このクソ立て込んでる時に、なんだってんだ……!
ヴィーからの応答はすぐにあった。トバースにしてみれば、簡単すぎるほど簡単にヴィーの精神にアクセスできたことに驚きを隠せない。
『このあたしの精神に乗り移ろうとか、ずいぶんと舐めたことをしてくれるじゃないのさ』
今は乗り移ろうとしたわけじゃない。そんなことより、おとなしく闇の子を解放するんだ。
『……無茶ってものさ』
無茶でもなんでも、力づくででもやらせてもらうよ、ヴィー。君にまだ人の心があるというのなら、あんな小さなこの手を――。
『知ったことかっ!』
ヴィーの怒声には物理的な圧力があった。頭を殴打されたかのような衝撃を受け、トバースは雪の地面に膝をついた。それでもヴィーとの接続を切るまいと、集中は切らさない。
『あの子は、そしてあたしも、馬鹿な人間たちに殺されかけてるんだ。そんな連中への復讐なんだ、これは!』
「ヴィー!」
思わずトバースは声を出した。どうせここには聞いている者は誰もいない。城から出てすぐの、足跡の一つもない場所だ。見上げれば満月が冷たく輝き、青白く世界を染めている。身を切るような風が吹き抜けていく。
「ヴィー、怨嗟の鎖を断ち切れ! 僕と君の出自は確かに全然違う。だけど僕だって甘々な人生だったとは思ってない。僕は僕の不気味な力を恐れた親や兄さんたちに殺されかけた。僕は、僕だって死にたくなくて、みんな殺してしまった。十歳を前にして、何人も殺してしまったんだ。でも、グラヴァード様は、僕を利用しようとはしなかった!」
『はん! どうだか!』
ヴィーは頑なに突っぱねる。
『第一、グラヴァードだって、今まさにあんたを利用しているかもしれないじゃないか!』
「だったら、だとしても、僕はそれでいい。僕は僕の頭で考えて、僕の意志でこうなることを望んでいる! 君に話しかけているのもその一端だ!」
『うっ、うるさいっ!』
ヴィーのあまりにも強い拒絶に、トバースの精神力はみるみる削られていく。通常の思念通話よりも深い階層で対話を可能にするこの憑依術の一つは、魔力と精神力の大きな消耗を強いられる。
『あたしにとっちゃ、ハインツ様は絶対だ。絶対なんだ!』
「絶対の何だって言うんだ! そんなの、ただ単に思考停止しているだけじゃないか!」
『うるっさいんだよ、トバース!』
ヴィーの声はますます鋭さを増していく。
『ハインツ様はあたしを救ってくれた。育ててくれた! あたしはハインツ様を裏切れない!』
「洗脳っていうんだ、そんなのっ! 洗脳なんだ!」
トバースも負けじと言葉の剣を大きなものに切り替えていく。
「カヤリに、君と同じ人生を歩ませたいって、君は思っているのか!」
『……うっ、うるさいんだよぉっ、あんたはぁぁぁっ!』
バチン――!
トバースの頭蓋骨の内側で何かがスパークした。激しい眩暈と胸やけに、トバースは城の壁に身を預けざるを得なくなった。血の気が引いて全身が震える。トバースにはしばらく何が起きたのか理解できなかった。ただ猛烈な貧血のような症状に襲われ、滝のように脂汗をかいた。
「まさか!」
口元を押さえながら、トバースは呻く。
「まさか、ヴィー! 君、まさか!」
『くっそ、やっぱり無茶か……!』
「まさか、魔神の力を抑えつけていたっていうのか!?」
トバースの中に、ヴィーの視覚情報が流れ込んでくる。
『そのまさかだよ。ふん、ヤキが回ったもんだねぇ』
激しく暈れる視界の中に、暗色の煙に包まれた少女の姿が見えた。そしてその向こうにはハインツと思しき男の影が見える。
「無茶をする!」
トバースは怒鳴りつけた。トバースはヴィーの意識レベルが急速に低下していくのを感じていた。
「片割れと言っても、そいつは魔神なんだぞ!」
『うるっさいねぇ、わかってるよ、そんなこと』
ヴィーの気怠げな反応に、トバースはますます危機感を覚える。
『でも、これ以上は、やっぱり無理っぽいねぇ』
「ふざけるな、ヴィー! 君はカヤリを本当の闇の中に落としたいのか!」
トバースは目を見開いて眩暈をやり過ごし、奥歯を噛み締めた。
セウェイとの合流を待ってはいられない。グラヴァード様の計画とは違うが、僕は今すぐ行かなければ。トバースは決意し、頭を振った。
「今からぶん殴りに行くからな、ヴィー!」
『待て、そんなことしたら、あんたが……!』
「死なないで待ってろ!」
トバースはヴィーとの会話を切り上げ、エクタ・プラムへ向かって転移魔法を行使した。
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