BD-06-02:王宮とギラ騎士団の対峙

赤の魔神と錬金術師・本文

 ぼんやりとした朝日を背にして、一層黒々として佇む海上の城。エライザは自室からその威容を眺めていた。結局のところ、昨夜は一睡もできていない。城を取り巻く魔力の密度は、まるで荒れた海の水面みなものように乱高下を繰り返している。空は相変わらず暗く荒れ、王都はまるで冬のさなかのように、こごえていた。

「行くか、アリア」
「あなたの検知能力の高さには、いつも驚かされるわ」

 エライザの背後に現れたアリアは、少し呆れたように言った。アリアはエライザの隣に並んで顔を向ける。

「女王陛下は?」
「王都防衛に専念していただく。最悪、サブラスがあの城から出てくる可能性もあるだろう」
「そうね」 

 低級とはいえ、魔神は魔神だ。それにサブラスは自己の劣化複製を行う能力をも有していると、エルドが情報を伝えてきていた。

「クレスティア様をお救いせねばならぬな」
「無事かしら、まだ」
「簡単には手放すまい」

 エライザはアリアを見て、「行くぞ」と呟いた。頷いたアリアは、一足先に姿を消した。

「――まぁ、まずはギラ騎士団だ」

 そう呟いた次の瞬間には、エライザは海の城の前に立っていた。昨日は大勢いた野次馬たちも、今となっては誰もいない。城がの魔法をかけた――エライザたちはそのように認識していた。

「にしても寒いな」
「寒暖差がみるわね」

 少し前までは真夏だったのだ。さしものエライザでも、この気温差はなかなかこたえるものがあった。

「ん?」 

 エライザはひたひたと近寄ってきていた真っ黒な人影に気付き、抜刀一閃した。それは紙のように薄いヒトガタだった。異形の一種か、あるいはサブラスかエルドによって作られた魔物か。

「嫌がらせにもならんな」

 エライザはそう言うと、城への道に張り巡らされた結界を叩き壊した。アリアは肩をすくめてみせる。

「中和しようと思ったのに」
「キミの魔力を浪費させるわけにもいかない」
「それは助かるけど。でも攻撃のかなめはあなたよ」
「わかってるさ」

 エライザは海の道を歩き始める。

 途中で散発的な襲撃こそあったものの、エライザとアリアの二人にとっては足止めにもならなかった。

 二人は難なく城に入り、最初の広間に辿り着く。

「あら?」

 アリアが声を上げる。四枚の翼を持った天使の彫像の足元に、甲冑姿のエルドが寄りかかっていた。その足元には血溜まりが広がっていた。

「どうしたのだ、エルド」
「まったく、侮りましたよ」

 自嘲気味にエルドは笑った。エライザは剣を抜こうともせずに悠然と腕を組んでいる。二人の間の距離は十メートル少々。二人が本気を出せば一挙手一投足の間合いである。

「ヴラド・エール神が直々に出てこられるとはね」
「なんだと……!?」

 眼光鋭く、エライザは口にする。アリアの纏う緊張感も一段高まった。

「それは間違いないのか」
「数々の無制御、大魔導を見てきた私が言うのです。あの騎士は人間ではない。まして、異次元の、いわば異形とも違う」
「なるほど?」

 エライザは剣を抜いた。

「ところで、一昼夜待ってやったが、量産についての裏付けは取れたのか」
「ええ」

 エルドは探るような目をして頷いた。

「五十年以上前に生成された人造無制御を発見しましたよ。あとは私の部下を十名ばかり、実験に捧げました」
「ふむ、いいだろう。それで?」
「いまのところ、良好に状況は推移しています。五十年前の人造無制御のうち一体は、ヴラド・エールによって倒されてしまいましたが、残りの九体はまだ無事です」
「使えるんだろうな」
「ええ、おそらく」
「なるほどな」 

 エライザは剣を所在なく振り回しながら呟いた。

「よろしい。ならば、もはや貴様には用はない」
「そう来ると思っていましたよ」

 エルドの周囲にいくつもの魔法陣が出現する。

 刹那、そこから無数の光の矢が発生し、エライザたちを襲う。だがその奇襲攻撃もアリアの防御結界の前にはほとんど無力だった。結界を抜けた十数本の矢は、エライザによってことごとく叩き落されていた。

「サブラス、助力を!」
『よかろう』

 エルドの背後にあった彫像――四枚の翼の天使が動き始める。

「こいつがサブラスか?」
「いいえ」 

 アリアが厳しい表情で首を振る。

「これは攻撃端末の一つに過ぎないでしょう。魔神にしてはあまりにも魔力が弱いし、不安定」
「ということは、破壊しても構わないということだな」

 エライザは目を細める。その顔には恐れのようなものは微塵もない。

 結果として、エライザとアリアが圧勝する。ほとんど攻撃のいとぐちさえ与えずに天使の像を破壊していた。

 エライザは、アリアの結界に捕捉されたエルドに剣を突きつけた。しかしエルドの顔に動揺の色はない。

「私を殺してしまっては、人造無制御の量産方法は闇に葬られますが?」
「ふん。量産の裏付けが取れただけでも十分だ。あとはどうにでもなる。それにしても五十年も前に、我が国でそんな実験が行われていたとはな」
「まったく、とんだ悪辣な国家ですねぇ」

 エルドの見せる余裕の笑みに、エライザは凄絶な微笑を重ねる。

「そしてであるがゆえに、私とて無策で来たわけではありませんよ。このことが明るみに出れば、メレニ太陽王国のみならず、アルディエラム中央帝国もまた、この国へ侵略するための大義名分を得るでしょうな。そして私からの連絡が途絶えた際には、ただちに、ギラ騎士団の同志たちが速やかにその旨を両国へリークすることとなっているのですよ。それでも、やりますか?」
「なるほどね」

 アリアはエルドを捕らえていた結界を緩めた。エルドは傷の痛みを堪えながら立ち上がる。尋常ではない出血量であるにも関わらず、エルドにはそこまでの危機感は見られなかった。アリアは眉をひそめる。

「それで、あなたは何がしたいのですか」
「私は研究を続けられさえすればそれで」
「そうは思えませんが」
「私はどう思われてもかまいませんが、ただひとつ、事実として存在するのは、サブラスとエレン神もといクレスティア様、そしてヴラド・エール神がこの場に居合わせているということです。私としては、少々興奮する状況でございますな」

 エルドの言葉に鼻を鳴らし、エライザは再びエルドに切っ先を向けた。

「お前の趣味趣向などどうでもよいが、セレナは何処にいる」
「何処?」

 エルドは不思議そうな表情を見せる。

「錬金術師とその一行が奪い去っていきましたが」
「なんだと?」

 エライザの顔が険しくなる。

「まったく無策に乗り込んできたので、てっきりあなた方に捨て駒にされたのかと思っていましたが」
 
 エルドの言葉には嘘はなさそうだとエライザは判断する。第一、ここでそんな嘘をついたところで何の意味もないのだ。

 だが、知らん。

 エライザは青紫の瞳を刃のように鋭くした。

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