WA-06-01:闇の眷属

大魔導と闇の子・本文

 立て込んでるのよね、今。

 グラヴァードからノイズ混じりの思念通話を受け取った時、セウェイは遥か南方にあるディンケル海洋王国にて、多数のと対峙していた。

 闇のエルフは獲物以外の人間の前には姿を見せない。それは不文律だった。力ある妖魔である闇のエルフが人前に現れれば、それだけで争いは起きる。それゆえに闇のエルフと人間は基本的に関わり合いを持たない。だが、このセウェイは数少ない例外だ。

 ディンケル海洋王国内陸部の城塞都市キラシェで起きた連続猟奇殺人事件。セウェイはグラヴァードを通じて王国の支配者層である「牙の五人」から助力の依頼を受けていた。そして首尾よくその犯人を見つけたところまでは良かったのだが――。

 夜の森には文字通りに闇しかない。人間だったならば自分の指先すら見えない暗闇の中を、セウェイは疾走していた。魔力で強化された脚力が下草をえぐっていく。そのセウェイを四方八方から仕留めようとしてくるのは、身長五十センチにも満たないような小鬼のだった。正確無比に飛んでくる攻撃魔法に、セウェイはそろそろうんざりし始めていた。

 倒しても倒しても、は次々と現れる。際限のない鬼ごっこである。おそらく的に召喚術師は自棄やけになって召喚を繰り返しているのだろう。これだけの数のを行使できるということは、それだけで並の魔導師ではないということを現している。

「まさかのギラ騎士団だものねぇ」

 小鬼を手にした重量ナイフでさばきながら、セウェイはぼやく。

 考えてみれば「牙の五人」からの依頼というのもおかしな話である。彼女らは当初より「ギラ騎士団による犯行である」と考えていた可能性がある。さもなくば、「牙の五人」が直々に出て解決していたことだろう。彼女ら「牙の五人」は、ギラ騎士団との衝突を避けるためにグラヴァードに白羽の矢を立てたということかもしれない。確かに、「牙の五人」はそれぞれが超一流の大魔導であり超騎士だ。だが、ギラ騎士団とぶつかれば喪失のリスクは少なからず発生する。

「まったく、あの女らしい考え方だわ」

 セウェイは毒づく。彼女らにしてみれば、ギラ騎士団だろうが、グラヴァード一派だろうが、邪魔なことに変わりはないのだ。ならば互いに消耗させたほうが良いに決まっている。

 セウェイは紫色に輝く弾をいくつも生じさせ、四方八方に向けて撃った。それは正確に小鬼たちに命中して一気に粉砕していく。剣を手に飛びかかってきた小鬼もいたが、セウェイは難なく蹴り飛ばす。

「時間稼ぎ失敗ね、残念でした」

 セウェイはそう言うと、大ぶりのナイフを一本放り投げた。それはくるりと方向を変えて木々を縫って飛んでいく。やや遅れて、闇の森の中を絶叫が駆け抜ける。

「ほんと手間かけさせてくれてぇ」

 セウェイはすぐに悲鳴の主を見つけ出し、野太い声で言いながら、ナイフを引き抜いた。派手に血が噴き上がるが、セウェイは華麗に避けた。闇のエルフは種族として元来華奢なのだが、セウェイは上背二メートル近い筋骨隆々の大男だった。分厚い胸板に、太く引き締まった腕や腹筋は、パワー型のともまともに組み合えるのではないかと思わせられるほどのものだった。その一方、顔貌は非常に整っていた。首から上だけを見れば白髪金瞳褐色肌の美青年で通るのだが、その身体とのギャップが違和感をもたらしていた。

 セウェイの違和感はそれだけではない。衣装や化粧もそうだ。真っ赤な赤いミニスカート、裸の上から羽織られたピンクの袖なしジャケット、黒いタイツに赤いブーツ、両手の指にずらりと並んだ派手な指輪、大きなガーネットのピアス、金のネックレス……。とにかく目の痛くなるようなコーディネートだった。

「あんたがギラ騎士団に所属してるってのは、わかってるの。神妙に色々喋ってくれない?」

 化粧の香りをプンプンさせながら、セウェイは魔導師の右の肩甲骨を指で弾いた。ナイフが直撃した傷口を叩かれた魔導師は絶叫を上げる。

「打たれ弱いわねぇ」
「しゃ、喋らないぞ」
「あらそぉ?」

 セウェイはナイフを倒れた魔導師の顔面のすぐそばに突き立てた。闇に包まれた空間にあって、その刃に映る自分の顔はやけに鮮明だった。

「あたしねぇ、面倒が嫌いなのよ。でね、闇エルフってやつはね、邪悪な妖魔さんなのよぉ? 拷問させたら天下一、アタシも例外じゃないのよぉ」
「それでも」 
「あらぁ、根性あるわねぇ」

 言いながら、セウェイは魔導師の右手の指を全て切断した。一切の躊躇ちゅうちょも何もない。魔導師は一瞬何が起きたかわからずにいたが、ややあって絶叫を上げて転がりまわった。

「はい、次左手ぇ」

 セウェイは左手で魔導師の髪を掴んで持ち上げ、魔導師が何かを言う前にその左手の指も全て乱暴に切り落とした。

「はぁ、楽しい。ぽろぽろぽろってね。指ってもろいわねぇ」
『セウェイ。遊んでいる暇があるなら――』
『あー、はいはい、グラヴァード様。ちょっとお待ち下さいよ。アタシの視覚と聴覚使っていいわよ』
『不本意だがすでにそうしている』
『あらまぁ、もう! でも、そういうところは嫌いじゃないわ』

 セウェイは肩をすくめつつ両手の指を全て失った魔導師に顔を近付ける。

「で? あんたがこのタイミングで、こんなアイレスからクッソ離れた場所であんな胸糞悪い事件を起こした理由って何なのかしらぁ?」
「は、ハインツ様の……」

 譫言うわごとのように魔導師は答える。もはや抵抗する気力もなくなったようだった。

「ハインツ! あのけったくそ悪い胸糞陰気大魔導!」

 セウェイは盛大に舌打ちした。

「で、それは何のために?」
「そ、それは、聞いてない」
「ふむーぅ」

 セウェイは今にも泡を吹きそうな魔導師を地面に投げ捨てた。小さく呻いたが、それ以上はなかった。

「確かにあんたみたいな三下が事情なんて知るはずもないか」
「俺を殺しても何も出ない……」
「罪は罪よぉ。あんた何人殺した? どうやって? 女と子どもばっかり狙って、あんなにぐっちゃぐちゃにしてさぁ。旦那の目の前でやったなんてのもあったわよねぇ。広場の真ん中で魔法ですりつぶしたりとかさぁ。あんたみたいなのは別に特殊じゃないわ、人生四百年もやってると嫌というほど見るもの。だけどねぇ」

 セウェイは再び魔導師の髪を掴み上げる。

「ギラ騎士団だから、誰もあんたを裁けないとか思っていたでしょ、今の今まで。それに自分は強いから負けないとか思っちゃっていたりしてぇ? ざぁんねん、このアタシが、あんたの幻想をどっちもぶち砕いてあ・げ・る!」

 セウェイは魔導師の腹を思い切り殴った。吹き飛ばされて転がる魔導師の顔を踏みつける。

「アタシ、弱者をいたぶるのは好きじゃないの。だけど、あんたに殺されたより弱い人間の声が聞こえるのよ。復讐してくれ、苦しませてくれ、これ以上ないほどの痛みを与えてやってくれ……。呪詛ね。自業自得ねぇ、うふふ」
「な、なぜ、闇のエルフがあの男なんかに……」
「ん? それが人生最後の質問ということで良いのね?」

 セウェイは魔導師の顔を爪先で蹴る。鼻がひしゃげ、左目が半ば飛び出した。

「そりゃあんた、イケメンだからに決まってるでしょぉ?」

 含み笑いをしながらセウェイは言う。

「ま、大人の事情てやつねぇ。魔導師の坊や。あとはあんたは死ぬほど苦しんで、それから死ぬのがお仕事。苦痛と絶望の雄叫び。たまらないわぁ。ゾクゾクしちゃう!」

 セウェイはそう言うと指をぱちんと鳴らした。

「ぐぁっ、あつ、熱いッ!」

 指を失った魔導師は胸をかきむしることすらできなかった。身体をらせて身体の内側から焼かれる苦痛にもだえた。セウェイは肉の焼ける匂いをしばらく愉しんでいたが、魔導師が完全に意識を失ってしまったのを見て、突然興味をなくした。

「みんなの無念がアタシのストレス解消に繋がったし、みんなのうらみは晴らせたし、悪人は消えたし。ああ、アタシ、世界をまた一つ美しくしてしまったわ!」

 アタシを手間取らせたいなら、せめて大魔導をよこしてくれなくちゃね。

 セウェイはナイフを綺麗に拭いてから鞘に戻した。

 セウェイは闇の中で歩を進める。闇のエルフたるもの、どんなに深い森であっても迷うことはない。

『セウェイ、世界を美しくしてもらった所悪いのだが』
『ああ、おまたせ、グラヴァード様。それで、用件って?』

 すっかり忘れていたわとセウェイは心の中で舌を出す。赤い唇の端がと上がる。

『世界を美しくするお手伝いなら、大歓迎よ』

 セウェイは、クククと喉の奥で笑った。

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