WA-02-05:一夜明けて

大魔導と闇の子・本文

 目を覚ますと、窓のないその部屋は、すでに明るくなっていた。魔法の照明によって、明るさが自動的に調節された結果、この部屋は明るい――そのことを思い出すためには数秒の時間が必要だった。あまり眠った実感はないし、そもそも朝なのかも判然としなかったが、ともかくもカヤリはふかふかのベッドの上に身を起こした。両目が腫れぼったい。昨夜寝る前に、イーラ村の出来事を思い出して嗚咽するほど泣いたからだ。

 気分はひどく落ち込んでいた。救いといえば、昨夜のお風呂で使った石鹸の匂いがほのかに残っていることくらいだった。

「夢じゃなかったんだ」

 夢であってほしかったこと。夢でなくてよかったこと。その二つがカヤリの中で渦を巻いている。

 お父さん、お母さん、みんな……。

 確かに自分はみんなを殺してしまった。昨夜何度も考えた。嘘だったら良いのにと何度も考えた。なのにそうはならなかった。だが、カヤリの中にはがまだなかった。そもそも自分がという確固たる自覚がなかったからだ。一晩眠ったことによって、カヤリの中の情報がどこか曖昧模糊あいまいもことしたものとなってしまっていた。

「ヴィーはいい人だって思うけど」

 カヤリは華奢な腕を組んで考え込む。しかし八歳の頭では、どこまで考えても限界というものがあった。

 その体勢でしばらく唸っていると、やがて腹の虫が鳴き始めた。思えば昨日の朝に固いパンを食べてから、何も口にしていなかったのだ。昨夜のお風呂の後にヴィーが持ってきてくれたスープはベッドサイドの小さなテーブルの上で冷めている。カヤリはそれをゆっくりと胃の中に収めたが、どうにも物足りなかった。部屋を出てみようかと思って気が付いたが、扉と思しき場所にはノブも何もない。壁と言われれば壁そのものだった。

「どうやったら開くんだろ……」

 カヤリはしばらく壁をカリカリと引っ掻いていたが、やがて諦める。

「ヴィー、来ないかな……」

 カヤリはそう呟いてから、の話を思い出す。遠くにいても話ができるとヴィーは言っていた。自分に使えるかどうかはともかく、試してみても損はしないだろうとカヤリは眉間に縦皺タテジワを寄せて意識を集中する。

『ヴィー? ヴィー、聞こえる? あのね、カヤリだけど、どうしたらいいの?』
『なんだい? もう起きたのかい』

 億劫そうなヴィーの反応があった。その事実にカヤリは跳び上がらんばかりに驚いた。

『何か唱えない限り魔法は使えないんだよね、ここ』
『思念通話は別。魔法というより、会話に近いからね。紫龍セレスの身体を介しはするけど、普通の会話が空気を媒体にして伝えられるのと同じようなもんだし』
『……よくわかんない』
『はは、ごめんごめん。でもやり方、自分でわかったのか、思念通話』
『集中してヴィーを思い浮かべたらできた!』

 カヤリは幾分得意になって言った。ヴィーの溜息のようながあった。

『ったく、末恐ろしい子だね、カヤリは』

 カヤリはヴィーが着替えをしているのがわかった。見えていたわけではないが、なんとなくそう感じたのだ。

『着替えしてるの?』
『なんでわかった?』
『なんとなく?』
『あんた、音声だけじゃないのか、聞こえてるのは。すごいな、感覚とリンクしてるのか』
『よ、よくわかんないけど』

 カヤリはベッドの縁に腰を下ろして、また腕を組んだ。その時、またお腹が鳴る。

『メシでも食べに行こうか。カヤリ、着替えて――』
『着替える服がないよ?』
『ああ、そうか、昨日の寝巻きしかないのか。それじゃあたしの古いのを持っていくよ。赤いけどいいよな。ちょっと待ってな』
『はい』

 カヤリは頷いた。

 そしてヴィーがやってくるまでの間、ぼんやりと部屋の明るさを変えて遊ぶ。自分の意志と部屋の明るさが同期するのがとても不思議で、楽しかった。

『到着。ドアを開けるよ』

 しばらくして、ヴィーの声が頭の中に響く。カヤリが「はい」と応答するや否や、部屋の壁がスライドした。ヴィーは両手で衣服の束を抱えていた。

「おはよう、カヤリ。今日は二人して寝坊だ」
「寝坊? 太陽が見えないからわからない」
「そりゃいいや。あたしもそれを言い訳にしよう」

 ヴィーは笑うと、カヤリに衣服を一式用意する。持ってきた衣服は全部で五着もあった。

「あんたの衣服は今日手配しておく。すぐできるはずさ。それまであたしのお下がりで我慢して」

 見れば見るほど赤色しかない衣装を見て、カヤリは少し引く。そして用意された衣装を見て、また少し引きつった。

「こんな短いスカート履くの?」
「目の保養だからね、あたしの」

 ヴィーは問答無用と言わんばかりにカヤリの寝巻きを脱がし、強引に赤い衣装をすっかりと着せてしまう。下着が見える寸前のスカートの前を、カヤリは恥ずかしそうに隠している。

「普通にしてりゃ見えないし、みんなあんたより背が高いから、そもそも見えないよ。気にすんな」
「恥ずかしいよ、でも」
「しょうがないな」

 根負けしたヴィーは、代わりに裾の広がったショートパンツを取り出した。

「これならいいだろ」
「うん」

 カヤリは頷いて着替え直す。その様子を見るヴィーの視線は少し険しかった。着替えに夢中なカヤリはそれには気が付かなかった。

「さて、朝飯食べたらさっそく訓練だ。訓練訓練訓練。とにかく訓練が続くよ。あたしがつきっきりで教えるけど、むちゃくちゃ厳しいからね、そのつもりで」
「できるかな……」
「あのね、カヤリ。できるとかできないの世界じゃないよね? 今のあんたの立場」

 ヴィーは人差し指でカヤリの鼻頭をつついた。

「あんたがこの訓練をクリアできないってことはつまり、またあんたの故郷の村でしでかしたようなことをする可能性が残るってことだよ。あたしたち大魔導としても、そんな危険なを野放しにはしておけないんだ。ハインツ様があんたをここに連れてきたのも、無自覚テロリストになっちまう危険性を排除するためなのさ」
「あ、でも、ハインツさんは私のことを『世界を変える力がある』って言ってた」
「……なるほど」

 ヴィーはひときわ険しい表情を浮かべた。カヤリはゾクリと不安になる。

「まぁ、だとしても、だ。その強力な力を制御する術を身に着けてもらわなきゃならないのは変わりないこと。あんたも無意識に人を殺すなんて、嫌だろ」
「そりゃぁ、そうだよ」
「なら」

 ヴィーはカヤリの両肩に手を置いた。

「四の五の言わずについてきな!」
「わ、わかった。おねがいします」

 ヴィーは「うむ」と大仰おおぎょうに頷いて、そして二人は連れ立って部屋を出た。

 ヴィーはカヤリの手を引かなかった。カヤリは黙って後をついていく。

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