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美味兎屋・本文

匣カラ出タ星 第弐話

承前 私はどこから見ても、決して格好の良い父親ではない。気の利いたことも言えない。娘の悲しみを理解しきれていない気がする、どうしようもなく無感動な父親だ。感情よりも、理性とやらの皮を被った理屈のほうが先に行ってしまう。「コンビニで何か買って...
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匣カラ出タ星 第壱話

 私は本気で弱っていた。私の右手を小さな手で握り締めて、泣きながら歩いている娘を見て、私もまた泣きたい気分だった。娘は小さな|匣《はこ》を手に持っていた。「なあ、もう泣きやもうよ」 私が言っても、聞く様子は無い。確かに、聞ける気分じゃないだ...
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寝癖ナオシ帽子 第漆話

承前 ――何でだろう。 どうやって持っても、ショルダーバッグを引きずってしまう。持ち上げても、持ち上げても、バッグ本体が持ち上がらない。 ――なぜだろう。 私はバッグの中にある薄汚れた野球帽を見ながら、赤い看板を見上げていた。そこには読めな...
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寝癖ナオシ帽子 第陸話

承前 その声が、「おかお」という文字がキンキンと響き、私の脳の中で音の形象崩壊を起こす。「こ、この子は、な、な、なな、何なの!」「この子? ああ、そこにいる《《らしい》》ヤツのことか」 男は私の腕を掴んでいる小さなものを指差した。が、少しそ...
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寝癖ナオシ帽子 第伍話

承前「ねぇ、おかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかおおかお...
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寝癖ナオシ帽子 第肆話

承前 バリ……? 私はその音を捕えた我が耳と、目の前の光景を捕えている我が目の正当性を疑った。頭の中で現象が現実にならない。認知が追いつかない。 男は「どうやら」とソファで足を組み替えながら言う。「またエゴが出たようだな、お前。面倒なヤツだ...
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寝癖ナオシ帽子 第参話

承前「え……?」 思わず聞き返す私。「だから、お前は何の用でここにいるんだ?」 いったいぜんたい、この男は何を言っているんだろう? 意味もわからぬままに背筋が泡立った。 私のスカートの裾を何かが引っ張っている。ちょんちょん、ちょんちょん、と...
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寝癖ナオシ帽子 第弐話

承前 びみ……うさぎや? 何の看板だろう? いや、そもそも……ここは店なんだろうか。 考えながら、私は恐る恐るドアチャイムのボタンを押そうとした。が、物理的に押せない。スイッチの中で何かが引っかかっているみたいだ。 仕方がないので、力加減に...
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寝癖ナオシ帽子 第壱話

 ああもう、腹が立つ。 また残業だ。あと何分かで明日じゃないか。 つい半年前は、二十代で管理職になれたことを誇りに思っていた。自分の仕事が認められた。能力が認められた、と。がむしゃらに頑張ってきたことは無駄じゃなかったんだと。 それが滑稽だ...
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循環想像リアクション 第弐話

承前 しかし男はそれを見下ろしながら、またもや肩を|竦《すく》めた。そしてあろうことか私を更に挑発する。「食べ物を粗末にするとは。罰が当たるぞ」「うるせぇ! ばかにしやがって!」「それは正しいな。俺はお前をバカだと思っている」 伸ばした私の...
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