> em.ghostHack(targetArea)
「無事で何よりだ」
エレベータから降りてきた三名を視認するなり、アサクラが言った。アキとヒキは面白くなさそうな表情を見せ、そして中央のスクリーンに映し出されている青白く光る巨大な何かに目をやった。
「こいつが、なんだっけ?」
「ベルフォメト」
サトーが早口でフォローした。ヒキは「ああ、そうそう、それ」と気のないリアクションを見せ、アキに脇をつつかれた。アサクラは眼鏡のレンズをぎらつかせながら、足を組んだ。
「こいつは今、旧兵庫のあたりにいる。北東に向けて進軍中だ」
「軍は?」
「アヴァンダの時と同じ。一応出てはいるが秒単位で数を減らしている」
「大変だなぁ、陸軍も」
他人事のように、ヒキは言う。アサクラはレンズの奥で目を細める。感情の読み取れない表情だった。
「今回もアキとミキで制圧しろ」
「またぁ?」
アキがうんざりした声を出したと同時に、エレベータからミキが現れた。
「メンテに時間がかかった。話は聞いていた」
ミキはそう言いながら歩いてくると、アサクラを顎でしゃくった。話を続けろという催促である。アサクラは表情を変えずに淡々と説明を再開する。
「ベルフォメトの殲滅が最終的な目的だ。前回とは違って、今回はだいぶデータは得られている。十時間後に長野北部で迎撃する」
「十時間?」
「そうだ。それまでに、俺たちを邪魔しようとしている米国エージェントを排除しろ。むしろこっちが主目的と言ってもいい」
そうだ、その話――ヒキは前に出る。
「そのエージェントって、俺たちを襲ったやつのことか?」
「そうだ。カタギリの走査により、米国の機械化人間の一人、エメレンティアナであることが判明っている」
「どうやってこの短時間で見つけ出したんだ」
「カタギリにとって時間などさしたる意味を持たんのさ」
アサクラは、小さく息を吐く。
「ともかくエメレンティアナは、機械化人間だ。米国の切り札の一つと言っても良いだろう。当時の技術の粋を詰め込んだと言われているからな、長谷岡博士のデータを盗んだとかなんだとか」
その言葉に、サトーが髪を掻きまわす。
「だったらせいぜい他国の邪魔なんてしねぇで、自分とこのGSL討伐に使えばいいものを」
「どこの国にも駆け引き好きな奴がいるってことだ」
ミキがあきれたような口調で言った。サトーは「やれやれだぜ」と引き下がる。「もっとも……」と、アサクラは言う。
「米国は米国で現在はその国体そのものが重篤な状態にあるとも言える。そもそも北米はその大半がクレーターと化しているし、政権も国民も分裂状態にある。軍も何もまともに機能しているとは言い難い。少なくとも、合衆国の体は為していないな」
「だったら――」
アキがまた唸る。
「なおのこと、機械化人間を国外にやってる場合じゃない気がするんだけど」
「別件で来ていたのかもしれないな」
そっけなく応えるアサクラ。
「別件?」
アキは首を傾げる。
「なんかの用事があって日本国に来ていて、帰れなくなったとか?」
「いや、それはどうなんだろう」
ヒキが口を挟む。
「旅客機なんてもう誰もメンテすらしてないし、米国から日本国に来るにはヨーロッパ、ロシア、中国圏を回ってこなきゃならない。アサクラ、そもそもその機械化人間、んーと、エメレンティアナが最後に確認されたのは、いつ、どこだ?」
「十一年前のワシントンだな」
「戦中かよ……」
「そうなる」
アサクラはふと天井を見上げた。
「いかなる作戦にも、北米での数々のGSL戦闘端末掃討戦にすら、エメレンティアナの存在は確認されていない」
「そういえば、んー……」
In3ネットワークで検索をかけ始めるミキ。
「喪失扱いになっていなかったか?」
ミキは首を傾げながらそう言い、そして関連情報を発見して付け足した。
「公式には未だ米国政府の一員として登録されている……のか」
「そういうことだ。だが、先ほどの一戦に関しては、カタギリの解析では間違いなくエメレンティアナであるとされた。カタギリが根拠なくそう断定する可能性はゼロに等しい。そして十一年前、つまり大戦の最中から、奴は行方不明だということだ。だが、米国はそれを公式には認めていない」
「つまり」
ミキは目を赤く光らせながらアサクラを見た。
「十年ちょい前から、米国は日本国にとんでもないやつを仕込んでいた?」
「可能性の話だな」
「で、このタイミングで?」
「狩猟解禁、と表現するべきかもしれんな」
「……アタシたちを?」
ミキの瞳がギラリと赤く光る。アサクラは悠然とその視線を受け止める。
「今回からは、敵はGSLだけではない。邪魔がエメレンティアナだけで済むという保証もない」
「でも、ちょっと待ってアサクラさん」
アキは「うーんうーん」と二度唸ってから言葉を続ける。
「なんでこんな極東の国に米国の最強兵器の一つが配備されているの? 何か理由が?」
「強いて言えば、長谷岡龍姫博士の存在だろうな。博士のことだから、今となっては何を隠していたかもわからない。だが、隠すならネットの海の奥底か、この日本国のどこか、あるいはその両方かだからな」
「ってことは、米国はそれに気が付いた?」
「それは米国に訊いてみなければわからんな」
アサクラは無表情に答え、そしてゆっくりと足を組み替えた。
「エメレンティアナのデータについては戦中のものがあるが、今となっては役に立つ情報は少ない。何せ断片的に過ぎるからな」
そもそも、今存在する情報すら、恣意的に選別されたものに過ぎないものかもしれんしな――アサクラはモニタにチラリと視線を走らせてから一度頷き、アキの方に視線を戻した。
「現在、カタギリとアカリが情報収集にあたっている。が、エメレンティアナはカタギリでさえ全貌を掴めない相手だ。出たとこ勝負になるだろう」
警戒を怠るな――アサクラは義務的にそう言うと、サトーの方を見てニヤリと笑みを浮かべた。
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