> import GSLx
> GSLx.awake("Avan-da")
部屋のすぐそばにあったエレベータで延々と下り続けること数分。たっぷり数百メートルは下っただろう。地下深くに建造された要塞の中に、アキたちの所属する組織の本部は存在している。貫通爆弾の類を使ったとしても貫くことのできないほどの深度である。旧軍の作った地下城塞を、戦後の混乱期に乗じて占拠しているのだ。
エレベータの扉が開くとすぐに、中央制御室に辿り着く。天井までは三十メートル以上あり、室内にはまるで卒塔婆のように演算装置の類が立ち並んでいた。室温は低く、ヒキが吐く息は白い。
「まったく、こんなところに始終籠っていられる神経が信じられない」
「ヒキはいつも同じこと言うね」
「いつでも同じことを考えてるからだ。ブレない男なのさ」
アキの言葉に反応しつつ、エレベータからほど近い場所に座っている白衣の男に近づいていくヒキ。白衣の男――アサクラは、いつものようにゆっくりと椅子の座面を回して、ヒキたちの方へと身体を向ける。
「俺が徹夜状態なのは知ってるだろ、アサクラ」
「知っているが、それがなにか?」
アサクラは眼鏡をかけていた。白衣と眼鏡、そしてきっちりと撫でつけられた黒い頭髪――それがこのアサクラという男のアイデンティティだった。
「労働基準法をなんと心得る」
「お前は古典が好きなのか?」
アサクラは首を振ると、目の前にある端末の仮想キーボードを打鍵した。たちまち、室内の明かりが落ち、代わりに大きなスクリーンが空中に出現した。
「GSLによる制圧地域だ」
「こいつはまた……」
ヒキは思わず表情を引き締めた。アキとミキはその後ろで腕を組みながら、興味深げにスクリーンに映る世界地図を眺めていた。青く表示されていた人間の居住地域が、次々と赤く変わっていく。そのスピードは時間の流れと共に加速しているように見えた。
「もはや人類の生存圏は、戦後十年にして五分の一まで縮小した。戦前の十分の一と言ってもいいだろう」
「その速度が加速していると」
「そうだ、ヒキ」
アサクラは頷く。
「戦中に喪われたはずのGSLたちが次々と復活を遂げている。それによって、人類は制圧、駆逐され続けている」
「GSLは喪失したって言うけど、それって結局各国の自己申告だったわけじゃないですか」
アキは不満げに言った。アサクラは再度頷いた。
「そういうことだ。核兵器以上に使いやすい兵器を、そうそう簡単に手放すはずもない。最初からわかっていたことだし、喪失しただなんて誰も信じてはいなかったがな」
「核兵器を使えなくする兵器でもあったわけだしね」
ミキが言う。
「大戦当時の現用兵器のほとんどを無力化し得る兵器だったからね、GSLは」
「その通り。だが、GSLの開発者である長谷岡龍姫博士は、その暴走の危険性に気が付いた。とんでもないものを開発してしまったと」
その話はその場の全員が知っていた。というより、この時代に生きる人間の常識レベルの知識だった。
「だがそれゆえに、GSLの廃棄が、戦争を終わらせる口実になった。人類はある意味、確かに救われたと言える。目論見に叶っているか否かは別として、な」
「まーね」
ヒキがあくびを噛み殺しながら同意した。だが、ヒキとしては早く本題に入って欲しかった。いくら何でも眠たすぎたからだ。
「つい三十分前の話だ」
アサクラはまた端末を操作した。するとスクリーンに、現内閣総理大臣・茅部宗次が映し出された。茅部は不機嫌な表情を見せながら言う。
『君たちの組織運営に関する予算は通した。要求は飲んだぞ。約束通り、国内のGSLを全て破壊してくれ。奴らの勢力圏は日に日に増えている。諸外国も我が国を狙っている。これは競争だ。GSLを真っ先に駆逐できた国が、世界の盟主になる』
世界の盟主?
アキはミキを見遣ったが、ミキは不貞腐れたような顔でその茅部の顔を見ていた。話を聞いている様子はない。
茅部は続ける。
『手段は厭わん。軍の動員も吝かではない。とにかくあらゆる手段を講じて、GSLを掃滅してくれ』
言いたいことだけを言って、茅部の姿が消えた。
「なんですかい、これ」
ヒキは首をかしげる。
「いつの間にこんな話に?」
「事態は一刻を争っている」
アサクラはさして急いだ様子もなくそう言った。
「茅部によれば、日本国内の残存GSLは三体。だが」
「それが全部とは思えない」
アサクラの言葉を、今度はヒキが遮る。アサクラは眼鏡の位置を直しながら肯いた。
「だが、それは単なる政治屋のゲームだ。まずは奴らに提示された三体の殲滅と行こう。奴らのゲームには俺が付き合うさ」
「そりゃありがたいね」
ミキはやれやれと首を振った。
「で、そいつらはどこでどうしてるんだい?」
「今までのGSLは――」
アサクラは眼鏡のレンズを輝かせる。
「ただの戦闘端末に過ぎない」
「え?」
ミキとアキが顔を見合わせる。アサクラは満足げに頷いて、椅子に腰を落ち着けた。そして悠然と腕を組む。
「茅部がようやく吐いた事実だ。長谷岡博士の遺した資料とも符合する」
「ちょっと待って。長谷岡博士の資料は、喪失したはずじゃ」
アキが眉根を寄せる。アサクラは再び端末を操作して、スクリーンに地球の姿を映し出した。赤道を斜めに横切るような形で青い線が引かれていく。その線の意味するものは誰もが知っている――環地球軍事衛星群である。
それは長谷岡博士が作り出した全地球監視システムであり、同時に攻撃衛星の集合体でもあった。この存在により、第三次世界大戦とも呼ぶべき二十年に渡る戦争は泥沼化し、地球の半分が荒野と化した。あまりの被害に引くに引けなくなった各国は戦争を止めることができなくなったのだが、そこにきてGSLの問題がクローズアップされた。その結果、各国の切り札とも言えるGSLの廃棄によって、戦争を終えることができたのだ。それがちょうど十年前の出来事である。
「まさか、アサクラ」
ミキが険しい顔を見せる。
「環地球軍事衛星群に侵入したのか?」
「結果としてそうなるな」
「なんてリスキーなことをする」
「結果、こうしているのだ。問題ない」
アサクラはそう言うと、また端末を操作した。
「GSLが行動を開始している。国内外を問わず、ほぼすべての中規模疑似局所ネットが彼らの監視下に置かれている。要のIn3ネットワークだけはまだ持ちこたえているが、それもいつまで持つか」
「そこがタイムリミットってわけか」
「そうなる。さしあたりはな」
ヒキに対して頷きかけてから、アサクラは腕を組みなおす。淡々としたその様子には特段の緊張感はない。
「確認されているGSLは三体。物理活性しているのが一体。それが、こいつだ」
アサクラの眼鏡のレンズが、また物騒に輝いた。
「……これは?」
「長谷岡博士の記録を信じるなら、こいつは開発コード『アヴァンダ』。我々が倒してきたGSLの親玉とも言えるな」
「今までのが全部?」
げんなりとした顔でアキが尋ねた。アサクラが「おそらく」と答えるのと同時に、室内にアラートが鳴った。
「官房長官から?」
スクリーンに表示された日本語に、アキが怪訝そうにアサクラを見た。
「ホットラインというやつだ」
『アサクラ、GSLと思しきものが出現した』
官房長官・桐矢響子が開口一番、そう言った。桐矢はまだ四十にもならない若い官房長官だった。戦後日本の立て直しが急速に進んだのは、彼女の手腕によるところが大きい。
『映像回せ、何をしている。急げ』
桐矢が横顔を見せつつ無感情に言った。どうやら部下が手間取っているらしい。まるで人形のようだと、アキは――自分たちを棚に上げて――思った。
「こいつは」
映し出された映像を見て、ヒキが白い息を吐いた。
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