

 ケインはガタガタ揺れる荷台に毛布を敷いてごろりと横になる。

「しっかしなぁ、宅配屋も楽じゃねぇなぁ」
「宅配屋じゃありません、です」
「依頼のほとんどが宅配じゃん」
「う、浮気調査や届け出代行の仕事だってあるじゃないですか!」

 ムキになって反論するアディスと、「ああ、つまんね」を繰り返すケイン。

「そもそも俺がさ、何でも屋を始めたのは、もっとこう、冒険的なモノを期待してたからなんだよなぁ」
「冒険的なモノ、ですかぁ?」
「おうよ」

 ケインはのそりと起き上がる。

「吟遊詩人どもの歌にもよく出てくるけどよ、みてぇな冒険と活躍をしたいわけよ、俺様は」
「それってたとえば、悪い妖魔やを退治するとか、です?」
「たとえば悪いゴブリンを退治するってのは外せねぇよな。現実問題、悪いゴブリンなんてめったにいないみたいだけどさ。でもよ、他にも傭兵とか警備とか色々あるじゃん?」

 ケインは傍らの長剣の鞘をポンと叩きながら言った。シャリーは合点する。

「ああ、剣を使いたいんですね」
「そういうこと。何のために毎日訓練してるんだかって感じだし」

 シャリーの言葉に答えつつ、ケインは唇を尖らせた。シャリーはまだ干し肉をかじっている。

「でもぉ、剣を使う仕事は危ないじゃないですかぁ」
「危ないとか危なくないとかじゃなくてよ、ロマン。ロマンだよ。俺には魔法の能力は一切ねぇし、そうなると必然頼るものは剣しかねぇしな」
「騎士団に入るとか、そういうのは?」

 シャリーは至極もっともなことを尋ねる。ケインの年齢なら騎士団に入るのも難しくはないはずだ。

「この国の騎士団はゴメンだわ。メレニの肉壁にされるだけじゃん、有事の時にはさ」
「メレニ太陽王国のですか?」
「んだ」

 ケインはまたごろりと横になる。アディスが代わりに言葉を補った。

「ディンケルはメレニの属国ですからね、事実上」
「属国、ですか」
「はい。武力のみならず、移民政策による侵略も進んでますしね。先々代の女王陛下の頃からですから、もう七十年近くその状態ですよ」
「さっきの街なんてその典型だぜ」

 ケインがつまらなさそうに言い放った。

「メレニとの国境線が事実上ディンケルに食い込んでるんだ。それに対してディンケル国内からは何の抗議もできやしねぇ」

 シャリーは相変わらず干し肉をかじりながら、考え込む。

「よっぽど腹減ってたんだな、シャリー」
「なにしろ断食らんじき一週間いっしゅーはんれすからぁ」

 もごもごとシャリーは口を動かし続ける。ケインはその食べっぷりに関心し、もう一つ干し肉を手渡してやる。シャリーはふぁうふぁうと奇声を上げながら、それを両手で受け取った。

「一週間も自作の霊薬だけで生きられるってのもすげぇ話だよな。やっぱりお前、すごいヤツなんだな」
「えっへっへ」

 シャリーは干し肉に齧りついた姿勢のまま笑う。それはなかなかに迫力のある絵面だった。

「それはそうと、ケイン」

 アディスが手で顔をあおぎながら、「そういえばですね」と言った。

「魔石採掘の噂は仕事中にもちらほら耳に入ってきてましたよ」

 その言葉を聞いた瞬間、シャリーの青緑の瞳が鋭く輝いた。

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