02-001「クロースコンバット」

Aki.2093・本文

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 デタラメにも程があらぁな――ヒキはそう言った。

 確かにねと、アキ達は同意した。

 映像で見るのとは、迫力がまるで違う。身の丈五十メートルに達する巨体。青白い何か。側頭部からはねじれた大きな角が生えており、その正円の眼窩は真っ黒い闇に覆い潰されている。シルエットは筋肉質に過ぎる人間のそれだったが、全身は金属的なウロコ状の何かで覆われており、戦車の主砲弾さえ弾き返す強度があった。全身あちこちで炸薬弾や徹甲弾が炸裂しているのが見えるが、その巨体の進軍は止められない。

「どうする?」

 アキが両手を握ったり開いたりしながら、はるか遠くで暴れまわるそのGSL・アヴァンダを睨んでいる。アヴァンダがいるのは、戦争を生き延びた数少ない都市の一つ。崩壊した周辺都市からの避難民が集まって、今や人口過密地域の一つになっている場所だ。その中で暴れているのだから、人的被害も相当なものになっているに違いない。だが現実問題、陸軍も空軍も、手が出ていない。その主力兵器の多くは戦争で失われていたから、なおのことだ。

「通常兵器は効果がない」

 望遠視覚で確認しながら、ミキが断言した。それと同時に、全身に装着していた重火器をパージする。

「ミキ、武器捨ててどうするの」
「通じない武器なんて重たいだけだ」
「でも」
機械化人間ワイスドールだよ、アタシだって」

 ミキはその手に大剣クレイモアを生じさせた。アキは溜息をつくような所作を見せてから、両手に刀を発生させる。それを見てヒキが目を剥いた。

「おまえら、マジで近接するの? ヤツに?」
「うん」

 アキが「当然でしょ」と応じた。ミキも「だよな」と同意している。

『こちらアカリ。そっちの三人、聞こえてる?』
「ヒキだ。感度良好。どうした」
『陸軍が撤退を始める。避難誘導は諦めたみたい』
「諦めたって、今三百万いるんじゃないか、あの町」
『推定死傷者数は百万人を超えているそうよ。今、軍の情報部からリークがあったわ』

 それを聞いて、アキは「急ぐしかないね」と呟き、ミキも「だよな」と再び口にした。

『アサクラさんが、状況開始のタイミングは任せるって。アヴァンダは周囲のネットを汚染しながら進んでるけど、あなたたちのバックアップは任せておいて。カタギリさんもいるし』
「頼むぞ、アカリ。PATHパスが切れたらおしまいだ」

 ヒキがぼやくように言うが、それに対するアカリの返答はにべもない。

『その時は諦めて』
「りょ」

 ヒキは「やれやれ」と遠くで暴れているアヴァンダを見た。

「遊覧飛行といきますか」
「あたし、ヘリ嫌いなんだよねー」

 アキがとぼける。

「アヴァンダのとこに辿り着く前にとされないでよ」
「善処する」

 ヒキは輸送ヘリのコックピットに乗り込むなり、エンジンを始動させた。アキとミキが乗るのを待って、すぐさま離陸する。その途端、ヘリが何者かからロックオンを受ける。

「なんだいなんだい」

 ミキが操縦席をのぞき込む。

『こちらアカリ。アヴァンダよりレーダー照射。タゲられてるわ』
「はええよ」

 ヒキはげんなりとした表情を見せるが、慌てた風ではない。

『In3局地ローカルネットワークへの汚染も確認』
「おいおい」
『大丈夫、想定の範囲内。そのまま突撃して。今の所は特に問題なし。想定内よ』
「りょーかい。そーてーのはんいないねー」

 ヒキはヘリを加速させる。アヴァンダの暗黒の眼窩がんかがヒキたちの乗る輸送ヘリを見つめている。その巨大な口が少しずつ開き始める。

「お?」
「お、じゃないよ、ヒキ」

 ミキが思わずつっこんだ。ヘリが「高熱源確認」のアラートを出していたからだ。その時、撤退中の軍の戦車部隊が不意に反転して砲撃を開始した。アヴァンダの顔が陸上を這いつくばる戦車たちに向けられる。ヒキはヘリから逃げ惑う戦車兵を目視していた。おそらく――。

『こちらカタギリ。陸軍の局所ローカルネットワークを奪った。兵器は全て制圧したアンダーコントロール
「味方でしょ、あいつら」
『逃げる味方に用はない』

 凍った鉄のように冷徹な声を発し、カタギリは通信を終える。哀れ、制御を全て奪われた陸軍の車両たちは、一斉に横並びにされては単発的な砲撃を繰り返すだけの端末と化した。そして、アヴァンダが口から吐き出した荷電粒子の嵐によって、プラズマと化して消失していった。巻き込まれた兵士の数も、きっとうんざりするほどになるだろうと、ヒキは一瞬だけ哀惜あいせきを覚えた。だが、一瞬だ。同情していられるほど、暇な立場ではないのだ。

「アキ、ミキ、好きなタイミングで降下しろ」
「りょ」

 アキとミキは同時に答え、ヘリを見上げるアヴァンダを睨みつけた。その口元には再び光が集まり始めている。

「いくよ、アキ」
「りょー」

 二人は同時に飛び降りる。ヒキはそれを見届けてから悠々とヘリを反転させた。荷電粒子の束がヘリを追う。しかし、ヒキはその動きを全て察知して避けていた。

『役に立ったでしょ、私』
「今度抱いてやるよ、アカリ」
『遠慮するわ。それに抱くならカタギリさんよ』

 散発的に脇をかすめる光の線を見ながら口笛を吹く。アヴァンダの動きはカタギリとアカリのコンビによって、すべて先読みされていた。アヴァンダがネットワークを汚染し始めた時に、二人は逆に、アヴァンダの支配するネットワークへの侵入を果たしていた。その演算を先取りすることにより、カタギリはその行動を一瞬前に予測できるようになっているのである。

『抱かれてやっても良いが』

 カタギリが無感情に言った。

『残念ながら私との間に子どもはできない』
「知ってますって」

 ヒキはヘリを飛ばしながら、げんなりと答えた。

「そもそも物理的に抱けないでしょうが」
『物理的にというのなら可能だが』
「そうじゃなくて――」
『無駄話は終わりだ。これより私たちはアキとミキの全力サポートに入る』
「はいはい」

 ヒキは溜息交じりにそう言って、ヘリを森の奥へと着陸させた。

 そのさなか、アキとミキはアヴァンダに対して近接戦闘を試みていた。とはいえ、相手は身の丈五十メートルの巨人である。通常攻撃では人間が爪楊枝を刺された程度のダメージしか与えられないだろう。

「こいつの身体、何でできてるわけ?」
「さぁな」

 ミキはアヴァンダの巨体を駆け上がり、その右膝の上に大剣を打ち下ろす。人間ほどもある大きさのウロコが一枚弾け飛ぶ。だが、それまでだ。しかも傷はすぐに再生してしまう。アキは左足のカカト側に回って、その両手の刀をしたたかに打ち付けた。超高速で振動する単分子モノフィラメントの刃が、アヴァンダの皮膚をいとも容易く切り裂いていく。

「腱を切る!」

 人間で言えばアキレス腱。そこを破壊されれば、さしものこの巨大な物体も動きを止めるに違いない――アキはそう判断した。だが、切るはなから再生されてしまっているため、それは不可能だった。

「ちぇっ」
『アキ、聞こえる?』
「聞こえてるよ、アカリ」
『そいつの制御系を乗っ取る』
「え? できるの?」
『カタギリさんがいるからね』
「じゃあ早くやってよ」

 アキは踏みつぶされそうになるのを危うく回避する。その直後に襲い掛かってきた左手の一撃も辛くも避ける。だが、音速を超えるその一撃が生み出した衝撃波までは殺せなかった。

「わっ……!?」

 吹き飛ばされて、まだかろうじて建っていたビルの三階の壁に激突する。

「効くぅ……!」

 落下すると同時に、散乱した窓ガラスの破片を踏みつけて跳躍する。アヴァンダまでの距離は21.6メートル。一秒とかからない。巻き上がったガラス粉がキラキラと輝いている間に、アキはアヴァンダの足元に到達していた。

「でい!」

 アキの一撃がアヴァンダの脛を切り裂いた。骨まで裂いたような手ごたえはあったが、それでもアヴァンダは倒れない。荷電粒子の嵐で周囲を薙ぎ払いながら、ひたすらに直進していく。

「どこに向かってるの、こいつ」
「さぁね」

 いつの間にかアキの隣に並んでいたミキが投げやりに応じる。
 
「物理活性がどうのって言ってたけど、何がきっかけなのやら、だ」
「こいつぁ、キナ臭いねー」

 アキがアヴァンダの股下に走りこみ、襲ってきた衝撃波をアヴァンダの足を使ってやり過ごす。一方、ミキは衝撃波を利用してアヴァンダの肩の上にまで跳び上がっていた。

「いい加減に沈黙しろ」

 ミキの一撃がアヴァンダの首の筋肉をえぐり抜く。アヴァンダは肩の上のミキを暗黒の眼球で睨むと右手で自らの肩を強打した。蚊でも潰すかのような仕草だった。だが、その時にはすでにミキはいない。またも発生した風圧で、今度は地上に舞い戻っていた。

「アタシ、近接戦闘の才能あるんじゃない?」
「モジュール次第でしょ」

 アキが元も子もない反応をしてくる。ミキは「かもねぇ」などととぼけながら、アヴァンダの超巨体を見上げた。

「カタギリ、アカリ、早く何とかしてくれ」
『量子コンピュータ同士の戦いってのは、壮観だわ』
「感心はどうでもいいって、アカリ。アタシらはいつまでこの状況を続けてればいいんだ」
『カタギリさんが片をつけるまで。簡単でしょ?』

 冗談じゃない。

 ミキは走りながら呻く。機械化人間ワイスドールとはいえ、活動限界はある。In3ネットワークが制圧されない限り、エネルギーは論理方程式によってほぼ無限に供給されるのだが、それでも躯体ハードの限界は来る。

「しまった」

 その時、ミキとアキは同時に呻いた。

「そりゃ、こうなるよな」
「だね、親玉らしいし」

 アキは頷いた。

 二人の周りに、十体ものGSL……の戦闘端末ボーパルマリオネットが出現していた。

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