エピローグ

 こうして一つの話は終わらずに終わる――。

 私はそんな感傷に浸りながら、一人、心の中で決意する。あと少しでエピローグ。あと二話、いや、あと一話もあれば、エピローグに辿たどり着けるだろう。だけど、どうしても続きが書けなかった。頭の中では最高のフィナーレを迎えているなのに、私にはそれをえがき出す技量がない。共に旅をし、共に悩み、悲しみ、喜んできた彼ら彼女らに、どうしても最高の終わり方をさせてあげたかった。

 だけど、私にはそんな技量はなかった。

 ここまで来られたのは、彼ら彼女ら、つまりは登場人物たちのおかげなのだ。私の力なんかじゃない――そう気付いた時、私は絶望の奈落を覗き込んだような気持ちになった。真っ暗で、何も見えない奈落。気付けば足元さえ危うい。引き返すことも進むこともできない奈落。その日まで私は、登場人物のみんなと楽しくやっていたんだ。だけどそれは、私の妄想がたまたま上手く回っていたからに過ぎなかったことに、私はと気が付いてしまったのだ。

 私が言葉にしてしまうことで、文字にしてしまうことで、単語にしてしまうことで、文章にしてしまうことで、彼らの自由な文脈を束縛してしまう――そう気付いた時に、私はどうしようもなく怖くなってしまったのだ。私の書く文章は、作り出す文脈は、彼らの意に沿っているのか。彼らをただ都合よく操っているだけではないのか。そう思うと怖くなって、何も書けなくなってしまった。それどころか、これまで書いてきた物語すら、それでよかったのか――わからなくなった。

 そう思ってしまったその瞬間から、彼らの声が聞こえなくなったのだ。

 そしてその次の瞬間に、私は自分自身ののなさを思い知った。彼らが何か喋っていても、彼らが何かをしていても、そのがわからなくなったのだ。いや、あるいは最初から、わかっていなかったのかもしれない。そう、最初から何も知らなかったのかもしれない。知ったつもりになっていただけかもしれない。実際に私は、過去の私が書いた彼らの物語の意味がわからなくなっている。

 ――私は彼らの何を知っていた?

 ――私は彼女らの何を理解していた?

 自分がそれまで書いてきた物語が、途端に途轍もなく空虚なものに思えてくる。だめだ、もう書けない。私は何日も書こうと試みては書けず。書いては消し。しまいにはそれまで書き続けてきた冒険からすら、目を逸らすようになってしまった――つらくて。そして自分が書いた物語を薄らぼんやりと忘れかけてしまうほど、私は彼ら彼女らから遠ざかってしまった。

 懺悔ざんげのように毎日パソコンの前に座る。でも、書けない。削除してしまおうと考えたこともあった。でも、できない。私にはそこまで確固たるがあるわけじゃなかった。ふにゃふにゃの、でもなんとなく存在している、そんなものに過ぎなかった。私はそんなものだった。

 かつて小説を書いていたことさえ忘れてしまうほど時間が経って、私はふと一通のメールに気が付いた。

 彼らの物語にコメントがついた――その通知メールだった。

 私は慌ててブラウザのブックマークを辿る。ログインしてその通知を確認する。何ヶ月ぶり、いや、何年ぶりに見たその通知。コメントをくれたその人の名前は、私の本名によく似ていた。

「未来の私へ。
 ――エタってる場合じゃないよ。彼らは君のエピローグを待ってるんだ」

 たったそれだけのコメント。

 その瞬間、私の前にずっと在り続けていた奈落が消えた。灰色の世界に色が付いた。

 エピローグ――。

 彼らと共に冒険してきた私が、彼らに唯一言葉を掛けられる機会チャンス

 そのためにも、彼らの活躍に報いるためにも、私は彼らの冒険を終わらせなければならない。最後の一話をえがききらなければならない。彼ら彼女らともう一度向き合わなければならない。

 愛しい彼ら彼女らに、終わりエピローグと、さらなる未来を与えるために。

 私が、さらなる未来を作れるようになるために。

 私はひとつのピリオドに向けて歩き始める。

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