四人に増えた一行は、そのまま丘を下り、城下町へと入る。メレニ太陽王国の事実上の属国という立場にあるために、都市は城塞化を放棄させられ、今や攻められれば一瞬で火の海になって陥落する無防備な街並みだった。人々の様子にも危機感はなく、数多くの街を見てきたシャリーにしてみれば、信じられないくらいに平和ボケしているように見えた。
そもそもディンケル海洋王国とメレニ太陽王国では、武力に差がありすぎた。超級の騎士で構成される宮廷騎士団・風の騎士団は現時点では十名にも満たないという噂がある。対するメレニ太陽王国の宮廷騎士団・陽士騎士団は常時五十名以上いるとされており、いざ全面戦争になったとしたら、この時点でディンケル海洋王国に勝ち目はない。そしてそれゆえに力ある騎士たちは、国外に流出すらしてしまっていた。
「さて、それで」
ケインとアディスの住宅件店舗に到着し、一ヶ月分の埃にうんざりした表情を見せつつ、セレナが腕を組む。彼女の視線の先ではケインとアディス、そしてなぜかシャリーがせっせと掃除をしていた。セレナは自分の座る場所だけを確保すると、遠慮なく腰をおろして足を組んだ。
「三級錬金術師が、お前たちにどんな依頼を?」
「ところでさぁ、セレ姉」
一通りの掃除が終わり、アディスが新たな水を汲みに出ていったのを見ながら、ケインが口を尖らせる。
「俺たち、なんでセレ姉にことこまかに報告しなきゃならないわけ?」
ケインは荷物から干し肉を引っ張り出した。シャリーの目がキラリと輝く。
「当たり前だ。わたしはお前のご両親に、お前のことを任されたんだ」
「それ五年も前の話じゃん。それにセレ姉だって俺と一つしか違わねえじゃん」
「お前の亡きご両親は、わたしを信じてわたしにお前を任せたんだ。当時より優秀な神官補だったわたしに、何の特技もなかったお前をな」
「相変わらずグサグサくるな」
「事実を述べたまでだ。がっかりする必要はない」
「するよ!」
ケインは干し肉を木皿の上にドンと置いて、シャリーの前に移動させた。シャリーは躊躇の一つもなく、さっそく手を伸ばして食べ始める。
「よく食うなぁ、相変わらず」
「良い食べっぷりだな、ガリ子のくせに」
「この干し肉、おいひいのれす」
もはや「ガリ子」にツッコミを入れることもないシャリーである。
「ああ、そうだ、セレ姉。サブラスって魔神の話を知ってるか?」
「その名前かどうかは知らないが――」
セレナは一瞬宙を見上げて、すぐに首を振った。
「わたしの口からは何も言えないな」
「なるほど?」
ケインは椅子の上であぐらをかきつつ頷いた。
「ま、簡単に言うとさ、そのサブラスって魔神のところへ行って、魔石を手に入れてこいっていうのがシャリーの依頼」
「やめとけ」
「アディスもそう言ってた」
ケインは肩を竦めて、下唇を突き出した。
「でもよ、セレ姉。俺はその魔神ってやつを見てみてぇし、魔物が出てくるっていうのなら戦ってもみてぇよ」
「好奇心は猫も殺すんだぞ、ケイン」
そう言うとセレナは新緑の瞳を細めた。空気がピリピリと一変する。
「魔神はな、お前程度のやつが好奇心で近寄っちゃいかん相手なんだよ」
「でもぉ」
シャリーが口を開いた。
「私には魔石が必要なんです」
「なぜ?」
「それは、その」
「ニ級の昇格試験のため。違うか?」
「違いません」
シャリーはあっさりと認めた。セレナは「はぁ」と大げさに溜息をつく。
「魔石じゃなくても霊薬は作れるだろ」
「それはそうなんですが、格の高い霊薬を作るのは、龍石では難しいんです」
「龍石?」
ケインが口を挟んだ。それにはセレナが答える。
「そこらの石ころのことだ」
「そうれふ。この大陸は紫龍そのものでふから、大地そのものに魔力があるんでふ、ある程度」
「俺さぁ、紫龍の話はもちろん知ってるけど、それって本当なのか? なんかにわかには信じがたいんだけど」
「おまえなぁ」
セレナは呆れ顔で頭を振った。
「この惑星に元々あった全ての大陸は、異次元より現れた紫龍によって沈められた。海も大気も毒に侵されて。龍の英雄たちは人々の死に絶えた世界で戦った。そしてついにはその紫龍を打倒し、その身を海に浮かべた。龍の英雄たちはそれぞれその身に呪いを受けながらも、人々を混沌の海から再生し、龍の大地に住まわせた。これ、たったの八百年前の出来事だぞ」
「さすが神官様。立て板に水だな!」
ケインがおどけて言う。セレナは不満げに鼻から息を吐いた。
「しっかしこの地面が紫龍で、全部が魔力を、ねぇ。そんなでっけえ相手をどうやって倒したかは知らねぇが、とにかく龍の英雄がすごい奴らだってのはわかった」
「それはそうなんだが、元はと言えば、龍の英雄たちも普通の人間だったらしい」
「普通の? それが世界を滅ぼしちまうような相手を倒したって?」
干し肉を齧りながらケインは呻く。
「とはいえ、力ある異形――魔神連中を殲滅することはできなかった。封印するのが精一杯だったようだ。それが時々発見される魔神の結晶のルーツだ」
「なるほど?」
ケインはシャリーを見る。シャリーは干し肉を齧った姿勢のまま固まっている。
「龍の英雄ってのが、今の神様だよな。エレンとかヴラド・エールみたいな」
「そうだ。龍の英雄たちは紫龍の封印を強めるために、各地に神殿を建てた。その中で最も封印の力が強いのが、それぞれの聖神殿だ」
神官らしくよどみなく説明するセレナの顔を、ケインはぽかんとした顔で見た。
「これは余談だが、ヴラド・エール神は不死の呪いをかけられた。そしてエレン神は、愛するヴラド・エール神とは決して交わることのない、転生の呪いをかけられたと言われている」
「うーわ、悪趣味」
「全くその通りだ」
セレナは憤りを隠そうともせずに頷いた。
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