ヴィーはうんざりとした様子でカヤリの部屋にやってきた。
「どうしたの? 珍しいね?」
「どうしたもこうしたも。地上は銀の刃連隊やら魔狼剣士団やらでいっぱいだ。蟻の這い出る隙間もありゃしない」
「それって、この前の私の魔法のせい?」
「ああ」
疑いようもない。緋陽陣によって、エクタ・プラムこそ無傷だったが、隣接する村が二つ蒸発したのだ。死者は百とも二百とも言われている。最大の禁忌が発動させられたと判断した皇国の議会は、エクタ・プラムの調査を最優先対応事案とする旨を決めた。
当然、それまで聖域化されていたギラ騎士団も調査の対象である。というよりも、ギラ騎士団にメスを入れるためにエクタ・プラムを利用したとも言えるのかもしれない。
「ギラ騎士団としては、調査を正式に拒否することになる。さっきそう決まった」
「……拒否したら、どうなるの?」
カヤリの疑問にヴィーは答えない。
「銀の刃連隊はとても強いんだよね。私でも知ってる。ヴィーやここの人たちは大丈夫なの?」
「さぁ、ね」
何とも言えない。ヴィーはイライラとした様子で、右手の親指を人差し指に強くこすりつける。
「いざとなればハインツ様が動くだろうけど、そうなったら全面戦争になる、かもね」
「こ、この国と?」
「さしあたっては」
ヴィーはそう言って、どこか上の空の様子で溜息をつく。カヤリはぼんやりと宙を見上げながら、小さな声で尋ねた。
「また私、魔法を使うことになる?」
「……たぶん」
「イヤだな」
「でも――」
「ねぇ、なんで調査を拒否するの?」
「それは――」
「調べられたらダメなコトしてるから、じゃないの? ねぇ、ヴィー」
「それは、だから……」
カヤリの緩やかな詰問にすら応えられない。そんな自分をヴィーは恥じた。
「戦いになったら、どっちも人が死ぬよ? この街の人だって無事では済まないと思う。いいの、それで」
「し、仕方ないじゃないか」
「どうして?」
私がこの前巻き込んじゃった何百人かの人たちのことも、仕方なかったって、言うの?
カヤリの言葉は音にならない。かすれた吐息がヴィーの胸を打つ。
「ちょ、調査に協力しようが拒否しようが、遠からず皇国とは戦争になるんだ。今まであたしたちギラ騎士団は聖域だったんだ。触ってはならない存在だったんだよ」
「だからって好きなことしてたくさん殺してきた。そして私に変な実験をした」
カヤリは首を振る。
「そんなのおかしいじゃない? だよね?」
その静かな詰問を前に、ヴィーは唇を噛み締めた。錆びた鉄の匂いが鼻腔を仄かに刺激する。
「悪いことをしたなら、その罪は償わなくちゃならないって。村の神官様はおっしゃったよ」
「ど、どうしろって言うんだ! 大人しく叩き切られりゃいいってのかい!」
「そんなことは」
「そういうことなんだよ、カヤリ! あんたの言ってることはね!」
ヴィーが怒鳴る。
「それにギラ騎士団の総意として、調査を拒否することを決めたんだ。あたしはそれに従わなきゃならない。そういうもんなんだ!」
「わかんないよ!」
「大人の世界の話だ!」
「こういうときだけ大人の世界とか! 子ども相手に言い訳できない世界が大人の世界ってこと? 子どもに見せられないことを通らない理屈の下でなにかするのが大人の世界ってこと?」
カヤリは何度も首を振った。
「ねぇ、ヴィーの正義ってどこにあるの? ヴィーにも正義ってあるんじゃないの? 大人はいつも正義を、正しさを振りかざすよね。だったら、ヴィーにもあるはずだよね。それとも、ギラ騎士団の正義がヴィーの正義なの? そんなのおかしいよ!」
「これが組織なんだ。あたしはギラ騎士団に救われて育ててもらった。だから裏切れない!」
「だからって、ヴィーの中の正義をそうやって騙して見ないふりして裏切っていくの?」
「言うなよ!」
癇癪を起こし、ヴィーはカヤリの両肩を掴む。
「あたしの正義は……あたしに正義なんて、ないんだ!」
ヴィーは震える声を押し隠す。そんなヴィーをカヤリはじっと見上げ、すっと目を伏せた。
「そんなことない」
その小さな声の断定は、冷たい水のようにヴィーの中に染み込んでくる。
「私のね、私の正義はね、ヴィーを守ることだよ」
「あ、あたしを?」
「大事なともだちだから」
「と、ともだちだって? だって、あたしはあんたを実験に――」
「あんなこと、ヴィーが好きでやってたわけじゃないってことくらい、私にだってわかるよ」
カヤリはやや大袈裟に肩を竦めてみせた。ヴィーの両手がその肩から離れる。
「村の人を殺して、関係ない人も殺した私だし、私はそれに言い訳はしない。理屈もこねない。だけど、私、ともだちは絶対に守る。銀の刃連隊でも、グラヴァードでも、ヴィーを傷つけようとする人は、私が許さない」
カヤリは左手ですっとヴィーを押しのけた。ヴィーは全く無意識にカヤリに道を開ける。カヤリはそのまま部屋を出ていこうとしていた。ヴィーは後を追おうとしたが、両足に全く力が入らないことに気がつく。
「嘘だろ……」
このあたしを拘束……? しかもこの部屋で無詠唱で魔法を発動?
ヴィーは信じ難い思いで目を見開く。
「だめだ、カヤリ。何をするつもりだ」
「接続するの」
「やめろ、あれは……!」
白いドアが開き、カヤリが出ていき、ドアが閉まる。
「カヤリ! 戻れ! 戻ってくれ。悪かった、あたしが悪かった。だから――!」
悲痛な叫びも虚しく消える。
「カヤリ――!」
ヴィーは歯を食いしばった。
何故か、涙が溢れ出た。
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