BD-06-01:算段

赤の魔神と錬金術師・本文

 瞬き一つの後、セレナを加えたシャリーたちは、ケインたちの仕事場兼住居に戻されていた。

「あの騎士、なんだったんだ?」
 
 真っ先に平衡感覚を取り戻したケインが、セレナを安物のソファに横たえながら言った。

「恐ろしく強いヤツってことはわかったけどよ、さすがに」
「強いといえばシャリーですよ」

 アディスは、目を回してテーブルに突っ伏しているシャリーを見ながら言った。

「なんですか、あれ」
「ええとぉ」

 船酔いにも似た感覚の不快感に襲われながら、シャリーは懸命に口を開く。

「物は試しでやってみたんですけどねぇ。魔石の形質を変化させてみたんですよぉ」
「形質を変化?」
「あの城そのものが魔石ですからぁ、一度魔力の形に変換してやると、何にでも形を変えられるんじゃないかなぁと思いましてぇ」

 シャリーが言うと、ケインは自分の顎に手をやった。

「それであんな甲冑の化け物みたいなやつに?」
「化け物は酷いですぅ」

 目を回しながらもシャリーはしっかり抗議する。

「あれはあの暗黒騎士、ええと、人造無制御でしたか。アレの甲冑を咄嗟とっさに模倣して作ったんです。そしたら意外と上手くいって」
「あの動きは? 一流の騎士もかくやと言わんばかりでしたが」
「それは私にも意味不明ですぅ」

 シャリーは首を振り、またテーブルに突っ伏した。

「誰かが手取り足取り教えてくれているような感じで……」
「へぇ」 

 ケインとアディスの声が重なる。

「なんか、今ここにセレ姉がいなかったら、夢でしたーって言われても納得しちまいそうだぜ」
「まったくですね」

 アディスはソファで眠るセレナを見た。いつの間にか、シャリーがそのソファの前に膝をついていた。シャリーはアディスを振り返って尋ねた。

「クレスティアを頼む、と、言ってましたよね」
「え、ええ」

 アディスは頷く。確かにあの騎士はそう言った。

「でもまさか――」

 その時、セレナが呻いた。シャリーはその額に手を当て、ケインは汲み置きの水を取りに動いた。

「大丈夫ですか、セレナさん」
「わたしは、生きて、いるのか?」
「ええ、ちゃんと手足も頭もついてます」
「独特な表現だな」

 セレナは横たわったまま、右手を動かしてみていた。力が入らないが、動けないほどでもなさそうだった。

「魔神サブラスに、わたしは何をされたんだ?」
「詳しくはわかりかねますが」

 シャリーはポケットから取り出した木屑を、ケインが持ってきたコップの中に入れた。水にふわりと浮いたその木片は、シャリーが念を送るとすぅっと溶けて消えていった。

「どんな霊薬を作ったんだ?」

 好奇心に駆られてケインが尋ねる。シャリーは一瞬の間を置いてから微笑んだ。

「強力な回復薬ですよ。セレナさんは魔神の力に侵され続けています、今でも」
「い、今でも?」
「ええ。なので、まずはその消耗を抑えなければ」

 シャリーはコップをセレナに渡す。セレナは意を決したようにそれをあおる。

「うーっ……」

 ブルブルと震えながら、セレナは両目をきつく閉じる。

不味マズ……」
「この手の薬はどうしても苦くなりがちなんですよね」

 シャリーはそう言うと、セレナを再びソファに寝かせた。

「今日はこのまま眠ってください」
「い、いや、その前にエライザ様にご報告を」
「いいえ」

 シャリーはハッキリとそれを否定した。

「少し様子を見たいのです。王宮側の動きについても」
「まさか!」

 セレナは少し上気した表情で、シャリーを睨んだ。

「エライザ様を疑っているのか」
「ええ」 

 こともなげに頷くシャリー。セレナは身体を起こそうとしたが、起き上がることができなかった。

「シャ、シャリー、これは……」
「あなたの活動を停止させます」
だましたのか」
「あなたに背中を切られるのを防ぐためには、こうするほかは」
「わ、わたしはそんな」
「あなたの問題ではないのです。あなたは未だに魔神の制御下にあります。あの薬が効いたのがその証拠」
「……?」

 セレナは懸命に目を開けてシャリーを見る。

「薬に投入した魔石と同じ波長の魔力、すなわちサブラスの力が、あなたの中に満ちている。あの霊薬はそれと反応して活性化するようにしました。影響が強ければ強いほど、あなたはあらがえなくなる」
「うう……そんなことなら最初から説明してくれれば」
「魔神が飲まさせなかったでしょう」

 シャリーは断定する。セレナは「かも、な」と言い残して気を失った。

「シャリー、大丈夫なんですか、これ」

 セレナの様子を覗き込みながらアディスは尋ねる。シャリーは「大丈夫です」と強気に断定する。

「信じましょう」

 アディスはそう言って椅子に戻った。ケインも自席についている。

「シャリー、さきほどはエライザ様を疑っていると言っていましたが」
「ええ」

 シャリーはセレナの衿口のボタンを二つほど開けてやってから椅子に座った。

「ギラ騎士団と何らかの約束事を交わしている可能性があると考えています」
「何を根拠に?」

 アディスの声が明らかに硬い。アディスにしてみれば王宮関係者、ましてエレンの聖騎士を疑うことなど言語道断だった。しかし、外から来たシャリーにそんな常識は通用しない。

「物証はありません。ですが、あの場にギラ騎士団はいて、大魔導が好き放題していたのに、エライザ様や風の騎士団セインスの一人もやってこなかった。これがどうしても引っかかるのです。エライザ様とアリア様がいらっしゃれば、いくらギラ騎士団の大魔導とはいえ、ここまで大手を振って歩くことはできないはずです」
「エライザ様を始めとする牙の五人、そして風の騎士団セインスは国の宝です。万が一にも」
「今は国家危急存亡の時、ではありませんか?」

 シャリーは静かに言った。その青緑の瞳はあまりにも静かで、アディスは思わず言葉を見失う。

「事ここに至って、通常ならば様子を見るなどという選択肢はありません。エライザ様たちにそれがわからないとは到底思えません。となれば、何らかのがあるはず」
「まさかたぁ、おもうけど」

 ケインは斬られた左肩の様子を確認するように動かしながら、顔を歪めた。

「あの人造無制御、とか?」
「でしょうね、ケイン」

 アディスは複雑な面持ちでそれを肯定した。

「あの壁際の筒状のもの。あの中すべてにあの暗黒騎士のようなものがいたということでしょうかね」
「人造無制御の量産施設なのかもしれないです」

 シャリーは冷静に言った。その細い腕を組み、ケインとアディスを順に見る。ケインはうんざりした表情を見せる。

「筒はだいたい二十くらいあったから、もしかしたらあの場に暗黒騎士が二十いたかもしれねぇってこと?」
「最悪、そうですね。幸いにして活性化できたのはあの場ではたまたま一体だけだったのかも」
「うへ」

 ケインはシャリーが作った痛み止めの霊薬を受け取って飲み干した。

「この霊薬は効く。お前、ホントすげぇ錬金術師だったんだな」
「えへへ。お役に立てて嬉しいです」

 シャリーはそう言いながら、城で拾ってきた木片をテーブルの上に並べ始める。

「あの城は、このディンケルという国に於ける戦力生産工場になり得ます。あの暗黒騎士のような戦力が量産できるなんてことになれば、メレニ太陽王国との力関係は一気に逆転しちゃえます」
「なるほど」

 アディスは顎に手をやって頷いた。

「利害の問題ですか」

 釈然としない表情ではあったが、それでも論理的には納得できていた。

「しかし、ギラ騎士団と王宮が手を組んだなんてことが明るみに出たら」
「だからこそです」

 シャリーは感情を排した表情で言った。

「だからこそ、私たちは、さっき見聞きしたことを黙っている必要があるのです」
「こいつぁ、ちょっと危ない立場になったのかもな」 

 状況を理解したケインが、口の端を引きつらせている。

「さぁ、どうしましょうかねぇ」

 シャリーは軽い声で言った。それをアディスがジト目で見ている。

「なんか楽しそうですね」
「こう見えて、人生最大のピンチですよ、今」

 シャリーは並べた木屑を布の上に乗せて、ナイフで小さく切り分け始める。大きさを揃えるためだろう。

「木屑は消耗品ですけど、床の石材は多分何年も使えると思います」
「二級の試験だっけ? でも、今はそれどころじゃない気がするんだけどな」

 ケインのもっともな指摘を受けて、シャリーは「あははは」と乾いた声を立てて笑った。

「確かに、セレナさんがここにいるってことがわかれば、事態は必然的に明るみになりますし……。ギラ騎士団とエライザ様たちが接触すればすぐにバレるでしょう」
「どうすんの? ギラ騎士団にしても、エライザ様にしても、俺たちが戦える相手でも逃げられる相手でもねぇよ」
「どうしましょう?」

 シャリーはおどけたように言って、大袈裟に肩を竦めた。

「私というカードは多分もはや無効でしょう。あれだけの魔石があれば、二級錬金術師を幾らでも招聘しょうへいできる」
「僕たちでは、そもそも何の取引材料にもなりませんし」
「セレ姉は?」

 ケインが言った瞬間に、シャリーが右手の人差し指を立てた。

「クレスティア様の化身であることが、エライザ様たちへの抑止力になれば良いのですが」
「ならなかったらむってこったな?」
「ええ」

 シャリーは頷き、完全に意識を失っているセレナに視線を送った。

「それはそうとよ」

 暗い話題を中断するように、ケインが頭の後ろで手を組んで言う。

「あの突然出てきた騎士。ありゃ何モンだ?」
「ああ、その話でしたね」

 アディスが頭を掻く。

「あのタイミングで現れて、あの暗黒騎士をあっさり倒し、大魔導に一撃で大ダメージを与えた強さ、そして、と口にしたこと。そして僕たちを強制転移させる魔法。……こうなってくるともう、合致するのは――」
「速き力の神、ヴラド・エール」

 シャリーが乾いた声で言った。

「それもクレスティア様を中心に考えれば、ない話ではないです」
「でもさ。俺たちは伝説の騎士になれるような存在でもなければ英雄でもない。ただの宅配屋にすぎねぇ若造だぞ」
「宅配屋ではなくて、何でも屋ですよ、ケイン」

 アディスがお約束のツッコミを入れるも、ケインは右手をひらひらさせてそれを受け流した。

「こういう役割ってのは、それこそエライザ様とか、せめて風の騎士団セインスの騎士とかが背負うもんじゃねーの?」
ですよ」

 少し揶揄やゆするように、シャリーが言った。アディスとケインは同時に「運命ね」と呟く。シャリーはおどけたように天井を仰ぎ見て、そのままの姿勢で言った。

「私たちは、せいぜい生き延びる方法を探りましょうよ」

 その言葉に対して、異論は出なかった。

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