BD-07-01:最も大切なもの

赤の魔神と錬金術師・本文

 なんだなんだ!?

 ケインは大いに戸惑った。それまで自分たちを拘束していた力が不意に消え去ったかと思えば、次は完全な闇の中に放り込まれていた。自分の指先すら見ることができない、質量を伴った闇だった。

「もしかして、俺たち死んだってのか?」

 ケインの声は響かない。闇に溶ける。

「まだ、生きてますよ、どうやら」

 闇の中のどこかから、アディスの声がした。思いのほかいつも通りのその口調に、ケインはほっと胸を撫で下ろす。

「シャリーは?」
「無事ですぅ。いや、無事なのかなぁ、これ」

 平時の間延びした口調から察するに、怪我もないようだ。ケインは頷き、手探りで二人を探し当てる。こうまで暗いと、距離感や時間感覚すら怪しくなってくる。

「で、これは、どこ?」
「きゃっ、ケインさん、どこ触ってるんですか!」
「どこって、わかんねーよ、見えねーし」
「そこは、む、む、むねですよ! わかってください!」

 先程までの口調からは想像もつかないほど、シャリーは動揺と憤慨を見せている。

「ごめんごめん、意外と固かったから……」
「……いま、すっごくイラっとしました」
「え? なんで?」
「……グーで殴っていいですか?」

 シャリーの殺気に満ちた声が闇に消えるのと同時に、クスクスと笑い声が聞こえてきた。女性のものだ。

『暗いところでごめんなさいね』
「誰だ、あんた!」

 ケインが鋭く誰何すいかする。女性の声が答える。

『立場上、名乗るわけには参りませんが』
「僕たちを助けてくれた、ということですか?」

 アディスはその声の主に察しがついていた。牙の五人、しかもエライザに比肩すると言われる程の大魔導であるアリアの魔法に割り込める人間など、ディンケル国内には一人しかいない。

『そういうことになります』

 その声の発信源はよくわからない。真上のようにも思えたし、すぐ隣から聞こえているようでもあった。

『アリアの手を汚させたくはありませんでしたし』
「でも、殺す気満々でしたよぉ、あの人はぁ」

 シャリーの不満げな声が闇に流れる。この闇の空間に放り込まれるのがあと一瞬遅ければ、シャリーたちは影も残さず消されていた可能性が高い。

『それについては謝ります。でも、エライザもアリアも、国を思ってこその行為。それがあなたがたへの言い訳になるとは思ってはおりませんが』
「私たちは助かりさえすればいいんですけどぉ。あ、もちろん、セレナさんも含めてですよぉ」
『もちろんです。クレスティア様の化身を犠牲にすることは許されません』

 その声の主は落ち着いた口調でそう明言した。ケインたちは「やっとまともな会話になる人間が出てきた」と安堵する。

『実を言えば、あなたがたを助けたのも、そのためです』
「クレスティア様をお救いしろってか?」
『察しが良くて助かります』
「結局俺たちのためじゃねぇってことよね」
『申し訳ありません。しかし、それしかないのです』

 そこでアディスが口を挟む。

「でも、僕たちが行ってどうなりますか。エライザ様、アリア様。そしてあのギラ騎士団の大魔導と甲冑の騎士たち。魔神サブラス。どう考えても僕らの出番は……ありませんよ」
「死にに行くようなもんじゃねーか」

 不満を口にする二人に、シャリーが言う。

「でも、ケインさん、アディスさん。セレナさんを助けるには、もう乗り込む他にありませんよ」
「そりゃそーだけどよ」

 不満げなケインの声に被せるようにして、その女性の声は言った。

『あの城をうまく使えば戦えるはずです』
「いやいや、シャリーはともかく、俺たち戦力外だろ……」
「あぁ、そういうことですか」

 一人合点するシャリー。

「私だから、行けると。そういうことですね?」
『そうです。錬金術師たるあなたなら』
「膨大な数の魔石が必要ですけど、あの城全部がそうだと考えれば」

 シャリーは闇の中で頷いた。そこでケインが気が付く。

「あの赤い鎧か?」
「はい。あれがあれば、一時的ですが、無制御レベルの戦いができるかもしれません。剣の心得のない私でさえ、あの暗黒騎士と戦えたくらいですから。剣が使えるケインさんならもしかすると」

 その言葉にケインは考え込む。

「どのくらいあの鎧状態は維持できるんだ?」
「たぶん、続けて戦えるのは五分程度」

 この前の感覚からすると。シャリーは素早く計算する。

「五分か」

 ケインはやや躊躇するような口調ではあったが、すぐに両手を叩いて気合を入れた。

「可能性ができた以上、やる。正直、俺にとっちゃ神様がどうのなんてどうだっていい。俺はセレ姉を助ける。それだけだ」
『それで構いません』

 女性の声ははっきりとそう答えた。

『私が力をお貸しできるのはここまでです。では、よろしくお願いします』
「ま、待ってください!」

 シャリーが声の主を引き止めた。

「あなたの心をお聞かせください。あなたにとって大切なのは、クレスティア様ですか。それとも、この国ですか」
『最も大切なのは、国民の生命です。、それが優先されます』

 即答だった。シャリーは闇の中で頷いた。

「わかりました」

 シャリーの声に力がみなぎっていた。

「全力を、尽くします」
『ありがとうございます、シャリー』

 その声が闇に溶けるのと同時に、三人はあの暗黒の城の前に移動させられていた。
 

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