スターダスター

 目に見える星の数を知っているかい?

 そう、わかりはしないんだ。だって、人それぞれ視力は違うし。見えてる色だって少しずつ違っている。そんな中で一律「何個」ということは本当にばかばかしい。まして推定の数を誇らしげに語るのもまたばかばかしいと思う。それは誰の受け売りですかとそういう話だ。

 でも、。これは大切なことだと思う。

 星に価値を感じないことを悪と言っているわけじゃないよ。そういう価値観だってあるって話だ。だけどもし、光るゴミ粒のような星々に何か価値を感じることができたとしたら、それはとても素晴らしいことだと思う。きっと生きていくうえでの楽しみも一つ増えるだろうし。

 星明かりでは本は読めない。でも、方角は分かるんだ。北極星が見えなくても、北斗七星を見つけられれば、あるいはカシオペアでもいい。そんな星たちを見つけられれば、少なくとも「北」はわかるよね。一つが決まれば後は全部わかる。自分を中心に据えて、「南」は「北」の反対だ。

 そんな具合で、何かに価値を感じるっていうことは、いろいろなものに意味を見つけることができるっていう意味でもあるんだ。

 そんな話をしてくれていた叔父さんがガンで亡くなった。見つかった時にはステージIV。転移も進んでいて、もう手遅れだったんだって聞いた。病院での闘病生活自体は本当に短くて、入院したと聞いてから亡くなるまで、たったの一週間だった。僕は地方の大学に行っていたから、お見舞いに行こうと方々調整しているうちに亡くなってしまったということになる。

 僕は親とはずっと(それこそ小学生のころには)疎遠だった。育ててくれたのも、大学に行かせてくれたのも叔父さんだった。だから叔母さんから報せを受けた時、僕の世界は真っ暗になった。星々が永遠である――そんな話を信じてしまっていた僕にとっては、それは世界がひっくり返るほどの大事件だった。

 叔父さんは体調不良であることを僕には伝えるなと言っていたらしくて、それは叔父さんが入院するまでは厳格に守られたっていう話だった。

 あまりに酷い話じゃないかと、僕は東京駅に向かう新幹線の中で唇を噛んでいた。病気のことも伝えず、最期を看取らせもしないだなんて。あんまりじゃないかと。

 僕は前述の通り、実の親からの愛情なんて一つも受けてこなかった。叔父さんがいなかったら、僕は小学生になる前に餓死していたっておかしくなかった。叔父さんと叔母さんのおかげで僕はこうして大学生として忙しくしていたし、成人式だって祝ってもらえた。なのに大学卒業を間近にした今になってどうして。そんな気持ちでいっぱいだった。卒業と就職。このイベントは共有したかった。なのに。

 飛んでいく夕暮れの景色をぼんやりと眺めていると、突然空が明るくなった。いや、明るくなったなんてレベルじゃない。文字通りに輝いたんだ。

「なんだ!?」

 誰かが叫んだ。

 そのまばゆさは一瞬で見えなくなったが、尋常ではない明るさだった。太陽を直視でもしたかのように、僕の目はちかちかしていた。とはいえ、時速数百キロで走る新幹線の後ろを振り返っても仕方がない。

 僕はTwitterを探してみることにした。それはすぐに見つかった。投稿時間はまさに今。

『火球? すごいのが撮れた』

 そんな呟きに貼りつけられている写真。光の尾を引いた何かが空を東から西へと駆け抜けている写真だ。それはCGか何かのように現実味がなくて、でも、なんだかすごく美しかった。神様の一つでも乗っかっているんじゃないかってくらい、鮮やかで艶やかな、赤い火球だった。

 火球というのは小さな隕石によって引き起こされる現象だ。すごく明るい流星、と言えば分かり易いだろうか。

 それが空中で爆発したのだ。だから夕暮れ時の薄暗い空がビックリするほど眩しく輝いたというわけだ。

「叔父さん、こいつはまたすごいの見せてくれたね」

 眩しさしか見えなかったけどね、と僕は呟く。車内は未だどよめいている。SNSを見た人の何人かが「火球だって」といったようなことを呟いている。

 叔父さんは天体観測が趣味で、何の話をするにしてもたいがい宇宙の話に関連付けてきた。おかげで僕は今や天体物理学を専攻していたりもするわけなんだけど。

「宇宙か」

 就職はとっくに決まっている。早く叔父さんに恩返しがしたくて、必死になって掴んだ内定だった。だけど僕は本当は大学院に進みたいと思っていた。叔父さんは口癖のように「大学院に行け」と言ってくれていたけど、僕には僕の意地があったんだ。それは本当に、星屑スターダストみたいな、キラキラしているだけの……つまり自己主張が激しいだけの何かだったんだ。

 猛烈な火球の眩しさが目蓋に焼き付いて離れない。

 その眩しさの前には、星屑の明かりなんてかき消されてしまう。

 ……「大学院に行け」か。

 僕は溜息を吐いて、星の出てきた空に目をやった。

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