アディスの言葉に、ケインは「ん?」と首を傾げる。
「魔石って、なんだ? 金になるのか?」
「ええ、そりゃぁ」
アディスは渋々といった様子で頷いた。
「金にはなります。いえ、なる可能性はあります。でも、そのぶん命の危険は大きいんですよ。普通は傭兵、あるいは正規軍を投入します」
「正規軍って……そんなに危険な代物なのか」
「魔石というのはですね――」
「魔神ってわかります?」
説明しようとしていたアディスの言葉に、シャリーが問いかけをかぶせた。アディスは頷いたが、ケインは「なんとなくしかわかんねぇな」と答えた。シャリーはようやく干し肉から口を離し、「よしきた」と目を輝かせて話し始めた。
「魔神というのは、異形の中でもとりわけ強い力を持っていたものたちの総称です。紫龍の眷属であったという説もありますね」
「セレスって、あの、この世界のもとになったっていう?」
「そうそう、それです」
シャリーは頷く。
「よく知ってますねぇ」
「アディスが毎日のようにお経のごとく唱えていたからな。習わぬ経を読むってやつさ」
「お経じゃなくて!」
アディスが目を三角にして大きな声を出した。
「あなたにも教養を持ってもらいたいから、私は自分の勉強時間を費やしてまであなたに――」
「あーはいはい、すまんすまん」
「まったく、あなたという人は!」
アディスは腕を組んでふてくされた。シャリーはまた干し肉を齧り取って幾らか咀嚼してからごくんと飲み込んだ。
「ともかく――。龍の英雄たちによって紫龍は倒された。そしてこの世界の大陸として封印された。そのときに、倒された魔神たちも一緒くたにして封印されたんですよ、この世界に。魔神ウルテラなんかは一番有名ですよね」
「ウルテラの話はさすがに俺でもよく知ってる」
ケインは「んー」と唸る。
「でもさ、封印されてるんだろ? 何か危険なのか?」
そのもっともな問いにシャリーは「危険ですよ」と応じる。
「力ある魔神は、封印されていてもなお、この世界に影響力を持っていることがあるんです。人間の精神に作用して操ったり、異形を召喚することすらあるとか」
「半分起きてるってぇ感じ?」
「半分起きてる……そうですねぇ」
シャリーは水を一口飲んで頷いた。
「でも、その魔神の結晶から採れる魔石は、魔法使いや錬金術師なら、誰でも喉から手が出るほど欲しいものなんです。お守り、魔力貯蔵庫、霊薬作りと、用途も様々ですから」
「お前も欲しいの?」
「……ええ」
その率直な問いかけに、シャリーは躊躇いがちに頷いた。
「でも、買うのは現実的に不可能なんです。そもそもお金ないし……」
「北方三十年戦争の引き金になったのは、魔神ハルザードの魔石だった、なんて噂もありますもんね」
アディスは言う。この「北方三十年戦争」というのは、二百年前に勃発した大戦役のことだ。アイレス魔導皇国とジェンサ北方帝国の間で行われた血みどろの大戦である。
「へぇ、そんな戦争まで」
ケインはいまいち実感が持ててない様子で相槌を打つ。そして、ポンと手を叩いた。
「でも、その魔石をひょいと手に入れたら億万長者ってこと?」
「換金前に命を狙われると思いますよ」
アディスがもっともらしい顔でそう言うと、ケインは「ならいらねぇわ」とゴロリと横になってしまった。シャリーは幾分慌てた様子で、そんなケインの背中をつついた。
「で、でも、あの、この国で魔神が発見されたっていう噂があって、その」
シャリーは数秒間躊躇を見せたが、意を決したように頷いた。
「私、それを目当てにこの国に来たんです」
「はぁ!?」
ケインとアディスの声が重なった。
「いやいやちょっと待てよ、お前。危険なことはわかってたんだろ? なんでまた、そんな危険な魔石を求めて一人旅なんてしてやがんだよ」
「それは、あのーぅ」
シャリーは干し肉を握り締めたまま黙り込み、やがてぽそりと言った。
「お金がないからです」
「はぁ」
ケインは溜息をついた。
「金がねぇのはまぁしょうがねぇけど。でも、一人でどうするつもりだったんだよ」
「それはそのぅ、まずは噂の真偽を確かめてからかなって」
「魔石採掘の?」
「私も多分、アディスさんの聞いた噂と同じのを聞いて、この国に来たんですよぉ。魔神サブラスらしいものが見つかったって」
「サブラス?」
アディスが首を傾げる。
「その魔神の名前が僕の記憶にないところを見ると、それほど強大な魔神ではなかったのかもしれません」
「で、ですよね! だから私もそれなら、もしかしてって思って」
確かに低級の魔神の魔石に関して、国家ぐるみで動くような例は少ない。しかしそれでも魔導師や錬金術師、あるいは金目当ての冒険者の間での奪い合いは普通に発生する。いずれにせよ、シャリーのような少女が単身でどうにかなるような案件ではない。
「なぁ、アディス。俺たちもそいつの争奪戦に加われないものかな?」
「は、はいぃ!?」
アディスは目を剥いた。
「だって面白そうじゃん、なぁ? 人生一発大逆転のチャンスかもしれねぇんだぜ? 十年も二十年も今の商売なんて続けてられねぇよ、俺。依頼者の顔色見ながらちまちまとさぁ。な? 覗きに行こうぜ?」
「覗きに行くだけで終わらないことくらい、お見通しです」
アディスは腕を組んだ。
「ところでシャリー。今まで魔神や魔石の類を見たことは?」
「ないれふ」
もぐもぐと口を動かしながら、シャリーは答える。ケインは呆れ声を発する。
「そのちっこい身体にずいぶんと入るもんだな」
「次に食べられるのがいつになるかわからない精神ですぅ」
シャリーは水を飲んでから平気そうな顔をして言った。
「飢え慣れてやがる……」
「飢えたくはないんですよ。でもついつい食費の優先順位が下がっちゃうんですよ」
「死なない程度には食べてください」
「あ、アディスさんがなんか冷たいですぅ」
「こほん」
アディスは咳払いをひとつし、額の汗を拭いた。夕方も近いと言うのに、蒸し暑さが全く抜けない。
「魔石に下手に手を出したら、封印が解けてしまうような可能性だってあるんですよ、ふたりとも。万が一そんなことが起きたら、僕たちがどうこうという世界じゃなくなってしまう」
「心配性だなぁ、アディスは。ま、王都まではまだまだ時間があるんだし、ゆっくり考えようぜ」
ケインはそう言うと、ほんの数秒を置いて、寝息を立て始めた。
「よくもまぁ、こんな環境で寝ていられるものですね」
アディスはシャリーを伺いながらそう言って、「えぇ……?」と戸惑いの声を上げた。
シャリーは干し肉を咥えたまま、眠っていた。
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