> bfmt.attack(target)
ベルフォメトは地上のあらゆるものを薙ぎ倒しながら、ひたすらに北北東方向へと移動していた。その黒点の並んだ球体は地面をこするように水平移動をしていて、しかも数分置きに衝撃波を放っていた。その衝撃波の威力たるや凄まじく、半径一キロに渡ってクレーターが生成されるほどのものだった。現時点では周辺に人の気配はない。だが、出現地点である旧兵庫やここまでのルート上に存在していた人工居住地域に関しては、悲惨な状態になっているようだった。少なくともIn3ネットには、復旧の兆しはない。
「さぁて。どうするかな」
地上に降ろされたアキとミキは、揃って離脱していくヘリを見上げていた。ほんの三キロほどの位置にいるベルフォメトを見下ろせる位置関係である。それは時速四十キロほどのスピードでアキたちに接近してきていた。五分弱で接敵である。
『三沢からの空軍機が接近中』
アカリが二人の機械化人間の電脳内にレーダー情報を投影する。そこに示された機体番号を見て、ミキが「ふむ」と頷いた。
「ドラゴネアか」
『そうね。日本国の切り札的な攻撃機よ』
アカリはそう言って「唯一のGPL砲搭載機」と補足する。アキは「ふぅん」と関心なさげに空を見上げた。
『レーザー、発射!』
真昼の青空に、一瞬だけだが光の線が描かれる。大気による減衰こそあるにしても、通常の兵器であればひとたまりもない、回避不能の一撃である。
その光の槍はベルフォメトの中央部に正確に突き刺さった。
「お?」
いびつに膨れ上がる球体を見て、アキは思わず声に出す。
「これ、終わったんじゃない?」
「出番なしか」
ミキがビームランチャーの構えを解く。
『終わってない! 油断しないで』
「ふむ……」
ミキは再びビームランチャーを構え、充填を開始する。携帯用だけあって、撃てるのは二発だけだ。それ以上になるとバッテリーも砲身も持たない。
『目標、スピード上昇。球体半径も百メートルを超えたわ!』
「見りゃわかる」
ミキはそう言うと、ぼこぼこと波打つ表面に向けて、ビームを撃ち放った。開発者のアヤコ曰く、対ビームコーティングを施された七〇式要塞戦車でさえ一撃で撃破できるという威力だ。ドラゴネアのGPL砲ほどではないにしても、圧倒的な制圧力を有するのは疑いようがなかった。
「ちょっ、まっ! ミキ、ストップストップ!」
「なんだよ、二発しか撃てないんだぞ」
ミキは引き金から指を離す。アキは右手に握った長剣を振り回しながら、早口で言った。
「それ効いてないどころか、あいつ、どんどんでかくなってる」
「なんだって」
「食らったエネルギーに比例してでっかくなってるって、あたしの明晰な頭脳が言ってる」
「お前の頭脳が明晰かどうかは置いといて、それ、マジかよ」
マジだってば――アキは呟きつつ、見る間に迫ってくる巨大な球体を見上げている。その全身にくまなく配置された黒い点が、ぎょろり――アキを見た。
「衝撃波、来る!」
「くそっ」
ミキは咄嗟にシールドを生成してアキの前に立った。アキもまた長剣を消して盾を生じさせた。
どぉん……!
そんな震動を感じたその直後に、ベルフォメトを中心として地面が煙と化した。それは完全にアキたちを有効射程に収めた上での一撃だった。暴風という言葉では済まされない真空の刃の津波が、アキとミキを襲った。ナノマシンで生成された強固なシールドをものともせずに、その攻撃が二人を吹き飛ばす。
ミキはその中でも巧みにアキを捕まえて、地面を転がった。
「無事か?」
「おかげさまで」
二人の顔は、今にもキスしてしまいそうなほどに近い。
「そいつぁよかった」
ミキは遠くに転がっているビームランチャーを視界に収めつつ、膝を払って立ち上がった。アキもそれを追うようにして立ち上がる。
「ち、まずい」
「ひどいダメージだよ、ミキ」
「……だな」
ミキの背中の装甲板はすでに原型を留めておらず、人間で言うところの脊椎が一部露出していた。人間だったら即死していたところだったが、ミキはまだ立っていた。
「残念だが、加勢はできそうにない。すまん」
「うん、気にしないで。助けてもらったし」
アキは長剣と盾を生じさせつつ、頷いた。
「ありがとうね、ミキ。あなたは一刻も早く退避して」
「りょ」
ミキはそう言うと、全身からバチバチと火花を上げながら、踵を返す。
「こっからは一人か」
ミキが去ったのを見届け、アキは剣を握りなおした。
「次の衝撃波が来る前に片付けないと」
次こそ耐えられない。ミキはもういない。
ベルフォメトは目の前。巨大に膨れ上がり、歪んだ、目玉の化け物。その目がアキを睥睨している。
「アカリ、こいつのデータは!」
『局所ネットの汚染が速すぎる! ウィルス来るわよ!』
「えーっ」
アキは素早くIn3ネットとの接続を遮断した。ファイアウォールに勢いよく激突するコードを検知したが、辛くも遮断が間に合ったようだった。だが、アカリの出番もここまでだ。
孤立無援か?
なんて心細いんだ――アキは奥歯を噛み締める。気付けば生まれてこの方、オンラインではなかったことなんてなかった気がする。少なくとも、この組織に拾われて以来、一度とてネット遮断の危機を覚えたことはなかった。なぜなら、アカリやカタギリ、アサクラがいたからだ。
だが今は、誰もいない。頼れる人がいない。
文字通り、孤立無援だ。
アキはニッと笑う。人間ならば武者震いしていたところだろう。だが、アキは笑った。
「活路のない運命はない!」
叫ぶ。それに呼応して、ベルフォメトの黒いブツブツが一斉にアキを見る。アキは走り出す。そして球体の影の中に取り込まれる。アキの剣はまだ届かない。正直どうしたらいいかなんてわからない。だが、アキは走り続けた。
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