よくやった、カヤリ――。
ハインツは口角を上げる。無表情な中に刻まれた笑みの形は、さながら能面のようだ。
ハインツの視線の先には、あの椅子に座らされて、虚ろな表情をしているカヤリがいる。その視点は定まらず、口は半開きだった。そして今、カヤリの周囲にはハインツですら近付けぬ程の濃密な魔力が逆巻いていた。ハインツの隣に立つヴィーは、あからさまに渋面だった。
「グラヴァードは仕留められたのでしょうか」
「さぁな」
ハインツはさして関心もなさそうな顔で答えた。カヤリが指示通りに完璧な陣魔法を完璧なタイミングで発動させた。ハインツにとってはそれだけで十分だった。この期に及んでグラヴァードが生きていようが死んでいようが、もはやどうでも良いことだった。もはやグラヴァードごとき、いかようにも始末できるだろうとハインツは考えていた。
「それよりも」
ハインツはヴィーの方に顔を向ける。
「カヤリはいつ再使用できる」
「あの子を物のように言うのは――」
「くだらぬ」
ハインツはヴィーの感傷を一言の下に封殺する。ヴィーは気付かれぬように拳に力を込めた。
「しかしハインツ様、本当にあの計画を今……?」
「ああ」
「緋陽陣などを使ってしまったら、文字通りに帝都が消し飛びます」
「その通りだ」
何を言っているんだと言わんばかりに、ハインツはヴィーを見た。ヴィーはハインツから、ぎこちなく目を逸らす。
「次はいつ使えるか、と訊いているのだが?」
「今の一撃でも、カヤリの精神には相当な負荷がかかっており……」
「余計なことを言う必要はない」
ハインツはカヤリの方を睨むようにして見つめた。ヴィーはうつむいて、こっそりと唇を噛んだ。
「カヤリの回復を待ってからでなければ、どのみち正確な一撃は放てません」
「……ふむ?」
その言葉の真偽をハインツは無言で計算し始める。
「ハインツ様、今回のこの一撃ですらカヤリには過負荷で」
「闇の子が廃人になろうが死のうが、どうだって良い。さしたる問題ではないのだ」
その断定に、ヴィーは奥歯を噛みしめる。ハインツは横目でその様子を見下ろす。
「ヴィー。カヤリはただの試作品だ。妖剣テラとの接続実験はようやく上手くいったと言っても良い段階だ。兵器としての性能も実証できた。妖剣テラと接続された無制御は、つまりただの兵器だ」
「ただの、兵器……?」
呆然と繰り返すヴィーに、ハインツはうなずく。
「兵器であるのならば、ゆえに、殺してこその存在意義。それ以上も、以下もない」
「しかし!」
ヴィーの声は震えている。
「カヤリはただの小さな女の子です。自分の力も知らない。自分がしたこともはっきりとは理解できない。年端も行かぬ少女です。使い捨てにするなんて、あまりにも」
「愚か者め!」
ハインツの激しい叱責に、ヴィーは首を縮める。
「大魔導たるお前が、まさか情に絆されるとはな!」
雷鳴のような声に、ヴィーは肩を小刻みに震わせる。
「カヤリはようやくうまく調整のできた試作品だ。この実験結果を踏まえれば、第二第三のより優れた兵器を生み出すことも叶うだろう。使い捨てに特化するのならば、無制御ではない連中、こざかしき愚民どもに自殺兵器として仕込むことが出来るようになるかもしれん」
「であればなおのこと、カヤリを用いた実験を終わらせ――」
「痴れ者が!」
ハインツがヴィーに向き直る。ヴィーはもうこれ以上ないくらいに小さくなっていた。ヴィーの本能がハインツを恐れているのだ。
「あの娘は死ぬまでサンプル採集に用いる。そういう計画だっただろう、ヴィー。無制御の顕現直後のサンプルなど、そう簡単には確保できない。骨の髄まで利用してもらわねば、割に合わん」
「それならばなお、使い捨てにするのは、あの、もったいないと……」
縮こまりながらもヴィーは食い下がった。しかしハインツには取り付く島もない。
「この娘の不幸さを呪え。無制御として生まれついてしまった不幸をな」
「ですが……っ!」
「この娘は死んでいたのだ、本来ならば。私が救わなかったのならば、どのみちあの辺境の村で果てていた命よ。我らは偶然にもそれに巡り逢い、拾った。つまり、この娘の生殺与奪の権利は、今や我々にある。違うか、ヴィー」
なんの感情も込めずに放たれたその言葉に、ヴィーは硬直する。ハインツはまた冷たすぎる視線でヴィーを直視する。
「それ以上、まだ私に楯突くようならば、お前を妖剣テラに接続する」
「そ、それは……」
青ざめるヴィーを見て、ハインツは目を細める。
「ならば言うことを聞くのだな、ヴィー」
ハインツは豪然と言い放つと、カヤリを一瞥してから部屋を出て行った。
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