我はΑなりΩなり、最先なり最果なり

 いっきなりタイトルが黙示録で始まってビックリされた方もいるかもしれないけれど、あたし自身が一番びっくりしたはずだ。考えてもみて! そもそも「ヨハネの黙示録」なんてね、聖書の一つも読んだことがないあたしにとって、アニメや小説の中でしか見たことのないものだったわけ。当然、タイトルにした部分しかそらんじることはできないし、その前後の文脈だって知らなかった。ついでに言うと「最先いやさきなり最果いやはてなり」って読むんだよ。って昔付き合ってたサラリーマンが言っていた。

 でもね、今、夜の公園のブランコに座りながらスマホをぼんやり眺めていた美人女子大生(を卒業して二年経った←美人は卒業したつもりはない)あたしの前に、突然おっさんが現れたわけ。いやー、これって貞操の危機ってやつ!? なんて思ったりもしたけれど、(いまのところ)あたしは元気です。残念、レーティング的に性的描写はナシなの。あ、ブラバするなよ、コンチクショウ。

 でもね、これがね、今こうして現れたおっさんがさ、さっきあたしが振ってやった彼氏だったら、らぶらぶきゅんきゅん復活してあげてもよかったんだけど。でも残念っ。元彼氏じゃなくて、おっさん。どう見ても外国人。なんかだぶだぶのローブ? みたいなのを着た、ファンタジー世界の褐色肌のヒゲのおっさん。うん、通報案件だよ。

 でさ、そのおっさんがね、スマホで一向に既読がつかなくなったメッセージを見ていたあたしの前につかつかと歩み寄ってきて、言うわけ。流暢な日本語で。でも、正直何を言ってるんだかよくわからなかった。日本語だから良いってものじゃないし、マジで中東の石油王みたいなヒゲのおっさんが、流暢な日本語を喋っているのも違和感がすごい。マジですごい。どうせならここはヘブライ語で喋って欲しかった——どうせ意味がわかんないんだから。

 その間にあたしは(通報もせずに)ググった。なぜかおっさんが喋りはじめた瞬間に「あ、これ黙示録だ」ってわかったからだ。……なるほど、わからん。わからんけど、要は世界がマジで滅ぶからどうこう、そんな話。で、新しい世界が始まるんだけど、その世界に入るには「命の書」とやらに名前が書かれてなきゃだめらしい。デジタルネイティヴな(元)女子大生を舐めるなよ。

 おっさんのものすごい長口上をググりながら聞いていたあたしは、息継ぎのタイミングで「で?」と訊いた。おっさんは目を丸くして、「おー、神よ! なぜこの者がなのか! 私わからないよ!」と大袈裟に天を仰いだ。あたしも思わず空を見た。あ、北斗七星だ。し、死兆星が見える……!

「あの、おじさん」

 死兆星はとりあえず置いておいて、あたしは幼児に説得するような口調を意識して言った。外国人には優しくしないとね。

「夜の公園で一人寂しくブランコ漕いでる大人女子に、いきなり訳が分からないこと言っておいて、なんで嘆いたりしてるわけですか。怖いというより、心外なんですけど、なんか」

 最後らへんはちょっとどうかと思ったけど、でも言いたいことは言った方が良いって、亡くなったひいじいちゃんが言っていたから仕方ないよね。

 おっさんは「おー、神よ」と嘆きながらあたしを指さした。

「だから、あなたがこの世の希望なのです! そのために私、イスラエルからはるばるヒッチハイクでここまで来た」
「ヒッチハイク!? イスラエル!?」
「海は泳いだヨ」

 どことなくカタコトになり始めたおっさんに、あたしは目を丸くする。ていうか、もうわけがわからないよ! おっさんもヒッチハイクもあるんだよ! いや、おかしいでしょ普通。だいたい何日かかるのさ。しかもこんなおっさんをよく乗せたな、みんな! すげえよ、世界。マジすごい。

 それはともかくだ。

「で、あたしがこの世の希望とか、マジで意味がわからないんですけど、具体的に三行くらいでまとめてもらっていい?」
「どのフォーマットで三行ですか? な●うですか? カク●ムですか? スマホも対応したほうがいいですか?」
「はぁ? な●う? カク●ム?」
「ええ、そうです。選んでいいですよ?」

 なんだ、な●うとかカク●ムって。ともかくスマホまで考慮レスポンシブしている。なんだこのおっさん。文明人なんだか未開人なんだか、あたしにはもはやわからない。

 おっさんはしばし顎に手をやって考え込んで、そしてあたしをまっすぐに見た。よくわからないけど、真面目な顔のようだ。

「この世はもうじき大変なことが起きて終わります。神の怒りです。けっこう昔に私が予言したように。サタンがやってきて神の軍勢とドンパチかまして、サタンはオッケーケーオーなんですが世界も壊れます。そこに新たな世界が作られ救世主はユー」

 きっちり三行(カク●ム換算らしい)で語ったおっさんに、あたしはあんぐりと口を開ける。「ユー」と言うあたりが無理に文字数をそろえた感じがすごくする。ブログサイトならもうちょっと余裕があると思うんだけど、まぁいいか。

「ええと、それってラノベ的に言うと『あなたが勇者に選ばれたので世界を救ってください!』とかいう展開?」
「そうです。いや、かなり違いますが、そんなところです。ざっくりと」
「ざっくりとで人の運命語るのやめい」
「ともかく、今あなたは生まれ変わるのです!」
「生まれ変わるってやばくない?」

 あたしは思わず後ずさった。そこでおっさんはこんなことを言ったのだ。

「やばいです。やばいんですが、そもそも世界がやばいので、あなたがやばいのは大したことではない!」

 やばっ、このおっさん。通報案件だった! あんたが一番やばいわ! ていうかあたしがやばいのは、あたしにとっては世界がやばいのよりやばいじゃん!? 通報したろ!

「おっと、通報ヤメテ! 私、あなたをグサッとするとかじゃないのでご安心ください。それにあなたに死なれては困る! まだ困る!」
「まだってどういう意味よ!」
「おっと、口が滑っただけなので気にしないでクダサーイ」
「とんでもないことを軽い口調で流そうとすんな!」

 あー、あたしなんかキレそう。気がついたらおっさん血まみれになって横たわってるかもしれない。「あたしなんかしちゃいました?(ニコッ)」とかしちゃいたい。

「いえ、あなたがあまりにも美人なのでついつい心にもないことを言ってしまいましたという話なのです」
「え? ああ、そ、そう? ……ならいいけど?」

 簡単に丸め込まれるあたしキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! ってキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! じゃないわよ! あたしは咳払いをして場の空気をリセットする。

「と、ところで、どうするの、この状況」
「とにかくあと五分後くらいには世界は終わるので、後はよろしく!」

 おっさんは良い笑顔を見せると、右手を振って回れ右をした。

「ご、五分!? ちょちょちょ、ちょっと待って! 今の時間はなんだったの!」
「良い世界、期待してるぜ!」

 右手でサムズアップして、おっさんは夜の闇へと消えていく。

「なんだよ、これ」

 あたしはスマホを持ったまま頭を抱える。なんか変な夢でも見たに違いない。あたしはブランコに座りなおし、そしてまた考え直して立ち上がると、思い切り伸びをした。

「あれ?」

 なんか上から変な気配を感じた。

「ちょっと待って。なんですか、あなた」

 北斗七星(と死兆星)を覆い隠すように、それはいた。よくゲームなんかで見る翼の生えた悪魔っぽいやつ。ていうか悪魔だね、まんま。超強面こわもて

 ああ、ついにあたしもここまで疲れているのか。

 なんて思ったのも束の間だ。あたしの視界がふわりと浮き上がった。

「ちょ、マジで!?」

 右手にはスマホ……じゃなくて、光る剣。左手にはなんか盾っぽいもの。そして正しいOLスタイルだったはずなのに、今はおへそがばっちり露出した甲冑を身に纏っている。これ、腹部の防御点ゼロじゃん! 何この変態衣装! もう太ももとかこんなに露出したくないんですけど! ハイレグじゃないからまだほんの少しマシな気はするけど、そもそもこの装備、実用性皆無! 変態!

『見ツケタゾ、
「なにそのレトロゲーのオープニングみたいなの!」
『我ラガ世界ノ光臨ノタメニ、滅ベ、!』

 悪魔みたいな何かも光る剣を持っていた。簡単に言うとライトセーバーである。あたしの右手のそれをちょっと振るうとヴゥンとかいう音が聞こえた。ヤバイ、ちょっとかっこいい。

 そんなところであたしははたと気が付く。

「ちょっと待ってこれってあんたを倒したら元彼がパーティに合流して幼馴染やら通りすがりやら変態仮面やらがあたしの周りに集まってきて逆ハーレムがいつの間にか作られるとかそういう奴?」
『知ラヌ!』

 頑張って読点抜いて訊いてみたのに三文字で返された——!?

 とにかく今は、この変態悪魔を倒さなくちゃ。

 あたしはヒゲのおっさんを恨みながらも、少しだけワクワクしていた。

「さぁて、チュートリアル開始!」

 多分勝てる。うん。

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