WA-02-04:防波堤

大魔導と闇の子・本文

 二人は洗い場で入念に髪や身体を洗った後、大きな湯船に勢いよく突入した。カヤリはまだ場所慣れしてはいなかったが、見たこともない大きさの湯船に少なからず興奮していた。

「あったまるねぇ」

 ヴィーがカヤリを後ろから抱きながら息を吐く。抱きすくめられるような格好のカヤリは、ヴィーの身体を感じて少し気恥ずかしくもなる。

「カヤリ、熱くないかい?」
「ちょっとだけ。でも、だいじょうぶ」
「そか」

 ヴィーはカヤリの頭をぽんぽんと叩くと、カヤリから少し距離を取った。カヤリはヴィーの方を向いて顎まで湯に浸かる。

「あ、あの」
「ん?」
「どうして私にこんなに親切に?」
「理由がいるのかい?」
「い、いえ……」 

 遠回りな回答に、カヤリは黙り込む。ヴィーの表情が少しだけ険しかったからだ。

「まぁ、そうさね。ここじゃ今まであたしが最年少だったのさ。でも今日からはあんたがぶっちぎりの最年少。妹分ができて嬉しいのかもしれないね、あたし」
「妹分、ですか」
「あー、そうだ。言っとくけど、なんつーの、その中途半端なデスマス口調、やめようか。あんたらしい口調で喋りな」
「私らしい口調……」

 そういきなり言われても、自分らしい口調なんてよくわからない。カヤリは少し考え込む。

「あんたは確かにあたしよりずっと年下かもしれないけど、大魔導という立場で考えれば対等。だからいい感じの言葉を使いな」

 アドバイスにならないアドバイスをして、ヴィーは鼻歌を歌い始める。

「ま、大魔導ってのはさ、本来は孤独なもんなんだ。そうあるべきなんだよ。でも、たまにはこういうも悪くないなって思ったりするよ」
「あのあのっ」
「うん?」
「ヴィーは、私が魔法を使っても死なない?」
「はっはっは」

 ヴィーは笑う。カヤリはいささかむっとした表情を見せ、ヴィーは少し慌てて手を振った。

「わかんないよ。あんたの魔法を直接見たわけじゃないし。ただ、あんたの力はそんじょそこらの大魔導を軽く凌ぐって、ハインツ様から聞いてはいる」
「わ、私、ただ思っただけなのに家とお父さんとお母さんが消えてしまったり、駐在さんを焼き殺してしまったりして……」
「そうだったみたいだねぇ」

 ヴィーは頷いて、今度はカヤリを正面から抱きしめた。

「は、恥ずかしい、です」
「なにが?」
「そ、その……」

 挙動不審になるカヤリに、ヴィーは笑う。

「あたしは美人だからね、仕方ない。あんたもこうなれるように頑張ろうな」
「む、無理ですよぅ」
「あんたはこれからどんどん成長するし。ちゃんと女らしくなるって」
「そうかなぁ……」

 半信半疑のカヤリの頬を両手で挟み込んで、ヴィーはその赤い瞳でカヤリを見つめる。

「あたしがそう言ってるんだ。間違いない」
「はいぃ」

 迫力に圧されてカヤリは涙目になる。ヴィーはカヤリを解放すると、首をぐるりと回した。

「カヤリ、とりあえずさ、あんたが無意識に魔法を発動してしまうなんていう心配は要らないよ。ここではね。この建物の中には特殊な結界が張り巡らされている。魔法は詠唱しないと使えないようになっているのさ。だから呪文の一つも知らないあんたが魔法を使っちまう可能性は限りなくゼロさ」
「そ、そうなんだ!」

 その事実に、カヤリは心底ホッとした。今に至るまで、内心ビクビクしていたからだ。

「もし万が一、あんたがここで魔法を暴走させるようなことがあったとしても、この建物の結界をぶち抜くのは難しい。そして万が一建物を突破したとしても、このエクタ・プラムの街を包む結界までは壊せない。街そのものは吹っ飛ぶだろうけどね」
「吹っ飛ぶ……」
「この魔法の実験都市そのものが、魔力の防波堤なのさ。まぁ、住んでる人間、訪れる人間、みんなそんなことを忘れてるみたいに見えるけどね」

 ヴィーの言葉にカヤリは不思議そうに「ん……」と唸る。

「忘れるんですか? そんな大事なこと」
「人間ってのはさ、自分のところでは災いは起きない。自分は巻き込まれない。自分は無関係だ。そんなことを無意識に思い込むようにできているのさ。不安なまま生きていくのはしんどいからね。忘れたいのさ、恐ろしいことは」

 ヴィーは少し遠い目をしてそう言った。

「あ、そうだ、カヤリ。あんたは万が一にもそんなことを起こさないようにしなきゃならない。だから明日からは魔力を制御する練習をするよ」
「魔力の制御?」
「そんな顔するなって。世の中の大魔導はみんなできてることだし。あんたは発現年齢が低すぎるからちょっと難儀かもしれないけど、大丈夫、心配いらない」
「もしできなかったら?」
「世界が終わるかもね」
「世界……。大魔導ってそんなにすごいんですか?」

 カヤリの素朴な疑問に、ヴィーは大きく頷いた。

「そりゃね、あたしたち大魔導は、人間のかせを外された人間だからね」
「枷? どういう意味なの?」

 カヤリにはヴィーの言葉はかなり難しい。カヤリはまだ八歳な上に、きちんとした学校に通っていたわけでもない。そもそもカヤリは文字の読み書きすら、まだ不自由なのだ。

「ええと、そうさね、つまり、そんじょそこらの人間とあたしたちは、根本こんぽんからして違うってこと。あいつらが何百人と束になったって、大魔導一人に勝つことなんてありえない。あたしたちは、龍の英雄の力を受け継いだ、いわば末裔だからね」
「龍の英雄って、あのおとぎばなしの?」
「さっきも言ったけど、あれはおとぎばなしじゃないさ、カヤリ。あれは実話。あのサーガはたかだか八百年前の記録さ」
「この世界がその時に世界を滅ぼした紫龍セレス、ということも実話……」
「そ」

 ヴィーは未だ半信半疑のカヤリを優しく見つめる。

「だからこそのなんだよ、あたしたちは。魔法を使い、紫龍セレスの力を引き出す権限を持つのがあたしたち大魔導さ」

 湯船を出て、ペタペタと歩きながらヴィーは言う。

「最大の禁忌なんて呼ばれもするけど、それはあたしたち大魔導を押さえつけようっていう一般人どもの浅薄な考え方さ。あたしたちを滅ぼそうとする奴らは絶えず存在するんだ」

 気に入らないねぇ、と、ヴィーは呟く。

「ま、明日からは忙しくなるからね」

 脱衣所でカヤリの髪を拭きながら言うと、カヤリは少し憂鬱そうに「はい」と応える。ヴィーはカヤリに見えないように気を付けつつ、確かに視線を鋭く尖らせた。

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