BD-07-03:仮説のまま

赤の魔神と錬金術師・本文

 眼下に凄まじい戦闘を見ながら、ケインは「なぁ、アディス」と乾いた声を発する。

「どうして俺たち、こんな観戦モードになってんだ?」 
「さぁ……。そもそもがどこなのかもわかりません。僕らが異常に強い魔力に包まれているっていうのだけは確かなんですが、そもそも――」

 アディスは眉間に皺を寄せて呻く。ケインは腕を組みつつ口を尖らせる。

「誰がこんなことを?」
「存外……サブラスかもしれませんね」
「なんでぇ?」
「さぁ」 

 男二人がコソコソと会話を交わしている間、シャリーはブツブツと何かを呟いていた。

「シャリー、何してんの?」
「今、調整中なんです。ちょっと集中させてください」

 ピシャリと言われ、ケインは「すんません」と舌を出す。

 結局やることのないケインとアディスは、眼下の超級の戦闘状況をぼんやりと眺めることになる。強力な切り札となる同士の戦いは、大きな戦の末期以外ではまず目にしない。当然ながら、ケインたちも初めて目にした。それどころか、ケインたちは普通の人間同士の本気の殺し合いすらまともに遭遇したことはない。せいぜいが酔っ払いの刃傷沙汰の仲裁くらいである。つまり、ケインもアディスも、対人戦に於いてはの域を抜けられていないのだった。

 劣勢に追いやられてはいたが、エライザとアリアはやはり強かった。短距離転移を繰り返しながら、暗黒騎士たちに着実にダメージを重ねていく。八面六臂はちめんろっぴという表現がまさにその通りで、十倍の敵を相手にしても、そこまで不利な状況であるようには見えなかった。

 対する暗黒騎士たちは、連携力こそ徐々に上がってきているものの、与えられたダメージが響いているのか、個々の機動力は落ち始めていた。

「なんかよくわかんねぇけど、すげぇのはわかる」
「僕なんかにはさっぱりですよ」

 撃剣の素人であるアディスには、どちらが優勢であるかの判断も付けられない。

 エライザの魔法剣は暗黒騎士を幾度も打ち倒したが、暗黒騎士はその度に立ち上がる。室内はもはやボロボロで床も天井も壁も天変地異の直撃でも受けたかのようだった。だが、エライザたちは動きを止めない。

『ははは、無駄ですよ、エライザ』

 エルドの哄笑こうしょうが響く。

『無駄ですよ。私たちは生命の祝福を受けている。新たなる神、サブラスのね』
「新たなる神だと?」
『そうです。サブラスこそ、次世代の神。あまねく生命を俯瞰し、与え、奪う。この世界の在るべくして降臨させられた存在もの。ヴラド・エールやエレンごとき土着の神がどうのこうのできる存在などでは、断じてありません!』
「魔神ごときが!」

 エライザの一層激しい剣圧がエルドを襲う。エルドも剣を振るい、衝撃波でそれを相殺する。

『いいですよ! あなたが足掻あがくほど、サブラスの下僕たちが強化されていく! 私は無限の力を得たのです!』
おごるなよ、エルド」

 エライザが残像を引きながらエルドに肉迫にくはくする。互いの刃が轟音を立ててぶつかり合う。激しい火花が散り、真空の渦が互いの甲冑をえぐっていく。

 だが、エライザは止まらない。左手で光の衝撃波を放ち、その炸裂に乗って距離を取り、再び床材を弾き飛ばす跳躍で斬りかかる。その神速の一撃自体はエルドの剣で防がれてしまった。だが、放たれた超音速の衝撃波はエルドの防御を貫通した。

『クククッ!』

 背中の装甲の隙間から滝のように流血させながら、しかし、エルドは笑っている。

『この苦痛は、私が生きて、なお死なぬことの証! 心地よい! 実に心地のよいものです!』
「この変態が!」

 エライザは舌打ちしながら距離を取った。

「アリア、こいつらをまとめて蒸発させる手段はないか」
「あったらやってる。屋内では私たちごと蒸発するわ」

 緋陽陣ジェルメール・ヅォーネ――アリアの有する最強の攻撃魔法を用いれば、エルドを倒すだけならできるだろう。だが、この空間で使うには威力が大きすぎた。エライザやアリアの魔法防御能力があったとしても、抵抗できずに灰になるだろう。

「そいつは困ったな」

 エライザは同時に突っ込んできた三体の暗黒騎士を爆風で弾き飛ばし、一度アリアのそばに後退した。

「埒が明かない」
「まったくね」

 アリアの攻撃魔法も暗黒甲冑に阻まれて、効果的なダメージを与えられないでいる。アリアは大魔導の中でもトップクラスの力を持つ。その彼女の攻撃魔法がことごとく弾かれてしまっている。

「なんて魔神なの」

 そう呟いた拍子に、アリアはさとる。

「この城よ、エライザ。魔石と化したこの城が、こいつらを守っている!」
「この中ではまともに戦えないということか?」
「そうなるわね」

 アリアは天井に向けて幾本もの光の槍を放つ。それは確実に天井を粉砕していく。

『無駄無駄、無駄ですよ』

 アリアの目の前に転移して出現したエルドが、その悪趣味な大剣を横ぎにする。アリアは反射的に魔法の盾を掲げてそれを防ぐ。だが、一撃を防いだところで、その高密度の魔力は雲散霧消してしまった。

『二度目はありませんよぉっ!』

 エルドは剣を振り戻す。

「アリアッ!」

 エライザが咄嗟に割って入ったことにより、アリアは直撃を防ぐことはできた。だが、最低限の魔法障壁しか展開できていない状況で衝撃波をまともに食らってしまう。大きく吹き飛ばされて壁に激突したアリアは、衝撃と苦痛で神経が麻痺してしまう。

「くそっ、油断した」

 エライザはセレナをかつぎ上げると短距離転移でアリアのところへ駆けつけ、そしてその前に立ちはだかる。エライザにとっては明らかに絶望的な状況だった。

 そのタイミングで、「さぁ!」とシャリーが両手を叩いた。

「そろそろ行きますよ!」
「い、行くって?」

 驚いたケインがシャリーを振り返る。

「助けにですよ。調整オーケー。ケインさんだけ行ってください」
「へっ!? お、俺だけ!?」
「その代わり、完璧にサポートします。セレナさんを助けたら、私が引き取ります」
「何言ってるかよくわかんねーんだけど」

 慌てるケインに、シャリーは少しだけ苛立ちを見せた。

「この空間は魔石の力によって歪められた、次元の狭間のようなものです」
「なんでわかったん、そんなん」
「魔石から放出される魔力が、全て一定方向に歪んでいるからです。こんな状況、普通はあり得ません」
「つまり――」

 アディスが顎に手をやりながらシャリーを見る。

「誰かが我々をこの次元のポケットみたいなところに放り込んだ。あなたはここから脱出する手段を、魔石に尋ねて解析した」
「正解です、アディスさん。さすがです」

 シャリーは小さく手を叩く。しかしこれから危険な場所に突っ込まされるケインは納得できない。

「でも、そりゃ仮説じゃね?」
「研究開発の現場ではですねぇ、仮説のまま進めなければならないものなんですよぉ」
「はぁ?」
「時間がないときなんて特にそう。確定している、確信の持てる情報のほうが少ないなんて、ザラですよぉ」
「それに命を賭けろってんだから、なかなか鬼か悪魔だぜ、ガリ子」
「そこで臆するケインさんじゃないでしょう?」

 シャリーの挑発に、ケインは舌打ちする。

「まぁな。それにここでじっとしてていい状況になるとも思えねぇし。セレ姉も助けたいし」
「それじゃ、ケインさんを観客席からステージに移動させましょう。ちょっと目が回りますから、気を付けてくださいねぇ」

 シャリーはそう言うと、ケインの左手首を掴んで目を閉じた。

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