05-007「神の仕事」

Aki.2093・本文

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 なるほどな。

 アサクラは目を閉じたまま、呟いた。

 ――お前の望みも理解しているつもりだぞ、アサクラ。

 カタギリはそう言った。

 ならば良し。

「まぁ、待て、アサクラ」

 聞き慣れないその声に、アサクラは驚いて目を開けた。

「長谷岡、龍姫……」
「いかにも」

 長身にして赤毛の、おおよそ日本人らしからぬ風貌の女性が、アサクラのすぐ隣に立っていた。アサクラを見下ろすその両目は金色で、ますます人間離れして見えた。それが本然の姿なのかアバターなのかは、アサクラの認識能力をもってしてもわからない。

 長谷岡は目を細めながら言った。

「人は放っておいてもいずれGSLと化す。何も慌ててその道を取る必要はなかろうよ」
「しかし、この世界では人は長くは生きられない」
「悲観するな、アサクラ」

 励ますように長谷岡は言う。

「確かに、環地球軍事衛星群グラディウス・リングには、全人類のメモリを再現できる仕組みがある。世界を移し替えることも可能だし、私も実際にそのように設計した。ジークフリートによる上書きもいつでも可能なように整えてある。だがな」

 長谷岡はのんびりと開いている椅子を持ってきて、アサクラの隣に腰を下ろして足を組んだ。

「もう少し待ってみても良いだろうと思うのだ、私は」
「しかし」
「この世界のプロトコルを守ろうとしたことには敬意を表する。だがな、やはり人には物理のレイヤは不可欠なのだ。論理の中だけで生きられる者ばかりではない。そのようなものは、量子演算の中で選択的に淘汰されるだろう」
「だが、それは小さな犠牲に過ぎない」
「だな。それは、そうだ」

 長谷岡は一つ頷く。

「だがね、八木は良い子だ。あの子はそれを良しとしなかった。だから私と賭けをした。全てを救うか、全てを滅ぼすか。あの子が勝てば人々は今を生き、あの子が負ければ人々は未来に生きる――ただし姿も意識も変えて」
「俺はしかし、あるべきものが生き残れば、再び人類は再生すると信じている。しかし今は」
「あるべきでないものも生き残ると」
「そうだ。人類はチャンスを得た。優れた資質のみを受け継ぐチャンスを」
「ははは!」

 長谷岡は笑う。

「ノアの箱舟の話は知っているかい、アサクラ」
「もちろんだ」
「ノアの家族たちはおしなべて、ほかの人間に比べてとりわけ優れていたのかな」

 その問いに、アサクラは沈黙する。長谷岡は凄みのある微笑を見せる。アサクラは険しい表情を見せて言う。

「かの大洪水にあっては、に従った者だけが生き延びた」
「アサクラ。お前は、なんだ」
「……何を言っている」
「だから、お前は死なねばならない」

 長谷岡のだらりと下げられた右手には、いつの間にか拳銃があった。アサクラは眼鏡を外して、一つ息を吐いた。

「なるほど」

 アサクラはその鋭い視線で長谷岡を直視した。長谷岡は何ら感情を込めることなく銃を持ち上げる。

「最期にいてもいいか」
「どうぞ」
だ?」
「十年前」

 大戦終結間際の話か。

 アサクラは「なるほど」と再度呟いた。

「つまりこの世界はすでに」
「そう。すべては造り物。お前はね、アサクラ。この世界に送り込まれたウィルスなんだ」
「まんまと、してやられたな」

 アサクラは立ち上がると再び眼鏡を掛けた。

「大戦末期のGSL騒動の時点で、話は全て終わっていたというわけか」
「それは違う。違うよ、アサクラ」

 長谷岡は首を振った。

「あのときに、人類の新たな世界が始まったのさ」
「ならば」

 アサクラは銃口に真正面から向き合いながら口を開く。

「俺の望みはお前たちがすでに叶えてくれたということではないか」
「それも違う」

 慈悲のない否定の言葉ネガティヴに、アサクラは一瞬表情を強張らせた。

「人類はその記憶、その愚かしい本質を含めて、その形態素の全てを神の指輪グラディウス・リングに託した。乙女たちはそれを拾い上げ、再び世界を創り出すだろう。物理世界では、あれからまだ何億分の一秒と経ってはいない。神の指輪グラディウス・リングの内で、人々は救済と絶望を繰り返し、そしていずれ、地球へと戻るだろう」
「なぜだ」

 アサクラは混乱していた。

「なぜ、人々を進化させない。なぜだ。人々は争いを続けるだろう。人々は愚かなままだろう。なぜ、このチャンスにそれを変えようとしないのか。それは欺瞞にして怠惰と言わざるを得ない」
「なぜかって?」

 長谷岡が目を細めた。

「それはの仕事だからさ」

 ぶつん――。

 世界が暗転した。

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