WA-03-02:繋がれた者

大魔導と闇の子・本文

 それからは毎日のようにカヤリに対するが行われた。最初の数日こそ、カヤリは頑迷に抵抗したのだが、すぐにそれは弱々しいものになり、やがては自ら進んで椅子に座るようになってしまった。

 その表情は虚ろで、すっかり水色に変じてしまった瞳にも、もはや力は残っていなかった。やってきた当初の、くたびれてはいたがまだ快活であったカヤリの面影は、今や完全に失われてしまっていた。

 八歳とは思えないほどにやつれきってしまったカヤリを見続けるヴィーの顔からも、感情と呼ぶべきものの一切が消え去ってしまっていた。

 だがそれでも二人は常に一緒に過ごし、連れ立って歩き、変わらぬ苦痛と苦悩の日々を繰り返した。二人にはそれ以上の何もできなかったからだ。

 その結果、カヤリの持つ魔力は明らかにカヤリの許容量をオーバーし、常に全身から魔力が吹き上がっているような状態に変異してしまっていた。魔力を感じることができるものは例外なくそれが異常事態であるということを察知できたほどだ。その魔力の炎はヴィーをも焼き殺しかねないほどに苛烈で、容赦がなかった。あまりの危険度を重く見たギラ騎士団は、広大な実験室全域を使用不可とした。今やこの空間全体は、カヤリとヴィーのものだった。

 一ヶ月もすると、カヤリと妖剣テラとの接続は恒常的なものとなり、椅子――つまり接続装置――を中継することなく、妖剣テラの持つ甚大な魔力が供給され続けるようになってしまった。カヤリの周囲を回り続けるあまりに高密度な魔力のために、ヴィーはカヤリに触れることすらできなくなった。

 水色に光る虚ろな表情の少女には、もはや自由意志のようなものは見られない。動く蝋人形――実験室にいた研究者の一人がそんなことを言っていたのをヴィーは聞いたが、まさにそのような状態だった。何かに操られて自動的に行動する――からくり人形のような少女のありさまを見て、ヴィーは胸の痛みを覚えていた。

「クソッ!」

 久しぶりにエクタ・プラムの街中に出てきたヴィーは、昼日中の雑踏の中で一人立ち止まる。周囲を行く人々は無表情に、あるいは露骨に迷惑そうな顔をしてヴィーを避けていく。鮮烈な赤一色のヴィーの出で立ちも、曇天による薄暗い世界の中では人々の意識にはさほどのぼらない。

 ヴィーとてギラ騎士団の主要メンバーの一人だ。その方針に従わないという選択肢は最初から存在していなかった。なぜならヴィーはギラ騎士団によって救われ、ギラ騎士団によって育てられたからだ。反発を覚えることがないわけではない。だが、所詮はその程度だった。

 カヤリのことは一目見た瞬間から気になっていた。カヤリがこのエクタ・プラムに連れてこられた目的も、その先にある目論見も、ヴィーは最初から承知していた。だが、カヤリを目にした時から、カヤリの使に疑念を覚え、心の中に強い葛藤が生じたことも理解していた。

 カヤリを救いたい――ヴィーは本気で考え始めていた。

 から、どうにかして助けてやりたいと。

 だが、そのために何をどうしたら良いのかは考えられなかった。なぜならヴィーはギラ騎士団に隷属していたからだ。カヤリにはどうやったところでしかないのだと、ギラ騎士団のためにはそうあるべきなのだと、無意識の内に自分に言い聞かせていたからだ。

「雨……」

 ぽつりぽつりと降ってくる雫。それがヴィーの見事な赤毛を濡らし、見る間に前髪に滝を作った。ヴィーの肌がすっかりと濡れてしまうまでに、さほど時間はかからなかった。

「どうしたらいいってんだ」

 ほんの少しの勇気も出てこないあたしは。

 ヴィーは暗い空を見上げ、思い切りまぶたを押し開いた。雨粒が眼球を容赦なく穿うがち、あふれる涙を中和していく。その痛みはヴィーにとってはむしろ心地よかった。カヤリが日々味わっている苦痛をほんの僅かでも肩代わりできているのかもしれない――そんな下らない感傷によるものだったが、それでもそれはヴィーの心を幾分か癒やした。

「痛みが癒し、か」

 なんていう救いのない話だとヴィーは苦笑する。

 その時、ヴィーの目の前に突然黒ずくめの人影が現れる。ハインツだった。豪雨の只中だというのに、ハインツはいささかも濡れていない。

「客だぞ、ヴィー」
「客……?」

 その時、ヴィーはようやく雨でけぶる通りの向こうに複数の騎士の姿を認識した。油断していたという他にない。

「あれは魔狼剣士団フォールディラスですね」
銀の刃連隊ガーナルステッドでないだけマシではあるな」

 騎士たちはまっすぐにヴィーとハインツに向かってくる。魔狼剣士団フォールディラスは隊員全員が魔法剣士で構成されており、国家騎士としては屈指の実力を有している。その中でもとりわけ優れたものが、世界最強とも呼ばれる銀の刃連隊ガーナルステッドに引き抜かれる。

 ハインツとヴィーが大魔導級であることは、魔法剣士たる彼らもおよそ察しているに違いない。

「そこの二人、何者か」

 隊長格の男が、馬上からヴィーたちを睥睨へいげいする。 

「ギラ騎士団の関係者とお見受けするが、如何か」
「だとするなら?」

 ハインツが冷たい声と表情で尋ね返す。地面を叩く雨音がうるさい。

「たとえギラ騎士団のものであるとしても、今は一戦交えるつもりはない」
「賢明だな。では、何用か」
「イーラ村の闇の子」

 騎士が発したその言葉に、ヴィーは思わず肩を強張らせた。隊長格の騎士はそれを見逃さなかった。

「イーラ村は事実上壊滅した。跡地からは高濃度の魔力が検出されている。村人の証言からして、あの村のカヤリという娘がやったと。そして状況からしてもそれは間違いないと我々は考えている」
「ほう」

 ハインツはわずかに目を細めた。

「キルバー中佐」
「……なぜ私の名を知っている」
「造作もないこと。私は大魔導だ。そんなことより――」

 ハインツは凍てついた鋼のような表情を、ほんのわずかに緩めた。

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