冷静な視線を叩きつけながら、アディスが淡々と尋ねる。
「あなたが魔神の手先ではないこと。それを証明できますか」
「不可能だ」
男は即答する。
「私が魔神の手先なのか、あるいは魔神に敵対する何かなのか。私がいずれと名乗ったところで、意味があるものではないだろう。私を信じるも信じないも、それら全ての判断には、魔神サブラスのバイアスがかかっていると考えるべきだ」
「なるほど?」
アディスは顎に手をやった。
「確かにあなたの言うことには整合性がある。ですが、現実的に考えてその手段が無茶苦茶だ。僕とケイン、それにシャリーを加えたって、多分僕らじゃ魔神の結晶体に近付くこともできないと思います」
「どうあれ」
男はアディスの言葉に割り込んだ。
「お前たちが救われるためには、未来を手にするためには、それ以外の道はない。さもなくばお前たち自身の未来か、あるいは、より大切な何かを失うこととなるだろう」
そう言うなり、男はアディスたちに背を向けた。
「私にできるのはここまでだ。どうするかはお前たち次第だ」
「って、おい、爺さん、あんた」
ケインが呼び止める。
「仮に魔神についての話を全面的に信じるとしても、だ。あんたはどうして俺たちがサブラスに目をつけられたって知ってるんだ」
「……どうしてだろうな」
手も使わずにドアを開け、男は一度振り返る。フードの奥の顔は、やはり見えない。
「サブラスをどうにかできたのならば、また会おう」
「あ、おい!」
ケインが呼び止める間もなく、男はすぅっと音もなく出ていってしまった。ケインは慌てて後を追うが、猛烈な雷雨にかき消されでもしてしまったのか、男の姿はどこにも見えなかった。
「なんだったんだ?」
ケインはドアを閉め、鍵を掛けた。振り返った先には、当然のようにアディスがいる。
「……?」
違和感を覚え、ケインは目をこする。アディスは一旦片付けた書類を再び広げながら「どうしました?」と首を傾げた。
「いや、今なんかがいたような」
「またそんな気持ちの悪いことを」
何かを見間違えたのかな?
ケインはまた目をこする。
なんか、セレ姉がいたような気がしたんだけど、そんなわけないよな。疲れてんだろ。
ケインは一人納得して、アディスの肩に手を置いた。
「ごめん、寝るわ」
「おや、今日は随分早いですね」
テキパキと書類を作りながら、アディスが言う。ケインは欠伸をしつつ奥の部屋へと歩き出す。
「今の不気味な爺さん、気になってなぁ」
「それって普通は眠れなくなるところですよ」
「寝てみなきゃわかんねーよ」
ケインはまた欠伸を噛み殺しながら、フラフラと歩き去ってしまった。
「ん?」
何か視線のようなものを感じて、アディスは顔を上げた。
「気のせいか。ケインが変なことを言うから」
魔法的なものは感じられない。霊的な物もおそらくはない。
「それにしても」
山と積まれた書類を眺めつつ、アディスは溜息をついた。
「僕は血沸き肉躍る冒険なんて求めてないんですけど、ね……」
でもどうやら、その願いは叶わなそうだ。もうすでに手遅れ、か。
「さらっとギラ騎士団の関与も仄めかしてましたけど」
独り言を言いながら、アディスは椅子の背もたれに身体を預ける。こころなしか全身が硬い。
「とんでもないことになってきてしまったなぁ」
アディスは深呼吸をして気を取り直し、再び書類に立ち向かうことにした。
でも、運命ってのは、こんなものなのかもしれないですね。
アディスは思う。そしてさほど遠くもない過去に思いを馳せる。
アディス、ケイン、そしてセレナは、王都の隣町、歩いても三日とかからぬところにあった商業都市ジェレルで生まれた。五年前に大火が起き、その街は全て灰と化した。死者行方不明者数は、三千を超えたという。生存者はわずか二百名そこそこで、その中にアディスたちも含まれていた。
アディスは当時十六歳で、ケインは十三。セレナはその一つ上の十四歳だった。アディスは使いに出ていた王都からの帰路にあったために難を逃れた。ケインとセレナはそれぞれの自宅で炎に巻かれたものの、幸いにして軽い火傷を負った程度で済んだ。だが、三人の家族は、その全てが命を落とした。ケインの両親がセレナに遺した言葉によって、セレナは未だにケインの保護者を気取っていたし、ケインとしてもセレナに頭が上がらない――そんな関係になっていた。
そしてアディスは、仕方なかったこととは言え、ケインたちに何一つしてやれなかったことを未だに悔いていた。あの時、自分が間に合っていれば――幾度そう思ったかわからない。当時のアディスの魔法の力では何もできなかったかもしれない。だが、その時の後悔から、アディスはケインの本当の意味での保護者になろうと決意した。
それから五年。ケインも十八になり、あの時の僕を超えた。気がつけば、そうだった。僕の中の時間は、この五年間ずっと止まっていたのかもしれない。
アディスはこれから先どうすべきなのか、ペンを握り締めたまま沈思した。
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