まいったわねぇ。
意識を取り戻したセウェイは、バツが悪そうな顔をして肩を竦めてみせた。
グラヴァードの拠点の一つ、古びた砦の一室に、グラヴァード、トバース、ヴィー、そしてカヤリが集まっていた。彼らの視線の先にはセウェイが寝かされていて、今の一言を呟いたという始末である。
「で、この状況は、助かった……ってことでいいのかしら?」
上半身を起こしながら、セウェイは言った。カヤリが「うん」と頷いた。
「エルフさんは――」
「闇のエルフよ」
「そのほうがいい?」
カヤリは不思議そうにセウェイを見る。水色の瞳はまるで輝く水面のようだった。セウェイは「そうねぇ。ま、どっちでもいいわ」とグラヴァードを見ながら応える。その表情は少し楽しげにも見える。
グラヴァードは疲れた様子で椅子に座り、セウェイを直視する。
「俺は君がエルフだろうが闇エルフだろうが助けただろう。妖魔であるかどうかなど考慮に値しないさ」
「そういうところがいいのよねぇ、グラフは」
わざとらしく両手を広げて、セウェイは笑う。
「あ、そういえば、そこの赤い子」
「あたしはヴィーだよ、闇エルフ」
「セウェイよ、アタシ」
「なんでもいい」
「じゃぁ、アタシも別にどうだっていいじゃない?」
「……好きにしな」
そう言い捨てるヴィーは、カヤリに支えられるようにして立っていた。カヤリは椅子を勧めたが、ヴィーは首を振る。
そこでセウェイは、自分がヴィーを物理的に傷つけたことを思い出す。
「ごめんなさいね、アタシの」
「あのナイフは……死ぬかと思った。この痛みの責任は取ってもらいたい」
ヴィーは口を尖らせて文句を言い、痛みに耐えかねたのか椅子に腰をおろした。
「グラヴァード、貴様の部下の失態だ。あたしの傷が治るまで、ここにいさせてもらうから」
「部下ではない」
グラヴァードは明確に否定する。
「仲間だ」
「ったく、歯の浮くような事をツラっと言ってくれちゃって」
ヴィーは痛みをこらえながら苦笑する。
「でさ、グラヴァード」
「なんだ?」
億劫そうにグラヴァードは腕を組んだ。
「ハインツ様……ハインツはどうなったんだい?」
「さぁな。俺は直接見届けたわけではない」
「それもそうか」
ヴィーは頷き、唯一沈黙を守っている青年、トバースを見上げた。
「どうなったんだい、人形師」
「トバースって呼んでよ」
「嫌だね」
ヴィーはバッサリと切って捨てる。トバースは「ああ、そう」と気のない声を発してヴィーを見下ろす。
「じゃぁ、炎使い」
「ヴィーと呼んでも良いんだぞ?」
「嫌だよ」
そのやり取りに、伸びをしていたセウェイが噴き出した。
「お似合いねぇ?」
「はぁ!?」
露骨に敵意を向けるヴィーと、「だよね」と満更でもなさそうに頷くトバースである。
トバースは一つ咳払いをして、少しだけ表情を鋭くする。
「結論から言うと、ハインツには逃げられた」
「……ごめんなさい」
カヤリが小さく謝罪した。
ヴィーは特に驚いた様子もなく、「ああ、そうかい」とだけ頷いた。トバースは「うん」と相槌を打ってから、グラヴァードの方を一瞬窺い、今度はカヤリを見た。
「物理的身体を失ったハインツが、この後どう出てくるかはわからない。でも――」
「だいじょうぶだよ」
カヤリは断言した。全員の視線が、この小さな少女に集まる。
「しばらくは、だいじょうぶ」
カヤリは少しだけ言葉を補った。セウェイが首をかしげる。
「どうしてそう言えるのかしら?」
「だって、緋陽陣……」
少女の口にした陣魔法の名前に、全員が得心した。セウェイがグラヴァードの方を見て確認する。
「魔力の全てを失ったってワケね?」
「一時的に、だと思うがな」
グラヴァードはいよいよ眠そうだった。
「ハインツの気配は、俺にももう検知できない。奴の本質が滅んでいなかったとしても、さしあたり脅威にはならないだろう」
「なら、よしとしましょうか?」
セウェイはベッドに再び倒れ込んだ。
「それはそうと、アタシ、頭の中ぐっちゃぐちゃよ、トバース。記憶がバラッバラ。どうにかならないの、これ」
「ごめん、そこまで気を配る余裕はなかった」
「いいけど」
恨みがましげにセウェイはトバースを見た。トバースは露骨に目を逸らす。
セウェイは「やれやれだわ」と呟きながら、ヴィーに視線をやった。
「ところで炎使いのお嬢ちゃんはどうするつもり? アタシたちのの同僚になる?」
「じょっ、冗談じゃ――」
「ヴィー、どうして?」
カヤリがすかさず割り込んだ。トバースがそこに援護を入れる。
「どのみちギラ騎士団には戻れないよね、君は」
「それは、そうだけど」
「とりあえずさ、しばらくここにいるんでしょ、傷が治るまで」
「あ、ああ。それは、そうだ」
ヴィーは傷みを宥めすかしながら頷く。
「その後のことはその時考える。それでいいかい、グラヴァード」
視線の先には椅子に座ったまま目を閉じているグラヴァードがいる。
「いいのかい、グラヴァード?」
「……好きにしろ」
それだけ呟くと、グラヴァードは完全に沈黙した。
「まったく、無防備にも程がある」
「グラヴァード様は、そばに誰かがいないと熟睡できないんだよ」
「はぁ!?」
衝撃の事実にヴィーは大きな声を出す。
「子どもか!?」
「しーっ! ヴィー、しーっ!」
カヤリが素早くヴィーをたしなめる。
「みんなを信じてるんだよ」
「お、おう……」
ヴィーは真っ赤な髪をくるくると絡め取るようにしてバツ悪さを誤魔化した。
「だ、だけど、あたしたちがここにいると、ギラ騎士団は」
「ちょっかいは想定の範囲内。だけど、僕らがいるってわかってて突っ込んでくるほど、彼らはバカじゃないと思うよ」
「いや、あたしがいるじゃん、中に」
「なんだ、そんなことか」
トバースは肩を竦める。
「君は僕らを背中から刺すのかい? できる? そのプライドの高さで」
「うっ……」
言葉に詰まるヴィーの肩にトバースはそっと手を置いた。
「触んな」
「ああ、ごめんごめん」
トバースは誠意のこもらない声で言うと、今度はカヤリの頭を撫でた。
「カヤリはどうするつもりだい?」
「ここにいたい」
カヤリははっきりとそう言った。
「ヴィーもいるよね」
「だからそれは傷が治ってから考えるって」
「私をひとりにする……?」
カヤリは水色の瞳でヴィーを見る。ヴィーは「ううっ」と声を上げて頭を抱える。
「妖剣と接続されて、思考まで邪悪になったのかよ、カヤリ」
「接続させたのはヴィーたちなんだから、責任取ってほしい」
一生懸命に言い返すカヤリに、トバースとセウェイは声を上げて笑った。ヴィーは「うううっ」とますます頭を抱える。
「ああああああ、もう! わかったわかった。カヤリをこんなムサい連中の中に放り出す訳にはいかないし。しっ、しし、仕方ないからカヤリが嫌って言うまでここにいるよ。それでいいな、カヤリ」
「うん!」
元気よく頷いたカヤリに、ヴィーは「はぁぁ」と溜息をつきつつ右手で顔を抑えた。
「……それは、それとして。あたしらは何をすればいいんだ?」
「簡単なことさ」
トバースはセウェイを見て、そしてすっかり眠ってしまっているグラヴァードを見た。そして肩を竦めて掌を天井に向ける。
トバースは言った。
世界の平和を目指せばいい――。
~Fin~
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