> call("Katagiri").avator(1)
出たとこ勝負って言われてもねぇ。
アキはミキおよびヒキと殺風景な会議室で頭を突き合わせながら、作戦を考えていた。いくら何でもこの都市で戦うのは気が引ける。この戦いで一般市民を巻き添えにしては、政府も弁護してはくれないだろう。なにせ、米国の機械化人間が日本国にいるはずがないからだ。というより、そもそも米国は政府としては機械化人間を保有していることを認めていない。
一般市民を巻き込むような事案が起き、それが米国の機械化人間が絡んだ事件であると発覚してしまえば、国際問題は必至。事ここに至ってもなお、日本国と米国との間に、新たな戦争が始まる可能性さえあった――武力の規模は先の大戦とは比べ物にならないほど貧相ではあるだろうが、それはそれだ。
いずれにせよ、両国政府ともにそれだけは回避したいはずで、そうであるならばレヴェレイタという軍事組織と、米国の機械化人間ともども亡き者にしてしまおうというバイアスがかかるだろう。さすがのアサクラといえども、日本国政府そのものを敵に回すのを得策と考えているとは思えない。
「エメレンティアナの続報はないの?」
「ないな」
ミキが後頭部に突き挿さったケーブルを人差し指で叩きながら即答する。
「カタギリさんとアカリの二人がかりでこの程度しか情報が集まらないなんて」
「エメレンティアナは米国製の絢爛豪華な試作機だからな。専守防衛をうたっていた日本国製のアタシたちとじゃ役者が違うってわけさ」
自虐的にそう言うと、ミキは頬杖を突きながら目を閉じた。アキは椅子の背もたれに体重をかけつつ、小さく伸びをした。それを見てヒキが問う。
「どこかアクチュエータの調子でも悪いのか?」
「へ?」
「いや、伸びしてたから」
「ああ、いや、これはあれだよ。人間だったころのクセみたいなもんで」
「へえ」
ヒキは何の違和感だったのかよくわからないまま、口を閉ざす。彼もまた、後頭部にケーブルを接続した。アキは二人を見て、ぼやく。
「有線するなら部屋に帰ってもいいじゃない?」
「いや」
ミキが薄目を開ける。目がチカチカと赤く光っている。
「この部屋のネットを閉鎖系にした。エメレンティアナに覗かれる可能性は無くしたい」
「あー、そゆこと」
「脇が甘いな、アキ」
ミキの挑発的な言い方に、アキは唇を尖らせた。そして渋々ながら、机の端からケーブルを取り出して後頭部のコネクタに挿入して目を閉じた。
「……と、まぁ、こういう事態になっているわけだ」
アキが論理空間に出現するや否や、ミキがそう言って肩を竦めた。アキも一瞬で状況を理解する。
「これがエメレンティアナ一人の仕業?」
「どうだろうな」
ヒキが顎に手をやって慎重に応じる。論理空間と言っても、その視覚的実体は先ほどまでいた会議室の様子とほぼ変わらない――はずだったのだが、今やそこは異空間だった。まるでブラックホールに向かって落下していくような、そんな暗く加速する空間だった。
「アカリはともかく、カタギリさんの防衛ラインをここまでズタズタにするヤツは初めて見た。エメレンティアナが超性能だとしても、それでもここまで来られるものかな――」
『そこなんだが』
ヒキの言葉に割り込むようにして現れる、十歳前後の少年の姿。
「カタギリさんか。アバター使うなんて珍しい」
『私は別に神の声を気取っているわけではない』
少年――カタギリは無表情に言った。そこにアキが目を丸くして尋ねる。
「え、あれ? ここって閉鎖系だよね? どうしてカタギリさんがここに?」
『私はどこにでも存在し得る。In3ネットに接続されたあらゆる空間に同時に存在する。……お前は五年以上もここにいて、知らなかったのか』
「アタシも知らなかったけど」
ミキがアキの肩に手を回しつつ、挑発的に目を細める。カタギリは大した関心もないと言わんばかりに腕を組む。ヒキは無言で少年を見下ろしている。
『私は白昼夢のようなものだ。In3ネットに接続したあらゆる行動主体に痕跡を残す。その痕跡が意志をもってお前たちに話しかける』
「それってつまり、今、目の前にいるカタギリさんって、あたしたち三人の記憶みたいなので構成されているっていうこと?」
『そうだ』
カタギリはあっさりと肯定した。アキたち三人はそれぞれに顔を見合わせる。わかった? よくわからん。――そんな感じの目配せをした。
『私のことはどうでも良い。現在、少々まずい状況にある。私はそれを伝えるために現れた』
「まずい?」
『エメレンティアナ。このネットワークもすでに、奴の影響下にある』
「ここは物理遮断されてるんだろう?」
ミキが眉根を寄せる。その視線は鋭利なナイフのようだ。
『それは間違いない。だが、エメレンティアナはお前たちに罠を仕掛けた』
「罠……」
ヒキの声が強張る。
『ミキ、この二人が地上にいた時の行動を追跡してみろ』
「閉鎖系では情報が参照できないだろう?」
ミキは「何を言ってるんだ?」と言わんばかりの口調で尋ねたが、カタギリは目を細めて軽々に答えた。
『二人にハッキングを仕掛けろと言っている』
「ええっ!? そ、それはちょっと!」
アキが首を振る。ミキは「だよな」と頷いている。ヒキは複雑な表情を見せつつ、カタギリの真意を探る。
「どういうことですかね?」
『真実の在処がどこなのか、という問題だ』
「よくわからない」
『……それでよくこの組織――レヴェレイタと言ったか? ここで十年も生き残れたな、ヒキ』
「と言われましてもね」
ヒキは頭を掻いた。
「ていうか、流れ的に、俺たちに枝が付けられたのは理解できた。それがいつだったのかは……」
『最初からだ。ここを出た最初のタイミングで、お前たちはエメレンティアナに捕捉された。そもそも、おかしいとは思わなかったのか。C4爆薬なんていうものの存在を』
「サトーが持ってたやつのこと?」
アキが難しい表情を浮かべながら訊いた。カタギリは頷く。
『お前たちはまんまとエメレンティアナのトロイの木馬にされたということだ』
「でも、何の警告もなかったよ?」
『一流のクラッカーが痕跡なんぞ残すものか』
さも当たり前のようにカタギリが言う。だが、ミキは納得できないと首を振った。
「カタギリ、あんたの防壁があったはずだ。あれがそう簡単に抜かれるとは、アタシたちはそもそも思っていない」
『エメレンティアナが私以上にネットに精通していたということだ。私も侵入を許した直後に辛うじて検知できた程度だった。それは確かに私の不覚でもある』
「待てよ?」
ミキがカタギリの周りを歩き出す。
「アタシたちをしてこんなに簡単にアクセス権の一部を盗まれるってことは……」
ああそうだ――カタギリは頷いた。
『日本国のどこを探してもエメレンティアナに支配されてない領域はないということだ』
「マジか」
『つまり、オフラインでノンアバターな情報しか信用ならない、そういうことだ』
カタギリのその宣告は、西暦2093年を一世紀近く巻き戻せと言うのにも等しかった。
「それ、なんとかならないの?」
『残念だが、アキ。エメレンティアナの本体をどうにかする以外の方法はない』
「しかもそれは――」
ミキがその光ファイバー製の白髪を掻きまわしながら言った。
「始まりにしか過ぎないってか?」
『そういうことだ』
そのやり取りを、アキとヒキは「よくわからん」という表情で聞いている。
「つまりだ、アキ。エメレンティアナはその情報という情報をネットのあらゆる所に複写しているということだ。カタギリは情報をアタシたち個々の記憶の中に埋め込み、そこからここにいるガキみたいなアバターを創り出す。でも、エメレンティアナは、その構成情報そのものをIn3ネットの何箇所か、あるいは何十箇所か、それとも無数にか、保存している」
「人間……いや、機械化人間の複雑な構成要件を全て?」
「そうだ」
ミキは「だよな?」とカタギリを見る。カタギリは「イエスだ」と首肯する。
「エメレンティアナが十一年もの間確認されていなかったのは、つまり、本体の複製を作り続けていたから……ということか」
『さすがはミキだな。見た目と違って知能が高い』
「余計なことを言うな、カタギリ」
ミキは苦笑しながら応じる。
「エメレンティアナの支配領域は今やおそらく全地球規模ってことか。だけどまずは、その本体をぶっ叩かない限り、永遠に複製が行われ得る」
「ええっと、ごめん、ミキ。あまりついてけてないんだけど、エメレンティアナが自身の構成情報をガッと複製したんだとすれば、その複製が複製を生むなんてこともあるんじゃない?」
『可能性はある』
カタギリが少し早口で応えた。アキたち三人は皆、険しい表情を浮かべる。カタギリだけは変わらず無表情だ。
『だが、さしあたり、エメレンティアナの本体部分を撃破殲滅することが必要だろう』
「アナログ、か」
ヒキが顎に手をやって頷く。
「なるほど。わかった。でも、どうやって見つければ良い?」
『エメレンティアナは黙っていても近付いてくる。ベルフォメトと会敵する前にエメレンティアナを撃滅できなければ、我々の立場は苦しいものになるだろう』
「わかってるさ」
ヒキは険しい表情でアキとミキを見た。アキは「困ったねぇ」などと呟き、ミキは「しょうがないね」と肩を竦めてみせた。
『私とアカリは引き続きIn3からお前たちをサポートする。時間はない。ただちに戦闘行動を開始しろ』
「了解」
三人はめいめいに気のない返事をした。
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