光あれ――。
今まさにトバースを喰らい尽くそうとしていた闇を切り払ったのは、少女の声だった。
万策尽き、身動きすらできなくなっていたトバースの手に、小さな掌が重なった。
「闇の子……」
「カヤリ」
トバースの前に、黒髪に水色の瞳の少女が立っていた。少女は微笑んでいた。そこには憎悪も悲哀もない。
「カヤリ、どうやって、ここに?」
「ヴィーの心を経由してきたの。ヴィーが助けてって言ってたから」
少女はそう言うと、闇の中に昏く佇む黒く巨大な瞳を睨みつけた。黒より暗いその闇の中で、睥睨者のその黒い瞳は確かに輝いていた。ただしその輝きは、この上なく、たとえようもなく、傲慢で挑発的で、そしてあらゆる生命に対する敵意に満ちていた。微笑みながら虫を殺す子どもが抱える、無自覚な悪意に満ち溢れていた。
「くそったれ」
トバースはその驕傲なる瞳に向かって吐き捨てる。そうしないではいられなかった。ひとしきり悪態をついてから、トバースはカヤリに向き直った。
「それはそうとしてだ。憑依術は簡単に習得できるもんじゃない。どうやったの?」
「あなたの能力を複製したの」
何だそんなことかと言わんばかりにカヤリは答える。
「複製ってそんな簡単に――」
「人の心を渡っていく」
カヤリは目を細めて微笑んだ。少女らしからぬ美しい笑顔だった。
「すてきな能力」
すてきな?
思わぬ言葉に、トバースはなんと応えたら良いものかわからなくなる。自分のこの能力を気味悪がる者はたくさんいる。というより、そうじゃないのはごく少数派だ。簡単に誰かの心に入り込み、操る能力だ。気持ち悪がらないほうがどうかしている。
「いろんな心を見てきたから、トバースさんは優しいんだと思う」
「優しい?」
「だってヴィーを殺そうとしなかった」
「いや、それは、僕とヴィーの実力が同じくらいで」
「ヴィーもだよ」
カヤリはまた微笑を見せる。
「ヴィーも、トバースさんも、優しい。だから、私は二人を守るの」
少女の水色の瞳が物理的に輝いた。甚大な魔力の渦が少女から放出され始める。輝きに満ちた少女の姿は、もはや神々しかった。少なくとも闇に浮かぶ黒い瞳なんかよりは、ずっと。
少女は静かに詠唱する。
赦し給え、我を赦し給え――と。
罪咎の尽く、鬼哭の苛みのその全てを我に与えよ――と。
少女は言う。その瞳を、その身を燦然と燃やしながら。
「我の与えるものは、永久の安寧」
――赦し給え、赦し給え。
トバースは呆然と、少女の輝きが闇を祓っていく様子を眺めていた。
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