OreKyu-03-005:魂の在処

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 知恵比べ?

 押せないエレベータのボタンを連打しながら、俺は頭の中で今までのやり取りをぐるぐると反芻はんすうする。

「おい、墨川、いつまでエレベータにこだわっている。ついでに言えば階段もダメだった。トイレが使えるのはまだ良心的だな。うん、他はなくとも、さすがにトイレは必要だ」
「正義の悪魔ですからね、アンドロマリウスは」
「そうだな。インスタントばかりだがバリエーション豊かな食料も置いてあったし。しばらく帰れそうにはないな……」

 黒い上着を脱いで白のブラウス姿になったメグ姐さんは、いささか不満そうだった。インスタント食品も進化しているとはいえ、それでも食って何とかしろと言わんばかりの態度を取られるのはさすがにカチンと来ないではない。

 ……ともかくも俺たちは、さっきのディスプレイが所狭しと空間を埋め尽くしている部屋に戻る。

「この調子じゃ、残りのガンタンク作れませんね」
「それだけが心残りだ」

 それだけかい——思わず突っ込みたくなるのをこらえる俺。メグ姐さんは冷静な表情で訥々とつとつと続けた。

「食料と共に私たちの着替えも置いてあった。でもって、ここから出るには、ゴエティアをどうにか説得しなければならないな」
「タイムリミットは?」
「残り五日と半日」
「根拠は?」
「奴らが指定してきたのが一週間だったからな。ゲームの期限としてそのくらいということだ」
「……五日で人工知能を解き明かせって? 牧内社長が自分でやった方が」
「できんのだろう」

 メグ姐さんは腕を組んで首を振った。

「できない?」
「あの男はネットの構造を模写しただけだ。模写したところに意志が宿った――と言う話だよ、墨川」
「模写したところに意志が宿るって、それ、人形作ったら喋りはじめたってくらい荒唐無稽こうとうむけいな話では」
「私は別におかしい話とは思わないが」

 え? 俺は思わず自分の耳を疑った。

「いや、でも」
「意志というのは、スピリットというレイヤの上に在るものだ。そして意志それ自体は、主観的には魂には紐づかない」
「あの課長、言ってることがさっぱりわからないんですけど」
「意志というのはその行動主体が得るではあるが、その思考のプロセスは意志に対して何ら情報を開示しない。その見えないプロセス、つまり、なんだ」
「ええと、つまり、魂という演算装置が思考を生み、そしてその思考の結果だけをさも意志によるものででもあるかのようにディスプレイに出力する。出力されたその情報を第三者がその人の意志として受け取る、と?」
「賢くなったな、墨川」

 メグ姐さんが珍しく微笑んだ。

「意志それ自体に魂は関与しない。魂は、ただ結果を伝えるだけだ。だから私がこうしているのも、お前がここにいるのも、私たちが従来思っていた自由意思の産物ではないということ。すべて魂が演算したものの結果に過ぎない。私たちが意志だと思ってその情報リザルトを認識した瞬間には、思考の全てのプロセスは終わっている。私たちは誰一人としてんだ。自由意思なんて、そもそも言葉だけの虚ろなものなのさ」

 メグ姐さんは俺をじっと見上げ、そしてグイっとネクタイを引っ張った。

「で、だ。人間のはどこにある? 墨川、言ってみろ!」
「それは……脳の中じゃないですか?」
「はははははは!」

 メグ姐さんは豪快に笑う。

「脳にあるのは、魂を魂として認知するための認識装置、あるいは、演算装置だ。いいか、墨川。魂というのはな、んだ」
「他の意志によって……? 俺の魂が? 他人によって決められるって?」
「人間が孤独スタンドアローンではいられないという事の証左だ。他者による認識によって、お前という一個人は初めて存在するんだ」
「他者による認識……? 量子論みたいですね」
「そうだ。何ら変わらない」

 メグ姐さんは頷く。

「墨川、知性というのは能力だ。他人を他人たらしめるのは、知性ある個人であり、集団だ」
「そんなことはないでしょう、課長。だとしたら俺は出会う人出会う人、それぞれの前で魂を変えなきゃならなくなる」
「ん? 変えているだろう?」

 何を言っているんだという口調で言われ、俺は面食らう。

「私が私という人格を変えるのと同じように、お前も私や彼女の前と、見知らぬ人々の前と、あるいは社長の前とでは、人格が——つまりその起源となる魂は違っているはずだ」
「いや、それはTPOというやつでは」

 否定したい俺と、その俺の主張をくつがえすメグ姐さん。完全に分が悪いうえに、言い分はメグ姐さんの方が通っている。メグ姐さんはさらに追い打ちをかけてくる。

「理想の自分を意識したことはないか? この状況の中で自分はどうあるべきか、考えたことはないか? モテたいとか頼られたいとか思って自分を作ったりしたことはないのか?」
「それは……ありますけど」
「なら、そもそもの、というのはどんな姿をしている?」

 その問いかけに俺は立ち尽くす。

「本来の自分を振り返ってみれば、それは他人からの評価・視線、客観的な数値、そういったもので、あるいはそういったものを求める自分で構成されているだろう。そこに自分はあるのか。自分の意志は関与していると言えるのか」
「相手に良く見せようと思ってする行為は、自分の意志によりませんか」
「違うな」

 メグ姐さんはスパッと切って捨てた。

「それも全て魂を受け止めて形にした脳がはじき出した、最良の行動という演算結果に過ぎない。例えば彼女に気に入られたいという思いはつまり、彼女とセックスしたいからに他ならない。生物学的にはな」
「しかしセックスばかりが目的とは限らないじゃないですか」
「じゃぁなんだ?」

 メグ姐さんはまた俺のネクタイを引っ張った。そして顔を近づけてくる。

「一緒に居られて楽しいという思いだけでこの先何十年とやっていくつもりか? この童貞め」
「だから童貞じゃありませんって」
「生物のその全てはな、墨川」

 俺の言葉をまるで無視して、メグ姐さんは言う。

「選択的に子孫を残そうとする。これは厳然たる事実だぞ、墨川。に見える行為もまた、その目的のためのなそれだ。生物の行動理念は、その全てが、一つの例外もなく、利己的なんだ」
「じゃぁ、個人の意志とかそういうのは」
「そんなもの、遺伝子の見せる幻想に過ぎない。正確には、遺伝子によってそう命令されて作られた脳の見せる幻想か。とにかくそういったものが、外部によって作られ保存された魂と掛け合わされて作り出す白昼夢レヴェリィ、それが個人の意志のように見える何かだ」
「でも俺は……」
を信じ、認知したい気持ちはわかる。だが」

 メグ姐さんは首を振る。

「魂が客体によって作られるものであることを承知しない限り、人は永遠に進化しないし、当然シンギュラリティの津波を生き延びることはできない。ハードウェア、ソフトウェアともに人類の技術の粋を尽くされたAIにくらべれば、人間一個人なんてどうという存在でもないのだから。人類の総意に一人で立ち向かうなんてできやしない。そもそもその立ち向かう事すら、人類の総意の想定範囲内の事象に過ぎやしないんだから」

 さて、と、メグ姐さんは天井からぶら下がっている一際大きなディスプレイの前に立った。

「さぁ、ゲームを始めようか、ゴエティア」

 メグ姐さんは高らかに宣言した。

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