WA-06-02:剣槍の大魔導

大魔導と闇の子・本文

 セウェイはグラヴァードからの要請を二つ返事で引き受けた。セウェイはグラヴァードに救われた三年前から、このようにして極めて従順である。

「あなたの魔力を枯渇させるほどの魔法を使うなんて、その闇の子とか、興味あるわねぇ」

 妖剣テラの――もとい、魔神ウルテラの伝説はよく知っている。セウェイとしてはその話にはまるで興味はなかったのだが、闇の子との接続実験の話をトバースから聞いて、俄然興味が湧いてきた。セウェイは闇のエルフにしては珍しく、好奇心で動くタイプである。セウェイは大魔導の才能、服装の趣味、言葉遣い、そして価値観や性格に至るまでが、閉鎖的で保守的な闇エルフの中にあってとにかく異端なのだ。筋骨隆々ながらも美女とみまごうばかりの容貌であることもまたしかりである。

「しかし、グラヴァード様も魔力の件なんて言わなくて良かったんじゃない? 馬鹿正直なのねぇ」

 セウェイは闇の中で笑う。魔力のないグラヴァードなど、護衛も武器もない破格の賞金首のようなものだ。むしろ裏切るなら今が最高のタイミングと言えないでもない。

『それならばその時だ。それで、どのくらいでここまで来られる?』
「そうねぇ」

 木にもたれかかりつつ、爪を磨きながら、セウェイは計算する。

「最低でも一週間は見てほしいわね。長距離転移は最小限にとどめたいから」
『確かにな。魔法的な罠もあるだろう』
「実際、地雷だらけよ」

 うっかり敷設された魔法地雷の近くに出現でもしようものなら、防ぎようのないダメージを受けるハメになる。

 セウェイは爪磨きセットを腰につけたピンクのポーチにしまうと、闇の中を歩き出す。新たなの気配はない。先程の魔導師が全てを操っていたということだろう。大魔導一歩手前くらいの実力だったのかもしれない。惜しいことをした。セウェイは取り立てて憐憫の情を抱くこともなくそう考える。

「それで、アタシはトバースのボウヤと組んで、その闇の子とかいう子を誘拐すればいいってわけね」
『簡単に言えばそういうことだ』
「はいはい、了解。でもエクタ・プラムは難物よ。迂闊に侵入できる場所じゃないわ」

 真の闇に包まれた森の中を飄々と歩いて行くセウェイ。

「……あらあら。グラヴァード様、ちょっと待って。また立て込みそう。片付いたらこっちから連絡するわ」
『気をつけろ』
「はいはい、愛してるわよ」
『……気をつけろ』

 真面目なのねぇ。セウェイは呟きつつ、右手に光の剣を生じさせる。周囲が一気に明るくなる。

「この環境でアタシと戦おうとか、自殺でもするつもり?」

 しかし、セウェイの能力をもってしても、敵の姿は捉えられない。気配はあるが、方向が定まらない。実力は大魔導級――油断のできる相手ではないことは間違いない。すでに相手の幻惑の魔法の術中にはまっている。

「油断したわねぇ。ってゆーか、こいつが真打ちだったか」

 グラヴァードの手の者を始末するための罠――となると、「牙の五人」の連中もグルということか。

「政治って、ほんとやぁねぇ」

 闇の森の中に、大きな独り言はすぅっと溶けていく。相手の気配は相変わらず曖昧で、位置の特定ができない。

「きたっ!」

 セウェイは短距離転移と魔法障壁、何れを展開すべきか計算する。転移は先読みされていたら致命傷を負う羽目になる。魔法障壁は相手の実力が読めない以上、大きなリスクになる。

 セウェイは地面を蹴って闇の中を疾走する。光の剣が不規則な影を生み出す。そこを狙い撃ってくるのは明白だ。そしてそれは転移を誘っている。

 セウェイはいきなり立ち止まると、強力な魔法障壁を展開した。

 その直後にセウェイを取り囲むように光の柱が何本も出現する。そして同時に炸裂した。魔法障壁を押しつぶそうとするかのような質量が、セウェイの魔力を大きく削っていく。

 まだまだ耐えられる。が、これで相手の実力を軽視するのは早計――。

 セウェイは攻撃魔法の間隙を縫って包囲網から脱出する。

「上!」

 セウェイは魔力の流れを察知して空を見上げる。上空には数十本もの魔力で作られた槍が浮かんでいた。

「ちっ」

 セウェイは降り注いできた槍を切り払い、出現させた魔法の盾で弾き返し、かろうじて無傷でやり過ごす。というよりも、一撃でも食らったらセウェイと言えどもおしまいだ。

「でも上から狙えるってことは」

 セウェイは降り注ぐ槍を一通りなし、不意に転移魔法で真上に移動した。上空十数メートルまで飛び上がったセウェイは、すぐに目的の人物を見つける。大木の上に人間が立っていた。

 その大魔導はすぐにセウェイを叩き落とそうと光の弾を乱射してくる。

「まったく、美女が台無しよ」

 セウェイは空中で再度転移魔法を使う。長い黒髪の大魔導は剣を抜いてセウェイの背後からの一撃を受け止める。

「やるわね。でも、女だからって容赦はしないわよぉ?」

 セウェイの矢継ぎ早の攻撃を冷静に受け流す大魔導。セウェイの言うように、美女だった。

「気遣いは無用」

 女は空中を飛び回り、次々と光弾と浴びせてくる。近接戦をさせる隙を与えない。

 双方の攻撃魔法が夜の森を刻一刻と破壊していく。時々双方の剣がぶつかると、雷鳴のような音が響き渡った。光の飛び交う空中戦は双方一歩も退かぬまま、致命弾となりうる応酬を続けていく。青に赤、黄色に白。カラフルな閃光が連続的に放出されていく。もはや常人では知覚不可能な戦いだった。

 剣の腕はセウェイのほうが明らかに上だったが、女は多彩な攻撃方法でその差を埋めていた。

「でもねぇ、闇のエルフたるアタシが、そう易々と負けるわけにもいかないのよねぇ!」

 セウェイの光の剣が不意に輝きを倍増させた。思わぬ不意打ちに、女の攻防が一瞬手薄になる。間髪をいれずにセウェイは斬りかかるが、咄嗟に展開された魔法障壁で弾かれる。

「死ね、歪曲者!」
「あらま、アタシを誰だかわかった上でのコトだったのねぇ」

 セウェイの周囲に黄金の剣が浮かぶ。何十本もの剣が、一斉にセウェイに襲いかかってくる。セウェイは反射的に女の背後に移動する。が、それは読まれていた。女は上空に飛ぶと、そのまま真下のセウェイに向けて無数の剣を打ち出してきた。

「まったく、いやらしいわね!」

 セウェイは光の剣でそれらを叩き落とし、かわす。上空への転移を繰り返し、女の目前まで迫る。女は次の転移を想定して、そこに火力を集中する。だが、セウェイはその期待を裏切り、地面に足をつける。そして六本の投げナイフを取り出して上空へと投擲した。女の繰り出してくる無数の剣と槍を縫うようにして、ナイフが女のもとに辿り着く。

「小賢しい!」

 女は忌々しげに呻くが、しつこく飛び回るナイフを振り切れない。女の放出する剣と槍、セウェイの投げナイフ。双方ともに集中力を奪われる。だが、それはセウェイの計算どおりだ。女をらすことができれば、勝利は一気に近付いてくる。

 大魔導同士が潰し合うのももったいない話だと思わない?

 セウェイはかつてグラヴァードにそう訊いたことがある。グラヴァードは例の冷たいのだか無表情なだけなのかよくわからない表情でこんな風に答えた。

 無制御が何のために生まれたのか。それがわからない以上、淘汰し合う他にない、と。

 人間の考え方って、よくわからないわ。これだけの力を持っている人が少なくない数いるのだから、手を取り合って世の中を変えていくこともできるでしょうに。

 セウェイがグラヴァードに忠誠を誓っているのは、ひとえにそれを実現できる可能性のある人物だと直感したからに――言い方を変えれば面白い人物だと感じたからに他ならない。グラヴァードは無制御とそうではない普通の人間たちとの共存を考えている。無制御だの大魔導という区別に、本質的な意味を感じてなどいないのではないかと、セウェイは感じていた。

「ギラ騎士団もさぁ、こんなすごい大魔導を使い捨てなんかにしちゃって、まぁ!」

 セウェイの手にした剣が倍以上の長さに伸びた。もはや長槍である。振り回されるたびに夜闇が駆逐されていく。衝撃波を受けた森の木々も消滅していく。それと同時に、魔力が練り上げられ、密度が加速度的に上がっていく。

「使い捨てにされるのは、お前だっ!」

 女が陣魔法の詠唱を始める。

「のんびり詠唱……なんて見え透いた罠よ」

 セウェイは誘いに乗ると見せかけて、上空の女の近くに転移し、即座に位置を変えた。最初にセウェイが出現した場所に魔法の剣が殺到する。

 女は始めて狼狽ろうばいした表情を見せる。セウェイのあまりに速い切り返しについていけなかったのだ。セウェイは高めた魔力を踏み台にして機動していた。女はそのスピードを計算できなかったのだ。

「あんたに恨みはないけれどねぇ」

 セウェイは女の背後に姿を見せていた。そしてその手で女の後頭部を鷲掴みにし、地面へと加速する。

「ぐばっ!?」

 地面に激突した女の顔は粉砕された。

「ぐ、げぼ、ぐぁ……」
「しまった」

 即死させるつもりが。

 セウェイは瞬間的に女と自分の間に魔法障壁を展開した。高められた密度の魔力も総動員し、結界を構築する。

 直後、女の身体が破裂した。肉片や内臓と同時に、無数の剣や槍が飛来してくる。

「わぁぉ、強烈!」

 吹き付ける突風のような魔力と衝撃波を受けても、セウェイは動揺を見せていない。目を覆わんばかりの惨劇だったが、セウェイは全く何の不快感も抱かない。

「あなたもアタシに出会わなければ、力ある美貌の女として生きていけたのにねぇ。美しいものが失われるのは悲しいことね」

 セウェイは乱れた着衣を直しながら、糸を引いて転がってきた目玉を冷たい瞳で見下ろした。

「ま、より美しいアタシが失われずに済んだのだから、よしとしましょ」

 アタシを始末しようとした人間を消したのだから、結果的に世界は美しくなったと言えるわね。

 セウェイはそう納得して、また夜の森を歩き始めた。

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