> aki.sendRestart(mode, ev)
またひどくやられたもんだ――再起動したアキの聴覚に、そんな声が届く。聞き慣れた男の声だ。
「腕一本でしょーが」
アキは反論する。だが、男の声はそっけない。
「重傷だろ」
「自力で帰ってきたじゃない」
「そこかよ、おまえさんの判断基準」
アキは目を開ける。ほんのり青く輝く黒い瞳が素早く周囲を見回した。ベッドのすぐ右側にはリクライニングチェアが置かれていて、そこに相棒兼メンテナンス係であるヒキが目を閉じてどっかりと座っていた。ヒキの後頭部から出ている二本のケーブルが、ヒキの目の前にある制御システムに繋がれている。そして制御システムからはまた二本のケーブルが伸びていて、それがアキの後頭部に刺さっていた。珍しくもない光景だった。
ヒキは機械化人間ではない。若干の身体改造は行われているが、それでも八割方は人間だった。脳の一部以外を機械化されたアキやミキとは、根本的に違っていた。彼はまだ人間なのだ。
「よし、システムチェックは正常に終了」
ようやく目を開けて、ヒキは大きく伸びをした。そして無造作に髪を掻きまわす。
「たまには無傷で帰って来いよな、おまえ」
「ごめんごめーん」
アキは起き上がりながら、後頭部に刺さっているケーブルを引き抜いた。ケーブルの挿し込み口はすぐに皮膚に覆われて見えなくなる。
「でも、新型のあの四足戦車相手に腕一本。安いもんじゃない?」
「そういう話じゃない」
ヒキは鼻から息を吐く。アキは小さく首を傾げた。黒髪がふわりと揺れる。
「おまえが機械化人間であるにしたって、その身体はおまえのもんだろ。交換できるからって粗末にするのはいただけないな。人間なら生えてはこないんだぞ」
「でも、だからこそ、あたしたちは強いのよ」
「そういう話じゃなくて」
ヒキはのっそりと立ち上がった。がっしりとした体躯は、まるで防御特化型の機械化人間のようにも見えなくはない。だが、アキやミキとは違って、胸に穴が開けば、彼は簡単に死ぬだろう。
「もっと自分を大事にしろって話」
「それはヒキのメンテが楽になるからって話?」
「違うってば」
ヒキは肩を竦めて唇を尖らせた。まるで子供のような表情だった。
「おまえはミキと違って防御力ゼロなんだから。今回だってミキを待ってりゃ――」
「そうはいかなかったみたいなんだけどさぁ」
言いながら、アキは唯一のドアの方を見た。ドアが小さな擦過音と共に開き、火器を解除されたミキが入ってくる。火器はなくても全身を覆う分厚い装甲はそのままだ。かなり物騒な出で立ちである。
「あの時、アキが突出していなかったら、あの要塞は自爆シーケンスに入っていた可能性が高かった」
「結局は罠だったけどねー」
ミキの言葉を受け、アキが腰に手を当てて天井を見上げる。ミキは部屋の中央で仁王立ちになり、ヒキを見下ろした。かなりの長身の部類であるヒキよりも、ミキの方がこぶし一つ分ほど背が高い。
「ま、何にしても結果論だ」
ミキはそう言ってから、アキの再建されたばかりの左腕を軽く叩いた。それを見てヒキが目を剥く。
「おいおい、いきなり壊さないでくれよ」
「何言ってんだい、ヒキ。アタシのカワイコちゃんをアタシが傷つけるわけないじゃないか、ん?」
物騒なことをこともなげに言い、ミキは腕を組んだ。重たい金属音が室内に響く。そして「ああ、そうそう」と思い出したように言う。
「アサクラが呼んでる。メンテ終わったら来いだと」
「やれやれ」
アキとヒキの声が重なる。時計を見れば午前三時。アキはともかく、ヒキはかれこれこの二十四時間寝ていない。ヒキは思わず「アサクラはいつ寝てるんだ、まったく」とぼやいた。アキがそんな巨漢の背中を軽く叩いた。
「さっさと片づけて寝たらいいよ」
「あのさ、アキ。俺の背中は生身なの。ただのタンパク質な。凹んだら死にかねないの。力加減してくれ」
「ごめんごめーん」
アキは無感情に謝罪の言葉を述べ、ミキを追うようにして部屋を出ていった。
「あ、ちょっ……」
ヒキは慌ててそれを追う。二人に追いつくなり、ヒキは口を開いた。
「で、だ」
「んー?」
アキとミキが同時に声を発する。
「今回もGSLだっただろ。結局何かわかったのか?」
「いーや」
ミキの方が先に答えた。
「強いて言えば、奴らの中枢がどっかにあるかな、くらいかな」
「おんなじ事しか言わないしね、GSLたち」
アキが言い、ミキが肯く。ヒキは「そうか」と呟きつつ、首を回す。ゴキゴキと音が鳴る。それを見てアキが心底不思議そうな表情を見せつつ提案した。
「首肩だけでも機械化したら楽になるんじゃない? 肩凝りなんて起きないよ」
「簡単に言うなよ」
ヒキは今度は指をバキバキと鳴らした。
「肩凝りは日本人のアイデンティティ。疲労感は人間のアイデンティティ」
そう言ったヒキに、ミキが顔を向ける。
「そりゃなにかい、アタシたちは人間じゃないって?」
「九割九分戦車みたいなパーツでできてる人間を人間って呼ぶかよ」
「うわ、差別発言だ」
アキが口を尖らせる。ミキは大袈裟に肩を竦めた。
「間違っちゃいない。でもね、ヒキ。アタシたちは一応人間だ。たとえ備品扱いであったとしてもね、アタシたちはアタシたちのことを人間だと思っている」
「わかってるよ」
ヒキは苦笑しながら応えた。アキは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ミキがその肩を抱いた。
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